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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000/08/25 産経新聞朝刊
【正論】京都大学教授 佐伯啓思 子供達にまず自分の「意志」を持たせよ
 
◆改革誤れば大変な事態に
 政治改革、経済改革に続いて教育改革が政治課題となっている。教育改革そのものに異存はないが、政治、経済改革が引き起こしたいっそうの混乱を見ると、どこに問題があるのかをよほど見極めておかなければ、また大変な事態にもなりかねない。
 現在の教育改革を主導している一つの考えは次のようなものである。戦後日本の平等化、画一化と受験教育のおかげで、子供の個性や独創性が失われ、国際的に活躍できる人材の育成に失敗した。ここに最大の問題があり、この改善のためには教育の自由化、個性化、ゆとりが不可欠である、という。いうまでもなく、これはこの数年来の経済改革を主導した理念と同様の思考であって、IT(情報技術)革命とグローバリズムの時代に適合した教育体制への転換という方向を志向している。
 ところが他方では、今日の教育の基本的問題は、子供達の道徳的精神の無残なまでの崩壊にあり、ここに道徳を排除した戦後教育の欠陥がある、という。したがって改革の課題は、何よりまず道徳的な教育の復興にあるとされる。
 この両者が容易には両立しがたい課題であるということは別としても、両者とも問題を含んでいる。前者の自由化、個性化、ゆとり論は、束縛と押し付けられた画一化をとりはずせば、子供達は自分の個性を発揮するという前提に立っている。一方、後者の道徳化論は、今日でさえも、まだ道徳の意味内容が確定され、それが教育によって伝授され得るという前提に立っている。前者があまりに単純な前提であることは言うまでもないが、後者も、今日の、いわば社会全体における道徳的な意識の崩壊を見やれば、学校という場においてのみそれを求めるのはほとんど不可能な話という外ない。
 
◆大きな目的失った社会
 教育の本質を、「ひとつの社会の価値や知識を次の世代に受け渡すこと、およびそれを受け渡すことのできる知力、徳力をもった人間を養成すること」と考えておくと、今日の日本では、そもそも教育が成り立つのかということが問われているといわざるをえない。なぜなら、ひとつの社会の既成の価値観を破壊し、既存の知識を反芻(はんすう)するよりは常に新たなものを受容することをこそ進歩だと見なしてきたのが、戦後日本だったからである。そしてその仕上げが、この十年にわたる改革論であった。
 今日、子供たちにまず必要なものは、自由や個性化でもなく、また道徳そのものでもなく、何かある種の「意志」のようなものである。それは、社会の中で自分を生かそうとする意志といったものだ。意志をもたねば自由も個性もゆとりも意味をもたず、道徳を内面化することもできない。意志とは、社会の中で、自分を律して、何かある目的のもとに現在の欲望を制御しようとする精神の働きである。この意志がなければ、知育であれ、徳育であれ、教育などうまくいくはずもないのだ。ところがまた、困ったことに、意志とは、学校のクラスルームのような所で教育できるものではないのである。
 社会がまだ適度に貧しく、父親や教師や上級生の権威がまだ存在し、「人生の目的」という観念にまだ意味を見いだし得た、今から三、四十年ほど前の社会であれば、子供達が意志を形成できるさまざまな社会的装置が、学校の内外に存在した。だが、今日のように、社会全体に大きな目的が見えなくなり、貧困からの脱出という生きた課題もなくなった時、子供だけでなく、大人も含めて社会から「意志」というものが見えなくなってしまった。こうした社会で教育を再建するというのは容易ならざることなのである。
 
◆社会との接点をもたせる
 先日の教育改革国民会議の提言の中に、福祉等への勤労奉仕をいずれ義務づけるという興味深い一項があった。これに対しては、左翼からはあいかわらずの、強制教育だという批判があり、また本欄でも上坂冬子氏が、こんな無責任なボランティアをされても困るのは福祉団体等の方だという強い批判が寄せられていた。わたしは、上坂氏の危惧は全くその通りだと思うが、問題の核心は、子供達に「社会」というものとの接点をもたせ、その中で「意志」を磨くことだと思う。簡単にいえば、「社会」とのかかわりにおいて、生きるということの意味を考えるきっかけを与えることである。
 私自身は、例えば、十代の半ばのある一定期間、福祉施設や都市・農村での体験奉仕、自衛隊での演習参加、海外生活の経験、この三つを義務づけるとまではいかなくとも、積極的に経験させることを制度化すべきと考える。こうしたことが、先方に対して仮に「迷惑」だとしてもである。子供たちはすでに学校からはみだしている。しかし同時に、「社会」にも着地していない。いわば都合のよい所だけ社会化してしまっているのである。自由化やゆとりはこうした状況をさらに悪化させるだけだし、道徳教育はうまくいかないだろう。問題は道徳を不可欠だと感じ、道徳でみずからを律する意志をうみだす場を提供することなのである。(さえき けいし)
◇佐伯啓思(さえき けいし)
1949年生まれ。
東京大学経済学部卒業。東京大学大学院修了。
滋賀大学助教授を経て、京都大学教授。


 
 
 
 
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