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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2001/12/02 毎日新聞朝刊
[時代の風]教育基本法の見直し まず大人が自ら省みよ=解剖学者・養老孟司
 
 教育基本法の見直しが行われるという。法の見直しはともかく、教育自体は年中見直されているような気がする。結果はといえば、努力をした人には悪いが、総体的には五十歩百歩ではないのか。
 教育基本法の見直しということは、教育を抜本的に変えたいという気持ちがあるのだろうと推察する。いまの子どもには問題があるらしい。多くの人がそれに気づいている。学級崩壊はその典型であろう。登校拒否は引きこもりという一般名に変わった。これは増加の一途をたどっている。重ねて若者の反社会的行為の増加も論じられる。
 そうなれば、当然さてその原因は、という話題になる。その一方の極には、外因説がある。子どもが変なのは環境ホルモンのせいじゃないかという。他方、社会的要因を指摘する声も高い。テレビやゲームやケータイといった、メディア関連が悪い。これはいうなれば、実質的な社会要因説である。
 日教組と文部省、とくに文部省がいけない。あんな役所はないほうがいい。これはかなり偉い人たちが、陰でいう本音である。同じ社会要因でも、こちらは機構要因とでもいうべきか。
 都合のいいことか、悪いことか、教育の良否は将来にならないとわからない。将来になってもじつは確実にはわからない。だから文部科学省は潰(つぶ)れない。
 ところでお前はどう思うのだ。そう訊(き)かれそうな気がする。
 はっきりしていることは、子ども自体が原因ではないということである。なぜなら数十年という短期間で子どもの性質が変わるわけがないからである。戦後の日本人は背が高くなった。これが栄養のせいだということは一般の一致であろう。糖尿病や痛風が増えたのも同じ理由である。しかしゲノムの変化が数十年で起こるはずがない。
 もちろん環境ホルモン説を採用すれば、子ども自体が変わったということになる。しかしこの結論を認める確実な証拠はない。そもそもどれだけの化学物質が、どれだけの影響を人体に与えているか、そこがはっきりしていない。当面は疑わしきは罰するで行くしかないから、影響が強調される理由はわかる。しかし全面的には認められない。
 そうなれば社会要因が残る。社会を作っているのは大人である。それなら子どもが変だとすれば、大人のせいに決まっている。
 先日、能登の七尾に行く機会があった。そこで人伝えに聞いた話がある。開業医の奥さんが忙しいので姑(しゅうとめ)に当たって、喧嘩(けんか)になった。姑はもと海女である。その姑がいったという。「あんたは息をして仕事をしているが、あたしゃ息を止めて仕事していた」。嫁さんは二の句が継げなかったというのである。
 先生というのは、こういうものだ。そんな思いが、私のどこかにある。修羅場をくぐってきた、人生の先輩なのである。私の恩師に私がいまでも感じるのはそれである。いまの教育にそれがあるか。
 子どもを甘やかしているという意見も強い。それは大人が自分を甘やかすことの反映に過ぎない。母親たちの労働を考えれば、私たちの年代ならすぐにわかるはずである。たとえば家電によって、肉体労働という意味での家事がどれだけ楽になったか。毎回の飯炊きを考えても、いまはボタン一つである。子どもの頃(ころ)の私の仕事の一つは、カマドで飯を炊くことだった。そのために薪も割れば、炊きつけも拾う。大人が自分は極楽をして、子どもを甘やかすといわれても、それは聞こえない。
 戦後の日本は経済の生産性を徹底的に上げてきた。これを合理化といい、善いこととしてきたはずである。先日も労働生産性が16倍になっているという話を聞いた。何年前と比較してか、ボケて忘れたが、ともかく10年とか、30年といったていどの期間である。言い換えれば、当時は16人必要だった仕事が、いまでは1人で済む。じゃあ、残りの15人はなにをするのか。そこを忘れてやしませんか。それがいいたい。
 小人閑居して不善をなす。世の中は、私を含めて、小人のほうが大人より多いはずである。それなら経済生産性が上がれば不善が増える理屈になる。とくに暇になっているのが子どもである。親が子どもにさせる仕事がない。いまどきカマドで飯を炊く家がそうあるとは思えない。そんな手数をかけるよりはコンビニで弁当を買うであろう。
 朝から学生に講義をしていて、いつも思う。いい若い者が、朝からこんな穴倉みたいな部屋で、椅子に腰掛けて、白髪のじじいの長話なんか聞いていていいものか。だから天気がいいと、私は学生に教室を出て行け、外で体を動かして働いて来いという。
 そういえば、隣の国で似たようなことをいった、いまは評判が悪くなったじじいがいた。毛沢東である。文化大革命のときに、大学生はすべからく地方に行き、工場や農場で働けといった。歳をとると似たようなことを考えるらしい。ボケ症状かもしれない。
 要は子どものことをいうなら、まず大人が自らを省みよということである。教育基本法の最初にそう書けばいい。古来、子どもは大人を見習うものに決まっている。孟母三遷という故事や、ミラー・ニューロンという新発見を引くまでもあるまい。ミラー・ニューロンとは、他人のしていることを見ているだけで活性化し、その真似(まね)をするとさらに活性化するニューロンなのである。(毎週日曜日に掲載)
◇養老 孟司(ようろう たけし)
1937年生まれ。
東京大学医学部卒業。
東京大学教授を経て現在、北里大学教授。


 
 
 
 
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