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2003/05/17 産経新聞朝刊
【正論】高崎経済大学助教授 八木秀次 拉致問題を人権問題で取り上げよ
 
■国家や家族の大切さ、命の尊さを
<<戦後最大の人権侵害>>
 北朝鮮による日本人拉致は戦後最大の人権侵害事件である。何の罪もない人々に頭から袋を被せ、無理やり船に乗せて連れ去り、強制的に留め置いた。横田めぐみさんのようにわずか十三歳で親から引き離されたケースもある。
 拉致は思い当たるだけでも次の法規に反する。国内法では個人の尊重を規定した憲法十三条、奴隷的拘束を禁止した同十八条、逮捕・監禁を禁じた刑法二百二十条、未成年者の略取・誘拐を禁じた同二百二十四条、国外移送目的の略取・誘拐を禁じた同二百二十六条、条約では奴隷・隷属状態を禁止した国連自由権規約八条、身体の自由と安全を規定した同九条、親からの分離を禁止した国連児童の権利条約九条、児童の国外不法移送を禁じた同十一条、児童の誘拐の防止を規定した同三十五条、自由を奪われた児童の適切な取り扱いを規定した同三十七条などである。
 しかしこれほどの重大人権侵害が教育の現場で取り上げられることは少ない。いや、意図的に取り上げられないと言うべきか。大阪府立阿倍野高校では昨年十一月、校内の教職員向け人権研修及び生徒向け人権学習で拉致事件を扱うべきとの提案が校内の人権推進委員会と学年会で否定されている(産經大阪版昨年十二月二十三日付)。「北朝鮮のトップが謝罪して決着したことをことさら問題視して生徒に伝える必要があるのか」「在日朝鮮人への嫌がらせをメーンにすべき」などの意見が大勢を占めたという。
 兵庫県でも兵庫県教育連盟という教職員団体が県教委に拉致問題を人権教育のテーマとして取り上げるよう要望したところ、県教委は「時期尚早」との回答を寄せ、事実上拒否している(同紙昨年十二月二十六日付)。
 教育現場や教育行政が拉致問題を「人権教育」のテーマとして取り上げたくないのは、「人権」が普遍的な概念としてではなく、反権力・反国家的主張の“道具”として使われてきたからだ。「人権」を声高に叫ぶ人々は反権力・反国家に関わるテーマであれば、取るに足らない小さな問題でも「人権侵害」と騒ぎ立てる。
 
<<北を賛美する日教組>>
 しかし拉致は我が国が国家の機能を備えていなかったからこそ起き、解決できないでいた問題である。拉致問題は当然、人々に国家を意識させる。だから取り上げたくないということのようなのだ。
 加えて教育現場や教育行政に依然として大きな影響力を持つ教職員組合が拉致の“犯人”と友好関係にあるという背景もある。例えば日教組の元委員長・槙枝元文氏は昨年二月の「金正日総書記誕生六〇周年祝賀」に「わたしは訪朝して以降、『世界のなかで尊敬する人は誰ですか』と聞かれると、真っ先に金日成主席の名前をあげることにしています。(中略)主席に直接お会いして、朝鮮人民が心から敬愛し、父とあおぐにふさわしい人であることを確信したからでした」(『キムイルソン主義研究』第百号)との文章を寄せている。
 やはり日教組の関係団体・日本教職員チュチェ思想研究会連絡協議会会長の清野和彦氏は「尊敬するキムジョンイル総書記の誕生六〇周年を心からお祝い申し上げます」と書き出し、「きわめて残念なのは日本の状況です」「とりわけいま重要になっているのが教科書問題です。(中略)『新しい歴史教科書をつくる会』(つくる会)の歴史・公民教科書には、反共和国的な表記や記述がなされており大きな問題をふくんでいます。(中略)こうした危険な動きは決して許してはなりませんし、負けてはいけないと思っています」「今年はキムジョンイル総書記誕生六〇周年を祝賀する日教組代表団を実現していければと思っています」(同右)とまで述べる。
 これはわずか一年前の発言である。日教組は金正日を敬愛し、その誕生日を祝賀する団体なのである。
 
<<一部で有意義な試みも>>
 一部だが拉致問題を取り上げたところもある。テレビでも報道されたが、東京都立川市の市立中学では一年生の「総合学習」の時間に横田めぐみさんの両親を招いている。母親との仲がうまくいかない女子生徒が横田早紀江さんの話を聞いて親の愛に気付き、涙を流していた。大阪府八尾市でも「拉致問題と人権」をテーマに市主催の講演会が開かれ、東京都も四月、人権学習公開講座や教員研修で拉致問題を取り上げることを決めている。
 他の地域や学校でも拉致問題を取り上げ、子供たちに国家や家族の大切さ、命の尊さについて考えさせて欲しい。(やぎ ひでつぐ)
◇八木秀次(やぎ ひでつぐ)
1962年生まれ。
早稲田大学大学院博士課程で憲法を専攻。
人権、国家、教育、歴史について、保守主義の立場から発言している。著書は「論戦布告」「誰が教育を滅ぼしたか」「反『人権』宣言」、共著に「国を売る人びと」「教育は何を目指すべきか」など。「新しい公民教科書」の執筆者。フジテレビ番組審議委員。


 
 
 
 
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