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2002/03/22 読売新聞朝刊
学力低下 「できる子」「できない子」の二極化が進んでいる(解説)
 
◆ゆとり教育で落ちた「教える力」
 小中学生に明確な学力低下傾向があることを示した東京大学研究グループの比較調査は、新学習指導要領の実施で、「できる子」と「できない子」の二極化の一層の進行を予測させる。(生活情報部・大須賀純)
 「五十円切手四まいと、七十円切手三まいをかいました。いくらはらえばいいですか」――。正しく式を書けた小学五年生は44・8%。同じ算数の問題を十二年前は、89・0%だった。この間、学習指導要領で定めた授業時間数は変わっておらず、この問題は、三年生で学習する内容だ。
 東大大学院教育学研究科の学校臨床総合教育研究センターの調査は同一校を対象に、学力のほか学習態度や家庭環境も合わせて調べた点で、貴重なデータといえる。小学五年と中学二年の調査だが、小中学生全体の学力低下が推測されるとともに、二極化の兆候が多面的にうかがわれる。
 家庭環境の違いが、その大きな要因として浮かんでいる。まず、塾に通う子と通わない子の学力差が拡大した。例えば、中二の数学は13ポイント差から今回は20ポイント差になった。
 学力や学習意欲の差も家庭環境によって差がでた。「ニュースをよく見る」「小さいとき、本をよく読んでもらった」「博物館や美術館に家族で行った」などという家庭の子ほど学力が高いことが分かった。また、「ノートをとる」など基本的な学習態度も、家庭環境の影響が大きかった。中学ではこの傾向がさらに強まっていた。
 中学校の数学では、得点分布が「二こぶラクダ型」を形成したことが注目される。八十点台を中心にした高得点層と三十点台中心の低得点層の大小のピークが生まれたのだ。低得点層は、小学生時代に基礎が身につかず、家庭や塾のサポートを受けにくい子供が“沈殿”した結果とみられる。数学は基礎からの積み重ねが大事なだけに、この傾向が鮮明になったようだ。
 調査した苅谷剛彦教授は「学校の教える力が落ちている可能性が示された。『詰め込み教育』批判のもとで、学習が理解や定着より、子供の興味や体験を重視してきたことが裏目に出たのかもしれない」と分析する。
 調査対象の学校の一部では、「総合的な学習の時間」を移行措置として前倒しで組み込んだため、国語や算数の授業を削っていた。
 昨年末発表された経済協力開発機構(OECD)の調査(高校一年生が対象)では、家庭学習の時間が三十一か国で最低と、子供が家庭で勉強しなくなっている――などの結果がでている。学ぶ意欲の低下や教員の指導力の低下もあるようだ。
 研究グループの志水宏吉助教授は「しっかりした対応をしなければ、家庭環境や地域によって、教育格差はますます広がる。恵まれない環境の子や勉強の遅れた子を重点にした教育的ケアが必要だ」と強調する。
 文部科学省は今年一月公表の「学びのすすめ」で、一人一人の個性や能力などに応じた指導を呼びかけた。少人数授業や習熟度別指導も奨励しているが、現場からは「一人一人を指導する余裕などない」との声が聞かれる。教員の大幅増員計画もあるが、一校一人にも満たない。
 四月からは、五年生の場合、国語は年間三十時間、算数は二十五時間減る。それは、「できない子」を一層増やすことにならないか。今回の調査は、進行中の教育改革の問題点を裏付けたともいえる。子供の視点に立った迅速な対処が望まれる。

 
 
 
 
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