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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000/01/26 SAPIO
日米同盟が「堅固」ならTMDで十分だが「破綻」なら核武装も視野に入る
外交評論家
岡崎久彦
 
 ヘンリー・キッシンジャー博士が1994年に出版した『外交』(邦訳版は96年刊、岡崎久彦監訳、日本経済新聞社)は後世に残る名作である。20世紀のアメリカの外交政策を分析した書物としては、今後、この大著を凌ぐものは出ないと思う。
 ただし、この本の最終章「新世界秩序再考」のなかに、どうしても首をひねらざるを得ない次のようなパラグラフがある。「一九九二年に、当時の宮沢喜一首相は、日本は北朝鮮の核能力を容認するかと問われて、日本人らしからぬ率直さで、一言『ノー』と答えた。これは日本自身、核能力を持とうとすることを意味するのか。それとも、北朝鮮の核能力の排除を意図したのか。こういった問いがなされること自体、日本がアメリカの安全保障政策・外交政策につなぎとめられている状態からある程度離れていく可能性を示唆している」
 キッシンジャー博士のこの分析が誤っていることは、日本人のすべて、そして日本の情勢を少なからず理解している外国人なら即座に認めるところだろう。宮沢首相は、核問題に関して日本の歴代の首相の誰もが「こうとしか答えようのない答え」をしただけの話で、いかに想像力を逞しくしても、博士の分析は日本の外交・防衛の大戦略と関連づけられる代物ではない。
 キッシンジャー博士は当代一流の理論家である。その理論家が、自ら肌で知っているヨーロッパ、アメリカについて語るとき、その論旨にはほとんど隙がない。しかし、いったん土地勘のないアジアについて図式的に語ろうとすると、どうしても種々の判断ミスを冒す危険がつきまとう。孔子は「学びて思わざれば即ち罔(くら)し(何も見えてこない)、思うて学ばざれば即ち殆(あやう)し(危険である)」と戒めているが、まさにこの「殆さ」に博士も陥ってしまったのだろう。
 しかし、さすがにキッシンジャー博士である。私が彼の「殆さ」を読売新聞(95年11月6日付)のコラムで指摘したところ、すぐに博士から手紙が届き、さらにその後、朝食を共にする機会があった折にも、「確かにお前の指摘が正しい」と認めてきたのだ。「ヨーロッパ、アメリカについては肌で知っているが、アジアについては事実をきちんと知らなかった」と率直に私の指摘を受けとめてくれたのである。だから、この問題はこれでよいのだが、どうも博士の論文の最大の特徴というか欠点は、大多数のアメリカの軍事専門家の常識に反して、日米同盟の重要性についての言及が欠落しているところではないだろうか。
「核の傘」による抑止力とTMDは矛盾しない
 キッシンジャー博士の「誤った分析」はともかく、日本国内でも60年代の終わりに核武装論が真剣に議論されたことがある。
 NPT(核拡散防止条約)が国連で決議されたのは1968年のことだが、日本でもこの条約に加盟すべきか否かをめぐる論議が起こった。その流れのなかで、外務省の下田武三事務次官が「いまは核武装するつもりはないが、子々孫々の手まで縛ることはできない」と発言し、条約加盟に反対したのである。
 次に核武装論が取り沙汰されたのは1969年の暮れ、沖縄返還交渉にともなう「非核三原則」論争のなかでだった。「沖縄にアメリカの核があるからこそ日本は安全なのであり、その前提があって初めて、非核三原則が成り立つ。もし沖縄にアメリカの核がなくなったら、ではいったい日本はどう自国を守るのか」という論議である。
 60年代後半におけるこうした深刻な論争以来、日本の核武装論はほとんど議題にのぼることはなかった。そして、ここへ来ての核武装論である。
 以前から私は「日本の核戦略論」について自分なりにきちっとした理論立てをしておかねば、と考えていたのだが、忙しさのなかで手つかずの状態になっていた。よい機会なので、ここで少し整理しておこうと思う。
