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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/08/14 産経新聞朝刊
日の丸・君が代の意味 外国人校長が教えた「誇り」 /特集部長 皿木喜久
 
 鹿児島の高校を卒業してちょうどン十年に当たるというので、先週末、記念の同窓会が開かれ、久しぶりに母校を訪ねた。
 ラ・サール高校というその学校はカタカナの校名と東大の合格者が多いということで、ちょっと名前が知られてしまっている。それもあって、母校について書くのはちょっと気がひけるのだが、学校開設のときの事情を調べていて興味ある事実に突き当たったのでお許しいただきたい。
 当時、小松原という鹿児島湾の浜辺だった地に、この学校が開校されたのは昭和二十五年四月十日のことである。世界的なカトリックの修道士会「ラ・サール会」のカナダ人修道士らによってであった。
 ラ・サール会が日本で初めて経営する学校の開設場所をこの地に選んだのにはさまざまないきさつがあったようだ。だが、フランシスコ・ザビエルの上陸の地とはいえ、保守的で、時に排他的、粗野ともいえるほど硬派な土地柄である鹿児島で、果たしてキリスト教の学校が受け入れられるのか。それは相当に気がもめる話だったらしい。
 
 だが、開校式のあるできごとから思わぬ展開が始まる。十年後の昭和三十五年に発行された十周年記念誌は開校式の模様をこう伝えている。
 「開校式、入学式は海岸のベランダで行われ・・・、日の丸の国旗を揚げ、国歌君が代を唱す。父兄の中には日の丸の国旗をみて泣いた人もあった」
 何しろサンフランシスコ講和条約が結ばれる一年以上前、東京裁判で日本人が全体が骨抜きの状態にされて間もないころである。日の丸、君が代がいかに新鮮に映ったか。
 開校時の教員のひとりは記念誌の中でこう回想している。「正面に掲げられた大きな国旗と、国歌の斉唱はそれが敗戦以来始めての経験であっただけに今日に至る迄深く印象づけられている出来事です」
 ラ・サール会の修道士で元校長の大友成彦氏によればこうだ。「初代の校長はマルセル・プティさんというカナダ人でしてね。彼は全く当たり前のこととして国旗を掲げて、国歌を歌わせたんです。しかし、結果的には、このことで、ラ・サールは素晴らしいと地元に受け入れられることになりましたね」
 実を言うと、ラ・サール会は戦前、日本の軍関係者から迫害めいたことを受けるという辛酸もなめている。しかし彼らは、日本が戦争をしたことは悪いことだったとしても、日の丸や君が代に何の罪もない、という、極めて当たり前のことを理解する賢明さを持っていた。
 そして、もっと大切なことは、当時の日本の青少年にとって最も必要なのは、自らの国とその文化に誇りを持つことだということを看破していたことだろう。マルセル校長の開校に当たっての訓示は「諸君、よき日本人たれ」だったという。
 それから約四十年後の平成二年。私は埼玉県の小学校での長男の卒業式に出席して愕然とさせらた。君が代斉唱になって、「卒業生一同起立」と声がかかっても誰も立たないのだ。
 後で聞くと前日、日教組の(多分間違いなく)先生が、卒業式を迎える子供たちに対し「明日、君が代斉唱があります。歌う、歌わないは自由ですが、先生はあの歌は歌ってほしくない」と事実上、拒否することを強制したのだというが、その事情はわからない。
 一部の先生たちによって細々と歌われる君が代。その異様な雰囲気の後で救いになったのは、この卒業生たちのほとんどが通うことになる市立中学校の校長の“祝辞”だった。
 「この国際化の時代に、自分の国の国旗や国歌を尊敬できないような人は国際的に通用しません。君が代を歌わないような人たちは、私の中学校には要りません」。まさに胸のすくような言葉だった。
 
 自国の国旗・国歌に敬意を抱いてはいけないように育てられてしまった日本人が、他国の文化に敬意を持つことができるのか。他国でその国の国旗に侮蔑的態度をとったり、国の文化の象徴として大切にしている神殿でミーハー的な結婚式を挙げてひんしゅくを買うなどの行為は後を断たない。
 日教組は最近、日の丸、君が代を容認する方針に転じたというが、いまだに、卒業式で子供たちに君が代を歌わせないというケースが多くあることが、本紙の談話室(投書欄)に数多く寄せられている。
 百歩譲って、日の丸も君が代も自由だと認めても、一体そのことによって、自分たちの生徒をどんな日本人に育てようとしているのか。そのことが全く伝わってこないのだ。
 本紙連載の「教科書が教えない歴史」によれば、東京裁判でただ一人「全員無罪」の立場を貫いたインド代表の判事、パール博士は東京裁判後の日本人に接して「日本人よ、日本人に戻れ」と嘆いたのだという(検証・東京裁判(6))
 他国の人にここまで言わせておきながら、それを「恥じ」とも思わず、いまだに「自国に誇りをもたない日本人」を育てつづけている教師たちがいるとすれば、よほど感性が鈍いとしかいいようがない。(さらき・よしひさ)


 
 
 
 
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