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1999/09/17 産経新聞朝刊
【正論】永世棋聖 米長邦雄 「徳育」こそ人格形成の根本 教と育の順番が違う
 
 
◆母親を見ればすぐ分かる
 教育問題の論議が盛んだ。アメリカ国民も熱心なようで、最新のアンケート「貴方は次の大統領に何を望むか」との問いに対しての第一位は「教育・七九%」だった。
 東京都知事の石原慎太郎氏も、これから先は教育が最重要課題と発言をしているし、横浜の高秀秀信市長も「二十一世紀の子どもと教育を考える懇談会」を発足させた。
 東京も横浜も、私は両方の委員を兼ねている。私の頭の中は単純であって、言う事は決まっているのだが、それが馬鹿のひとつ覚えなのか、最善手は一手しかないという信念なのか。この判断は貴方にお任せするしかない。
 先ずは第一声。全ては母親で決まる。子供の運命は母親が握っている。教育界に問題があるとすれば、それは母親に問題があるからだ!
 この正論は、世の女性陣の誤解を招く恐れがあるが、この一点を明確にしないから日本中がおかしくなって来たのだろう。
 将棋の弟子を採る時、プロで大成するかどうかは母親を見ればすぐ分かる。夫婦仲が良ければ合格。妻が夫を尊敬していれば二重丸。
 世相を見る限りに於いては、谷川棋聖を初めとする現タイトル保持者を上回る若者、子供は存在しないのではあるまいか、と秘かに危惧している。
 将棋の師弟関係には、双方に拒否権があるから良いが、義務教育の小中学校の方は大変だと思う。子供は学校を選べず、教師は子供を選べないからだ。
 
◆我が子の落ち度はなにか
 将棋の世界を、そのまま学校へ持ち込むとすれば次の点をチェックしさえすれば良い。
(1)母親は、父親つまり夫より常に一歩退いて控える。
(2)学校に入った以上は、全てを学校に一任する。信頼である。
(3)怪我をしたり、先生に叱られたり、時にはゲンコツを食らったりした時“我が子の落ち度はなにか”をイの一番に考えてから行動する。
(4)我が子に余り期待しない。所詮自分の子供だと自覚する。
 以上四点が主たるもの。この四つが当たり前と感じているお母さんは、日本中に三人くらいしか居るまい。
 この四つの中で、最も重要なのは、人生に関しては(1)で、教育に関しては(3)である。
 昨今は、学校内で自分の子供に何かあれば、校長を通り越して教育委員会に訴える、という親が少なくない。マスコミの一部には、このような母親と同次元の輩がいて、暴力教師等々と特化して騒いだりするケースもある。いかなるケースでも“悪いのは自分の子供ではあるまいか”と親子ともに考えてみてこそ教育、家庭のしつけである。
 ケガに対する怪我は当て字であるが、ここには歴然と「我を怪しめ」と書いてある。
 女性は男性に対して適応力が優れているうえに安全、安心を求める度合いが高い。荒波に揉(も)まれたうえの適応力こそ、競争社会における原点である。子離れの出来ていない母親に問題がある。
 近頃はキレる子供、情緒不安定な子供が多いと聞くが、全体の数としての割合は、この数十年間は変化がないという報告があった。(横浜市立大学の小玉亮子助教授・横浜の委員会にて)
 子供の精神状態は、母親のそれを映したものであって、夫への感謝と子供からの自立で解決できる。夫というのは、その子の父という意味であって、死別、生別、同居には関係がない。
 
◆学級崩壊には予兆がある
 家庭さえ良ければほぼ解決できたも同然だが、学校にも問題が無い訳ではない。
 学級崩壊という話がある。先生が授業をしようとすると、話を聞かない、動き回る、私語を交わす等々で、担任の先生の中にはノイローゼになりそうだという人もかなりの数とのこと。三十人を一人で受け持つのは大変だから、応援を頼むのはどうか、という論が浮上してきた。
 いい加減にしてくれ。学級崩壊には、必ず前兆、予兆がある。それをいち早く見抜き、先手を打つのが教師の仕事ではないか。
 営業マンで三十軒以上持たされて得意先廻りをしている社会人はザラである。極論すれば、営業マンと学校の先生を一度総入れ換えしたらどうか。お互いに苦労が分かって良いだろう。
 勿論、学校の先生の苦しい立場は理解はしているつもりだが、それでも担任を一人では務まらないというのは、一般社会から見れば甘えとしか思えない。
 学校に関しては、父兄も、マスコミも、全員一致して教師側に立とうではないか。先ずは先生方に自信を取り戻してもらい、堂々とした態度で現場に臨んでいただきたいからだ。
 先生方は、教師ではなく、育児から始めるつもりで、頭ではなく心を育てるところから手をつけていただきたい。教育界の最大の欠点は、諸問題を解決する時には、常に学識、もしくは頭でと決めつけて来たことだ。徳を育ててこそが人格形成の根本で、教と育の順番が間違っていないだろうか。(よねなが くにお)
◇米長 邦雄(よねなが くにお)
1943年生まれ。
中央大学経済学部中退。
永世棋聖、東京都教育委員会委員。


 
 
 
 
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