 まず歴史的に日本の核戦略を眺めるなら、冷戦時代は明快に「日本は核を保有する必要はない」と答えることができた。なぜなら極東での核使用など誰も考えていなかったからである。
 冷戦の初期(1940年代後半)においては、ヨーロッパではソ連の通常兵力が圧倒的に有利だった。もしソ連がヨーロッパに攻め込んできたら、とてもライン河では守り切れず、ピレネー山脈でも危ういのでは、という情勢だった。となると、ヨーロッパ全域が席巻される危険がある。そこでアイゼンハワー大統領が打ち出したのが、ソ連が攻め込んできたら核爆弾で報復するという「大量報復論」である。これが冷戦初期における最初の核戦略論だった。
 次に考え出されたのは「柔軟核戦略論」である。1949年にNATO(北大西洋条約機構)が発足し、ワルシャワ条約機構に対峙する通常兵力も次第に整備されてきたことを背景にした、限定的な戦術核(*1)に対しては戦術核で、戦略核(*2)に対しては戦略核で、というフレキシブルな柔軟対応戦略である。その間、ソ連は一貫して核の先制不使用を主張していたが、アメリカは絶対に「柔軟核戦略論」を曲げなかった。というのも、通常の地上兵力では相変わらずソ連側が有利だったからである。とするなら、最後に勝つためには核兵器しかない。この「柔軟核戦略論」は冷戦終結まで続いた。
 ところがアメリカは冷戦時代を通じて極東での核戦略論を机上に載せることはなかった。確かに朝鮮戦争のとき核使用を検討した事実はあるが、それが戦略論につながることはなかった。
 冷戦下、もしソ連が日本へ攻め込むとしたら、北海道あたりへの上陸作戦がいちばん可能性が高かった。この上陸作戦に対しては、アメリカの空軍兵力で十分に撃破できる。ソ連の兵力が増強されたら、こちら側も増強する。それでもソ連が北海道に上陸してきたら―という発想はアメリカにはなかったと言っていい。報復措置としてウラジオストックあたりの基地を核爆弾でつぶしてしまおうという戦略は、アメリカにはゼロだったのである。あくまで通常兵力には通常兵力で勝つという戦略論だった。
 ただし、ソ連が東京に核爆弾を撃ち込んできた場合は、安保条約に基づいてアメリカは同じ規模の核爆弾をソ連に撃ち込むはずだった。だからこそソ連は日本に対して核を使用することはない。それが「核の傘」による抑止力理論だし、これは冷戦が終結するまでの既定戦略として完結していた。
 ところが、冷戦後の日本の核戦略となると、どうも見えづらくなってしまった。冷静に情勢を分析するなら、北朝鮮や中国の中距離ミサイルによる核攻撃にどう対処するのか、ということになるだろう。
 だからTMD(戦域ミサイル防衛)で迎撃すればよいという発想は、よく考えてみると、アメリカの核抑止力への信頼性を疑っていることになる。中距離核ミサイルを大阪あたりに1発撃ち込まれたら、即座にアメリカが核によって報復してくれるはずであり、だからこそ日本は先制核攻撃を受けることはない、というのが「核の傘」による抑止力のはずなのだから。だとするなら、なぜ日本はTMDに参加する必要があるのか―。
 この問題に関する私の理論はこうだ。
 中距離ミサイルによる核攻撃に対する抑止力は、アメリカの「核の傘」に頼る。だが、中距離ミサイルの弾頭には、核だけでなく、通常爆弾あるいは生物化学兵器を搭載することができる。この核以外の弾頭を搭載した中距離ミサイルに対応する防衛措置としてTMDの配備を考えればいい。といっても、日本を狙って飛んできた中距離ミサイルの弾頭に何が搭載されているかはわからない。しかも最初の1発に関しては、果たしてTMDが確実に機能するかどうかも疑わしい。現在の技術力では、おそらく最初の1発は防ぎようがないだろう。しかし、もしも飛来してきた中距離ミサイルに核弾頭が搭載されていたら、アメリカは黙ってはいないはずだ。その意味でも「核の傘」は有効な戦略なのである。
 ほんとうはTMDに頼らずに、もし北朝鮮が何らかのミサイルを撃ち込んできたら直ちに自衛隊のF15を発進させ、北朝鮮のミサイル基地を叩いて2発目を発射できないようにするほうが、はるかに現実的で安上がりだろう。が、しかし、日本の選ぶべき大戦略論として、私はTMD開発に日本は積極的に投資・参加すべきだと考えている。その理由を次に述べる。
 
