2001/08/07 毎日新聞夕刊
「つくる会」教科書・東京都教委採択「なぜ養護学校なの」――戸惑う父母ら
◇「踏み台にされる」−−反対派が抗議行動
「なぜ、養護学校なのか」という疑問を残したまま、「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらが執筆した中学歴史・公民教科書を東京都教育委員会が7日、一部の養護学校で採択した。各地の教委が「難解」「ふさわしくない」と相次いで避ける中、あえて踏み切った背景に「採択の実績づくり」の意図を読み取る声は多い。障害児教育の現場は「子供のためにならない」と反発し、都庁は抗議行動に異例の厳戒態勢を敷いた。
●現場では
「実際に授業に使うのは、(検定教科書ではなく)教師が作ったプリントや絵本。都教委は現場のことを考えていない。真剣に採択したのだろうか」。都内の中学校の特殊学級(心身障害者学級)で30年余り、障害児教育に携わってきた女性教諭(53)は語る。
学校教育法に基づき、養護学校など特殊学校は障害の程度に応じて検定教科書以外の本も教科書として使用できる。このため「つくる会」教科書が配布されても、使われない現場も出てくる。
都立墨東養護学校元校長の星川勝さん(69)は「養護学校は通常の学校よりかみ砕いて教えなければならないのに、どのように指導すればよいのだろう。養護学校を踏み台に通常の学校に広げようという意図が感じられる」と不安がる。
父母の戸惑いはより深い。子供を病弱の養護学校中学部に通わす母親(49)は「他の公立で採用されていないのに、弱いところで採択するのは納得できない。(教育委員は)病気の子供の実態を知らない。一緒に勉強している現場の教師の声をなぜ聞かないのか」と語る。別の養護学校に子供を通わせる40歳代の母親は「扶桑社の教科書を読んだが、高校生でも難しい表現がある。養護学校の子供は、病気で休みがちで継続して学べない。なぜ、この教科書なのか、親にきちんと説明してほしい」と話した。
都立梅ケ丘病院に入院中の子供たちが学び、採択が決まった都立青鳥養護学校の宮崎英憲校長は「都教委からは、話は聞いていない。自閉症や多動性障害の子供たちもいる。転入出も多い。このため、教科書自体を使っておらず、採択にはピンとこない」と話す。
●厳戒の中で
都庁周辺では、午前8時過ぎから教科書採択に反対する多数の団体がビラを配った。都は警備員を大量動員し、警察官約100人も待機した。
教育庁がある都庁第2庁舎1階では、臨時会の公開を求める人たちと、「非公開は決定事項」と説明する職員が押し問答を続けた。都側は会場の30階に上る高層階用のエレベーター前を机と警備員数十人で固めた。
庁舎前では、反対派団体が抗議の演説を続けた。「子どもと教科書全国ネット21」の和田哲子さん(64)=狛江市=は「6人の委員が密室で教科書を決めてしまうのは許せない」と話した。障害児学校退職教職員の会会長の永野幸雄さん(72)は「平和を願う子供たちに『つくる会』の教科書を使わせてはいけない」と言う。
◇敬意を表したい−−新しい歴史教科書をつくる会の高森明勅事務局長の話
特定教科書を巡って、組織的な圧力や予断を与えるマスコミ報道など、さまざまな妨害が行われている中で、冷静かつ公正に扶桑社教科書の優れている点を評価された見識と勇気に敬意を表したい。各地の採択においても妨害に屈することなく、理性的に手続きを進めていただきたい。
◇採択は当然−−秦郁彦・日大法学部教授(日本近現代史)の話
検定を通った教科書なのだから、採択されるのは当然のこと。内容に問題があるという意見があるようだが、本当にそうなら検定は通らないはず。栃木県のように一度決めた方針を、外からの圧力で変えることの方がおかしい。私は教科書会社の数からすれば、1割ぐらいの学校が採用してもよいと考えている。これを契機に採用が増えていくのではないか。
◇非常に残念−−和田春樹・東京大学名誉教授(歴史学)の話
非常に残念な採択だ。日本が国際的に置かれている(厳しい)立場の中で子供たちがどう生きていくかを考えるからこそ、各地の教育委員会は「不採択」の答えを出していると思う。教科書は各種あるが、障害のある人たちに教えるのに適した教科書だと都教委は判断しているのだろうか。石原慎太郎都知事の意向が反映している感じがする。
◇養護学校
知的障害、肢体不自由、病弱の障害が一定程度以上の児童、生徒について、幼稚園、小中高等学校に準ずる教育を行う。心身の障害の程度の差はあるが、障害に応じた教育をしている。79年、学校教育法で都道府県に設置義務が定められた。全国に約750校ある。
◇都教委の委員
▽横山洋吉・都教育長
▽清水司・東京家政大学長
▽鳥海巌・丸紅会長
▽米長邦雄・永世棋聖
▽鍛冶千鶴子・弁護士
▽国分正明・日本芸術文化振興会理事長
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