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1998/08/23 産経新聞朝刊
【教育再興】(83)平和教育(1)静岡県教組 “日常”からも学ぶ試み
 
 「おかしいな」
 大阪府内の中学校の男性教諭は、ある本を探していて行き詰まった。
 「もう一つの『平和教育』・反戦平和教育から平和共生教育へ」。これが目的の本のタイトル。企画・編集は日本教職員組合(日教組)教育文化政策局だ。
 平成八年発行。表紙にヒマワリの写真があしらわれ、日教組自らが従来の「反戦平和教育」の見直しを呼びかけた本として、各方面に話題と波紋を呼んだ。「平和教育のパラダイム(思考の枠組みそのもの)転換」「平和を持続的な状態と考えるべきではない」「平和は紛争を不断に解決する努力のなかにのみ存在するもの」…。従来の反戦教育とは違ったニュアンスの文章が並ぶ。
 「確かに、今の平和教育は行き詰まっている。だが、自分の教育の原点には、やはり平和教育を据えたい」。男性教諭はこう思っていた。「それには、この本がなにか指針を与えてくれるかもしれない」
 ところが、どこを探してもない。教諭は日教組に直接電話をかけた。
 「もしもし、『もう一つの平和教育』という本ですが…」
 「それは回収処分になりました」
 受話器の向こうから返ってきたのは、思いがけない言葉だった。
 
 「内容に一部、不適切な部分がありまして」
 産経新聞の取材に対し、日教組教文局は、こう回収の理由を説明する。「不適切な部分」とは、高橋史朗・明星大教授の文章の次のような引用だった。
 「これからの平和教育は、平和の概念を単に戦争がない状態と消極的にとらえるのではなく、戦いを避けるために、積極的に働きかけていくことを教えなければならない」
 日教組に対して批判的な論陣を張ることも多かった高橋教授は、同書の出版当時、「日教組がこの提言を正面から受け止め、真摯(しんし)に対応したのには正直言って驚いた」と自著に書いた。
 しかし、日教組内部ではこの「平和教育」のとらえ方をめぐって、「従来の教育の否定ではないか」との異論が出るなど、激しい議論が起こっていた。
 「従来の反戦教育を否定したわけではなかったが、パラダイム転換という言葉を使った以上、これまでの教育の否定と受け止めた人がいたのも無理はなかったのかも」。問題となった部分を執筆した栗岡幹英・静岡大教授は、当時の議論を、こう振り返っている。
 
 「算数でも、ダンスでも平和教育ができる」
 栗岡教授とともに「もう一つの平和教育」の考え方を進める静岡県教職員組合の本多由美子・教育研究所事務局長はいう。同研究所が今年まとめた実践資料集には、「長方形や正方形を組み合わした複合図形の面積の求め方」をテーマにした、小四の算数の授業での平和教育の実践例が紹介されている。
 「複合図形は、長方形の一部が取り除かれた形とみたり、二つの長方形が組み合わさった形とみたり、多様な見方ができる。自分なりの方法を見つけさせたうえで、どの方法がいいか話し合いを行う。話し合いの中で意見を発表し、それぞれの良さを認めあう」
 自分の意見をはっきり言い、かつ他人の意見を尊重する。そんな日常的な取り組みが平和教育につながる−というねらいだった。
 その静岡県教組では、昭和五十八年から新しい平和教育の模索を続けている。戦争体験者が減少し、従来の反戦教育的な手法に違和感を持つ教師が増えつつある中、導き出されたのは「だれにでもできる平和教育」という方向だった。
 栗岡教授の協力のもと、同研究所では戦争の悲惨さを教える従来の平和教育を「とりたてた平和教育」と定義。そのうえで、平和の概念を日常生活にまで広げる「広がり深まる平和教育」を、「もう一つの平和教育」として提唱した。
 「『とりたてた平和教育』を否定しているわけではない。が、思いやりや、優しさを教えることも平和教育。『平和について学ぶ』ととりたてていわなくても、ふだんの教科の中でも平和教育はできる」と本多さんはいう。
 静教組内では、この試みはおおむね好評だった。「こんなのも、平和教育だったのか」「これなら、難しく構えなくてもできる」。そんな反応が多かったという。
 その一方で、日教組内部の表情は複雑だ。「これまでの反戦平和教育を否定したものではない」としながらも、「あの本が出たことで、これまでの反戦教育がわきに置かれるのでは、というような不安が出たのは事実。日の丸・君が代問題から目をそらせるために、ああいう本を出したのかという声も寄せられた」(教文局)。
 「もう一つの平和教育」が巻き起こした波紋。それは平和をどう教えるか、その難しさをも象徴している。
 
 戦後の社会運動と密接に結びついた形で築かれてきた日本の平和教育。終戦から半世紀を過ぎさまざまな角度から見直しを求める声があがる現状を追う。
 
■日教組と平和教育
 日教組は昭和22年の結成にあたって「われらは、平和と自由とを愛する民主国家の建設のために団結する」と綱領で唱えて以来、平和教育を運動の基本に据えてきた。「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンとともに、昭和26年の第1回教育研究全国集会では、中心テーマとして「平和教育をいかに展開するか」が掲げられた。以後、平和教育分科会は教研集会の中で、最も論議が白熱する分科会であり続けている。
 
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