*1 比較的近距離の目標を標的にする核兵器のこと
*2 大陸をまたぐような遠距離の目標に対し使用される核兵器のこと
日米同盟の強化こそ日本が取るべき「戦略」
 私の大戦略論には、ふたつの柱がある。ひとつは、日米同盟をより強固なものにするためのTMD参加、である。
 アメリカは在日米軍基地がつぶされることを最も懸念している。むろん米軍基地がつぶされるような事態になれば、それは日本の壊滅を意味する。それゆえ在日米軍基地を守るためにTMDは必要となる。確かに莫大な費用がかかるが、日本の対外戦略のいちばんの基本となる日米同盟をより強固なものにするための費用なのだ。戦略論としては筋が通っている。
 いまひとつの柱は、「21世紀技術」への対処としてのTMD参加である。
 20世紀技術では、中国はアメリカと日本には勝てない。もし勝とうとするなら、アメリカと同じ規模の空母機動部隊を3つか4つ、西太平洋に並べる必要がある。そうなって初めて、中国はアメリカに拮抗できる。しかし空母機動部隊を編成するには、ただ巨大な航空母艦を建造するだけでは済まない。中国がアメリカの空母機動部隊に匹敵する大艦隊を編成するまでにはおそらく40〜50年はかかる。となれば、20世紀技術を駆使して中国が軍事的に日米同盟を凌駕するためには、今後半世紀はかかる計算になる。
 だが、ここで考えねばならないのは、果たして21世紀技術がどうなるのか、とくに20世紀技術では考えも及ばなかった新技術が登場してきた場合はどうなるのか、という問題である。新技術というものは、開発の仕方によっては、費用の面でも技術の面でも、ごく簡単に実用化されてしまう場合がある。その最もいい例が、第1次世界大戦前に英国海軍が開発した「ドレッドノート」だろう。
 日本で「弩級(どきゅう)戦艦」と呼ばれたこの大型戦艦は、要するに回転式の大砲を甲板の真ん中に据えることによって、それまでの戦艦を一気に旧式にしてしまったのだ。それまでの戦艦は、大砲を両舷にずらりと並べ、敵の居る側の大砲だけ使って戦うという戦術をとっていた。そのため、あまり大きな大砲を並べると艦が傾いてしまい、必然的に大砲の大きさにも限界があった。
 そこで考え出されたのが「ドレッドノート」である。砲塔を艦の中心線に据え、大砲を左右に回転できるようにした。この方式なら、より大型の大砲を据えられる上、大砲の数も半分で済む。机上演習を試みたところ、旧式の戦艦を何隻所有していようと、ドレッドノートの数で勝敗が決してしまうことが判明した。
 この「新技術」にドイツ海軍がすぐに反応し、次々にドレッドノートを建造しはじめたのである。英国海軍が所有していた50隻からの旧式戦艦は、忽ちにして無意味な代物に転落してしまう。英国はドイツに建造の中止を申し入れるが、ドイツは聞く耳を持たず、やがて第1次大戦へと突き進んでいった。
 このドレッドノートの教訓は、英国が新技術を開発し、さらにその技術に磨きをかけていったにもかかわらず、後発のドイツとの技術格差は離れるどころか縮まっていったという事実である。21世紀の日本の安全保障を考えるなら、やはり常に「新技術」の登場に備えておく必要があるのだ。
 では、21世紀技術が生まれてくる可能性がいちばん高いのは、どの分野なのか。いま最も注目されているのは、ミサイルとGPS(Global Positioning System)の結合である。GPSは人工衛星で地球上の現在位置をピンポイントで割り出す測位システムで、いまでは一般向けのカーナビゲーションにも利用されているが、もともとは軍事目的で開発されたもので、衛星はペンタゴン(米国防総省)が管理している。
 仮にこのGPSの分野で新技術が登場し、中国が短期間のうちに人工衛星を地球上空に並べたとしよう。すでに中国はミサイルを多数保有している。GPSを使ってアメリカの空母機動部隊の位置をピンポイントで割り出し、そこに向かってミサイルを一斉に撃ち込んだとしたら、現在の技術では防ぎようがない。そうなれば中国は、10年から20年で日米同盟を脅かす軍事力を獲得する可能性がある。
 この可能性に対処するためには、いまだ海のものとも山のものともわからないが、やはりTMDの開発に積極的に投資・参加して、21世紀技術へつながる技術のすそ野を広げておくことが賢明なのである。
 結論を言うなら、私の大戦略論の柱はこうなる。ひとつは戦略核に対しては、あくまでアメリカの「核の傘」による抑止力を信頼すること。核以外の攻撃から日本とさらには人民を守るためにTMDに参加し日米同盟を強化すること。いまひとつは、新技術が登場してきたときに慌てないためにTMDの研究・開発に参加し、技術のすそ野を広げる努力を怠らないこと。この大戦略論に立つなら、日本が核武装する必要はないという結論が導き出される。
 ただし、これだけは言っておく。もしも日米同盟が破綻した場合は、私は核武装も視野に入れた論議をしなければならないと考える。窮鼠猫を噛むぐらいの意味で核武装は必要になるだろう。その場合、物理的に日本国内で核実験ができないというなら、南極あたりでやるしかない。NPTに加盟していることも、何ら拘束力を持たない。日本の存亡のために必要となったら、それらは小手先の問題でしかなくなってしまう。外交戦略の基本として常に踏まえておかなければならないのは「国家の生存」以外の何物でもない。
岡崎久彦(おかざき ひさひこ)
1930年生まれ。
東京大学法学部中退。英ケンブリッジ大学大学院修了。
東大在学中に外交官試験合格、外務省入省。情報調査局長、サウジアラビア大使、タイ大使を歴任。
現在、岡崎研究所所長。
 
 
 
 
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更新日: 2017年5月20日

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