日本財団 図書館


2002/12/24 世界週報
理解不足で揺れたイージス艦派遣問題
軍事評論家
江畑 謙介
海自イージス艦に共同交戦能力はない
 12月4日、政府はテロ対策特別措置法に基づく米軍支援策の一環として、海上自衛隊のイージス艦をインド洋に派遣することを決定した。1年以上ももめた末の決定であるが、その背後には「情報の共有」という点を巡り情報システム、正確にはデータリンクに対する理解不足があったと言えよう。
 まず、海上自衛隊のイージス艦には「共同交戦能力(コーオペレーティブ・エンゲージメント・ケイパビリティ=CEC)」はない。この点で誤解があり、海上自衛隊のイージス艦が米海軍水上艦や航空機と一体となって、搭載している兵器が米海軍からの指令で自動的に発射されるかのような的の外れた質疑が国会で繰り返されてきた。
 CECは水上艦や早期警戒機のセンサー(レーダー)の生データを互いに共用できるようにするシステムである。例えば300キロ先にいる水上艦がとらえた対空警戒レーダーや艦対空ミサイル誘導用レーダーの画像を、そのまま自分の艦のレーダー画面に映し出せる。その情報は通信衛星や通信中継機を介して伝えられる。従って、CECシステムを備えた水上艦や早期警戒機は、自分のセンサーがとらえられるよりもはるかに遠方、広域の状況を知ることができる。
 さらにCECはその海域の水上艦や早期警戒機が得たセンサーの生データを重ね合わせ(融合)られる。天候条件や敵の電子妨害で目標の捜索や追尾ができない区域の情報も、そのような障害がない所にいる水上艦や早期警戒機からのセンサー・データを受けて融合すれば、あたかも自分の艦で目標をとらえているかのように捜索・追尾ができる。しかも、その情報は「ファイアー・コントロール・クオリティー(射撃指揮精度)」と呼ばれる、そのまま目標の攻撃に使えるだけの精密さを持っている。
 例えて言えば、従来のデータリンクによる情報の共有で得られる精度が、野球のダイヤモンド内のどこかに相手がいるという程度であるのに対して、CECでは2塁から3塁に行きかけていて、どれだけ離れているかという精度で、リアルタイムで把握できるようになる。CECを使えば自分の艦のレーダーでは目標をとらえていなくても、目標が自分の艦が持つ兵器(例えば艦対空ミサイル)の有効射程内にあるなら、その目標に向けて兵器を発射し、攻撃ができる。その発射の決定は、基本的にはその艦が行い、CECで情報が共有されているからといって、他の艦や早期警戒機からの指令で勝手に発射されるわけではない。
 CECが米海軍で実用化されたのは2001年で、今夏現在で水上艦17隻、航空機8機にしか搭載されていない。外国では英海軍がテスト用に1セットを購入しただけである。
 海上自衛隊の護衛艦が持つ情報共有システムはリンク11とリンク16である。いずれも艦や航空機のセンサーがとらえた目標の情報(距離、方位、高度、速度、敵味方識別など)を文字情報として通信機で送信し、艦のディスプレーに記号と文字情報として表示するもので、レーダー映像そのものを共有するCECとは全く別である。リンク11は1960年代から使われているアナログ式データリンクで、同時に接続できる艦の数は限られるしデータの伝送速度も遅い。
 70年代初期から実用化されたリンク16はデジタル式で、時分割複数アクセス(TDMA)というデータ送信技術を用いて非常に多くの艦や航空機を接続し、高速で大量の「文字情報」を送れるようになった。米空軍のE-3早期警戒管制機に搭載する統合戦術情報分配システム(JTIDS)クラス1型ターミナルとして実用化され、さらに小型のクラス2型ターミナルが開発されて、80年代末から米海軍の艦船、戦闘機、早期警戒機や米陸軍のパトリオット地対空ミサイル部隊に装備が行われた。
 海上自衛隊のイージス艦に装備されているリンク16はクラス2型で、航空自衛隊のE-767早期警戒管制機にも装備され、徐々に装備艦艇、機種も増えている。リンク11や16は、昔は無線の音声交信で、敵機が何度の方向、どれだけの距離の所にいるかを伝え、それを透明板の上にグリスペンで書き込んでいたのを、コンピューターを使って文字情報として送り、ディスプレー上に自動的に表示するようにしたもので、リンク11は30年も前から日米共同演習で使われてきている。デジタル化したリンク16をインド洋で米艦とつないでも、これまでの日米共同演習の域を出るものではない。
イージス・システムに対する誤解
 イージス・システムついても誤解、まやかしがある。これは数百万行に達する膨大な戦闘指揮用ソフトウエアのことで、使うセンサーの一つにSPY-1というフェーズド・アレイ型レーダーがある。電子的にレーダービームを走査するために、短時間で広域の捜索が可能で、出力も大きいから遠方まで捜索できる。イージス・システムには対水上戦闘や対潜戦闘の指揮能力もあるが、メーンは多方向からの複数の航空機による同時攻撃に対応する機能である。従って、在来型のレーダーの探知能力と多目標に対する同時処理能力を高めただけであって、特別に情報収集能力に優れているわけではない。
 軍事的に「情報収集能力」というと、相手の動向を電磁波的に探るSIGINTやELINTといった活動を指し、そのための特別な装備が必要になる。イージス艦をはじめとして海上自衛隊の護衛艦にもESMというこの種の装備は搭載されているが、対艦ミサイルに攻撃されそうだというのを探知する程度のもので、イージス艦派遣論議の当初に主張されたような「情報収集能力が高い」という説明はおかしい。正しくは、イージス艦は高い対空警戒能力と情報処理能力を持つ(それゆえ対空警戒には有効)と説明すべきである。新しい艦で、多くの電子装置のために空調能力も高いから、居住性が優れているのは事実で、乗員の任務交代を考えるなら、4隻あるイージス艦を日本に引き留めておく理由は、少なくとも技術面の見地からはないように思われる。
 軍事システムが高度化し、情報システムが中心になると、その理解が難しくなってきているのは事実だが、誤った解釈や無理解の意図的な悪用、あるいは用語のごまかしで政治が行われるのは、民主主義としては大きな危険であろう。
◇江畑謙介(えばた けんすけ)
1949年生まれ。
上智大学大学院修了。
軍事評論家。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION