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1998/01/30 産経新聞朝刊
【教育再興】緊急報告 黒磯北中の教諭刺殺事件(11)「普通の子」(上)
 
 授業直後、校内の廊下で中学一年の男子生徒(一三)が英語の女性教諭(二六)をナイフで刺し殺すというショッキングな事件が起きた栃木県黒磯市の市立黒磯北中は、酪農中心の農業地帯とJR黒磯駅に連なる市街地の境目付近に位置する。生徒の家はその酪農地帯の一角にあった。
 事件が起きた二十八日夜、チャイムに応じたのは祖母らしい家人の声だった。「私は、留守番なので何も分かりません」。細々と聞こえる声をかき消すように飼い犬がほえ立てた。
 「普通の子」。近所の老人は少年のことを、そう表現した。学校でも、同じ言葉を何度も聞いた。見た目も成績も「普通」…。しかし、小学校からの同級生(一三)は「頭が良くてリーダータイプだけど、短気で怒鳴ったり、ときには、周りのやつを殴ったりした。大人の前に出ると行儀よくなって…」と話した。
 
 同中で二時限目の国語の授業が終わった直後の二十八日午前十時三十五分、少年を含む同じクラスの男子生徒四人が「気分が悪い」と保健室に行った。
 養護教諭が検査したところ、異常はなく、四人とも教室へ戻るように指示された。そのうち二人は三時限目の英語の授業開始から五分後に教室に戻ったが、少年ともう一人の生徒はトイレに寄り、授業に約十分遅れた。
 「トイレにそんなに時間はかからないでしょ」。英語の腰塚佳代子教諭(二六)は自分に断りなく保健室に行き、授業に遅れた少年ら二人の生徒をしかった。
 腰塚教諭は授業の後、トイレに寄った二人の生徒を廊下に呼び出した。
 そこで、どんなやりとりがあったのか。まだ、詳しくは分かっていないが、突然、少年が「うるせえ」と言って、制服のポケットからバタフライナイフ(刃渡り十センチ)を取り出し腰塚教諭の首に突きつけたという。
 少年の身長は一六〇センチくらい。顔つきはあどけないが、中学一年にしては体つきもしっかりしている。
 一歳児の母でもある腰塚教諭は、それにひるむことなく、毅然(きぜん)として応じた。
 少年も黒磯署の調べに対し、「先生があまり怖がらなかったので、カッとなって刺した」と話している。教諭が倒れると馬乗りになり、小さなキズまで含めると十数カ所も刺している。
 事件後、豊田充教頭(五〇)は「四人の生徒は担任には保健室に行くことを報告していた」と明らかにした。
 塩山元久校長(六〇)は腰塚教諭について「いつもニコニコしているけど、大事なときはピシッとしかる先生」と話した。
 遅刻のいきさつをめぐって、腰塚教諭に少し誤解があったかもしれないが、しかり方に問題はなかった。
 少年がバタフライナイフを黒磯市街の玩具(がんぐ)店で買ったのは、一月に入って間もないころ。テレビドラマで人気の出たこのナイフを、少年は同級生に見せびらかしていた。
 塩山校長は「おとなしく目立たない子だった。担任の指導などにも、きちんと謝ることのできる普通の子だった」と繰り返した。
 
 少年は入学後、テニス部に所属した。しかし、「ひざを痛めて」(豊田教頭)クラブを休む。友達も少なかったという。釣り仲間の友達とも、最近は遊ばなくなった。
 それまで、保健室にはあまり行かなかった少年が、年が明けて三学期になると、二十日間で「六回保健室に行っていた」(同)。学校のトイレの木製のドアを殴って壊したこともある。
 授業中、「殺してやる」「殺してやる」とつぶやいていた−という証言もある。
 腰塚教諭が刺された廊下の壁には、「月光」と書かれた少年のクラスの生徒たちの習字が張られていた。
 少年の作品もあった。細くくねって、バランスがうまくとれていない、か弱い字だった。
 事件後の教室の少年の机の上には、ファスナーのついた黒い地味な筆入れが置かれていた。後ろの棚には、通学用の黒革の学生カバンと習字道具入れが整とんされて置かれていた。
 少年は警察の取り調べに対し、悪びれる様子はなく、後悔の言葉も口にしていないという。
 
■保健室登校
 学校には来るが常時、保健室にいるか、特定の授業には出席できても、主として保健室で過ごす状態。不登校の児童生徒が九万四千人にのぼるなかで、保健室登校の数も増え、文部省が六年ぶりに実施した調査(平成八年十月現在)では、保健室登校の児童生徒がいる学校の割合は小学校一二・一%(平成二年七・一%)▽中学三七・一%(同二三・二%)▽高校一九・四%(同八・一%)。一校当たり平均は中学校で一・八人、小学校と高校で一・五人。単純推計では、全国の小中高校の保健室登校は約一万人と、前回調査時より倍増している。


 
 
 
 
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