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2001/01/08 産経新聞朝刊
【主張】教育基本法改正 まず戦後教育の負の反省を 謙虚に学ぼう先人たちの知恵
 
 二十一世紀の始まりにあたり、「戦後教育の総決算」が改めて問われている。その最大の課題は教育基本法の改正であろう。昭和の末、中曽根康弘内閣の臨教審(臨時教育審議会)が果たし得なかったものだが、昨年、森喜朗首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」はその道筋を開いた。今後、改正作業は文部科学省の中央教育審議会などに引き継がれ、新しい教育基本法の試案づくりが活発になるとみられる。その際、踏まえておかなければならない基本姿勢などを明確にしておきたい。
 占領下に制定された現行の教育基本法は前文と十一の規定から成る。「人格の完成」「教育の機会均等」「男女共学」など世界に共通する普遍的な教育理念が掲げられている。しかし、肝心なものが欠けている。それは日本人としてのありようである。次代の日本を担う子供たちをどのように育てていけばよいか−という学校教育や家庭教育の指針がほとんど示されていない。同法に基づく戦後民主主義教育が子供の権利や自由を過度に重視し、義務や責任意識の育成を怠ってきたことも反省しなければならない。
 教育基本法の改正にあたっては、まず、このような同法の欠陥を指摘し、それが今日の教育現場の荒廃にどんな影響を与えてきたかについて、徹底検証する必要がある。
 
◆国民会議の三つの観点
 教育改革国民会議は新しい時代にふさわしい教育基本法として、(1)グローバル化・少子高齢化など新しい時代を生きる日本人の育成(2)自然・伝統・文化の尊重、家庭・郷土・国家の視点、宗教的情操教育の視点(3)教育への行財政措置改善に向けた教育振興基本計画の策定−の三つの観点を提示した。その一方で、「国家至上主義や全体主義的なものになってはならない」ともクギをさした。
 こうした国民会議の基本的な考え方を絶えず、念頭に置いて議論を進める必要があるだろう。特に、二つ目の観点である「伝統文化の尊重」「宗教的情操教育」などは、現行の教育基本法に最も欠けているものであり、これが日本人としての誇りやアイデンティティーを失わせてきた。日本の過去をことさらに暗く描き、先祖の偉業や遺産まで消し去ろうとした戦後の歴史教育の検証も含めた議論が望まれる。
 町村信孝文部科学相は「個々の字句修正ではなく、新しい法律をつくりたい」と言っている。賛成である。
 
◆読んでほしい実践要領
 終戦後の昭和二十六年、教育基本法を補完するものとして、戦後日本人のありようを示した哲学者がいる。当時の吉田茂首相が文相に迎えた天野貞祐氏である。そのころ日の出のような勢いの共産主義運動に対抗して出された雑誌「心」の執筆に白樺派の作家らとともに加わったオールド・リベラリストの一人であり、ドイツの哲学者、カントの研究でも知られる。
 その天野文相は全国の校長たちから「教育勅語の復活」を求められた。教育勅語は天皇を中心とする国家観を説きながら、夫婦愛や兄弟愛、友情などの大切さを示した戦前の教育の基本原理であった。世界的にも知られ、日本の学童はそれを暗記した。しかし、天野文相は教育勅語をそのまま復活させるようなことはしなかった。
 当時、GHQ(連合国軍総司令部)からパージ(追放)を受けていた西田幾多郎門下の高坂正顕、西谷啓治氏ら京都学派の哲学者に、教育勅語に代わる道徳の基本理念の作成を依頼した。これに天野文相が手を加えたものが国民実践要領である。
 「個人」「家」「社会」「国家」の四章に分け、日本国民としての規範が示されている。よく読み返してみると、戦後教育から抜け落ちた忍耐、節度、純潔、謙虚、しつけ、公徳心、勤勉といった価値がほとんど網羅されている。戦前の反省も踏まえ、国益と国際協調のバランスをとった内容にもなっている。しかし、国民実践要領は当時の言論界や教育界から猛反発を受け、天野文相は提示を断念した。
 昭和四十一年に発表された中教審答申「期待される人間像」も同じような四章構成で、国民実践要領を参考にしたとみられるが、日教組などの反対にあい、教育現場に根づかなかった。
 戦前の参考文献については、教育勅語にこだわることはない。福沢諭吉が明治三十三年に発表した「修身要領」は独立自尊の精神に基づき、夫婦愛や親子愛、博愛など、今でも通用する教育理念が盛り込まれている。
 やみくもに新しいものに飛びつくのではなく、こうした先人たちの知恵に学ぶ謙虚な姿勢も必要である。
 今、多くの国民は教育基本法の改正をはじめとする教育改革を森内閣に期待している。その成果が今年六月の参議院選を左右する可能性もある。「教育の森内閣」の真価が問われている。


 
 
 
 
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