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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000/04/12 産経新聞朝刊
座談会「教育憲法を考える」(3-3)
中曽根康弘(元首相)
西部 邁(評論家)
松井 孝典(東大教授)
松本 健一(評論家)
 
松本 そうでしょう。「教育勅語」は、井上毅という横井小楠(しょうなん)(注9)の弟子と、その先輩の元田永孚(ながざね)(注10)という二人だけで首尾一貫した「教育勅語」を作り上げた。日本の国の徳目は何か、忠孝だと打ち出している。
 ある意味で明治国家の教育意志を全部体現し、伝統を引き受け、これからの歴史も引き受けるぞという決意で書いている。国民会議は、自分たちで「新しい教育基本原理」を書くぐらいの考え方でやってもらわないと。
 
中曽根 二十一世紀に臨んで、教育基本法にどういう新しい要素を入れたらいいか。松井さん、その辺いかがですか。
 
松井 二十一世紀は二十世紀の延長上にはなく、まったく違った条件の下に考えなければいけない。地球に百億近い人が住むようになるとき、人間圏の要素間の関係性の中で人間がどういう尊厳を見いだしていくのか。停滞の時代は、人間圏の中での分配など多様な問題が出てくる。
 だから、未来の理想的人間として人間とはなんぞやという本質にかかわる部分を教育基本法で描けるか。近代が描いた理想の人間とは違った人間像が当然出てこざるを得ないですね。
 
松本 松井さんが言うように、二十世紀と二十一世紀の決定的な違いを一つ挙げよといったら、これは一九六九年に人間が月に到達する、そして地球というものを宇宙空間から見てしまう。そうすると、人種や民族の違いがありながら、地球の中で共生している生物としての人間というのも見えてくる。あるいは文化の違いによって棲み分けている。そういう視点が入ってくるのが二十世紀を踏まえた次の時代の教育改革の問題じゃないか。
 
松井 人間圏はシステムとして均質化したものではない。多様化している。多様化していることの表れは国家の存在です。
 そういうユニットがあるから多様性が生まれる。均質化した個人からなる人間圏そのものは混沌以外の何者でもない。二十世紀が文明の時代だとすると、二十一世紀は文化の時代です。
 
松本 文化の時代となれば、むしろ民族の違いの方がはっきりする。
 
松井 違いを認識するから、関係性が非常に強固なものになる。均質な多様性のないシステムは非常にぜい弱です。その中で人間というものがどう規定されるのかも難しい。人間圏を作って生きることは設計主義そのものです。
 だけど一方でそれ以前の過去を引きずっているところがあって、われわれが新たに理想とするものを構築しない限り、二十一世紀の人間像にはなりえないでしょう。
 
西部 近代主義の延長において人間は一種サイボーグ的な、つまり人造人間的なものに近づくだろう。これはほとんど不可避の見通しかもしれないけれども、何も喜び勇んでサイボーグへ、さらにはサイコパス(精神病理)への道を疾走することはない。子孫のことを考えたら、少しでもその速度を弱めるべきです。人間が人間自身に対する深い絶望をしっかりと持ったときに、人間社会も落ち着きなり、進歩なりを実現できる。未来を楽観するために絶望が必要だという局面にきているのじゃないか。
 
中曽根 二十一世紀を考えると個人的には非常に暗い気持ちになる。食糧、エネルギー、水、資源も限界がくる。環境面で地球防護という大問題が出てこざるを得ない。そのうえ情報社会がどんどん進んでいくと、南北格差がもっとひどくなる。よほど偉大な政治家が出てこないと、民族や人間の調和ができない。その一面、宇宙が解明され、人間がDNAで解明され、DNAが粒子であり、宇宙を走る光も光子という粒子であり、物質は似たようなものだと。そうなると山川草木悉皆成仏みたいな、仏教的な発想や思想というものに非常にひかれますね。民主主義がいいといわれていたけれども、果たしてこれがいいのかどうか。情勢によっては哲人的独裁政治が出てくる可能性も十分ある。半面、非常に堕落した無政府主義的なものもまた出てくるのではないか。そういう中で二十一世紀を考えると、非常に暗い気持ちにならざるを得ないですね。
 
松井 僕は割と単純に考えてて、人間は宇宙の進化の中で宇宙を認識するために生まれてきたんだと。右肩上がりではじめて人権だとか民主主義は保障される。もしこれを二十一世紀も続けたいのなら、地球文明を太陽系文明に、あるいは銀河系文明に拡張していかざるを得ない。地球文明のまま停滞し、民主主義や個人の尊厳、人権を強調していくと、必ず矛盾が起こる。
 
松本 日本人は、憲法について明治憲法も戦後憲法も不磨の大典に近いものとして考えてきた。憲法は国のルールで、時代が変わっていくと同時にそのルールを時代にあわせて変えていかねばならない。教育基本法も、人間とは何かという普遍的な問題と同時に、世界史の変容に即した形で人間の生きる理想というのが現れてくるわけだから、基本法もやはり改正していかなくちゃならない。ところが日本人には、憲法も教育基本法も永遠不変という考え方が非常に強い。
 
松井 生きるということ自体が実験をやってることに等しい。だから本当の理想だとか、百パーセント真実だということはあり得ない。従って、そのフィードバック作用としての改正が念頭にないのは、論理的に破たんしちゃってる。
 
中曽根 戦後、米国のプラグマティズムとか、英国の功利主義とか、フランスの個人主義とかが横いつし過ぎて、人間としてみっともないことをしない、汚いことをしないというような伝統的規律がうせた。それが官吏や政治家の堕落につながった。戦後の伝染病みたいにまん延した文明病を治さなければいけない。教育は人間を供給してくれるのです。これが政界にも財界にも学界にも日本社会全体に来るのですから、今、直さないともうだめになる。それには教育革命だと。そういう考えで、全国民よ、決起せよと言いたいですね。
                 ◇
◆注9 幕末・明治維新の思想家。実学を重んじ、開国通商や殖産興業による富国強兵を主張した。(一八〇九−一八六九年)
◆注10 漢学者。明治天皇の侍講。教育勅語の草案の起草にあたり、大日本帝国憲法や皇室典範の成案作りにも参画した。(一八一八−一八九一年)
◇中曽根 康弘(なかそね やすひろ)
1918年生まれ。
東京大学法学部卒業。
元衆議院議員、元首相・自民党総裁。
◇西部 邁(にしべ すすむ)
1939年生まれ。
東京大学経済学部卒業。
東京大学教授を経て、現在、秀明大学教授。評論家。
◇松井孝典(まつい たかふみ)
1946年生まれ。
東京大学大学院修了。
米ミシガン大学客員研究員、米航空宇宙局月科学研究所、東京大学理学部助教授を経て、現在、東京大学教授。
◇松本 健一(まつもと けんいち)
1946年生まれ。
東京大学経済学部卒業。
京都精華大学教授を経て、現在、麗沢大学教授。


 
 
 
 
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