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2000/11/03 読売新聞朝刊
読売新聞社教育提言 「責任ある自由」柱に人材育成 21世紀へ「第3の改革」
 
◆理念・目的、一から議論を
 日本の教育はいま、明治時代の「近代化」、戦後占領期の「民主化」に続く、抜本的な改革を迫られている。少子高齢化社会を迎え、情報化と国際化が急激に進展する中、二十一世紀を担う人材育成の指針を示す必要があるからだ。同時に、学級崩壊や不登校、学力低下など、いま直面する課題も解決しなければならない。(本文記事1面)
 日本はこれまで、時代の要請にこたえ、二度の本格的な教育改革に取り組んできた。ともに外圧がきっかけになっていた。
 現在の教育システムの源流は、黒船によって鎖国を解かれ、「富国強兵」を掲げて近代化を急いだ明治時代にある。
 国家に有為な人材を育てるため、一八七一年に文部省を設置、欧米の教育制度を参考に、小学、中学、大学の三段階の学制を整えた。小学校は全国民が通うよう義務づけた。今日の教育システムの原型はこの時に形作られた。
 一八九〇年、道徳の根本と教育の基本理念を定めた「教育勅語」が制定され、これをもとに修身教育が行われた。一定の評価はあるものの、満州事変(一九三一)以降、国家主義的色彩が強まり、個人の尊厳や自発性の発露はおろそかにされる傾向があった。
 二度目の大改革をもたらしたのは敗戦だった。一九四五年、連合国軍総司令部(GHQ)は、〈1〉軍国主義、国家主義的思想普及の禁止〈2〉基本的人権思想の実践――などを柱とした教育改革を推進するよう要求。戦前の教育の反省に立って、四七年三月には、教育基本法、学校教育法が制定され、「人間性、人格、個性の尊重」を基調とした民主教育がスタートした。
 戦後教育は平均的学力を引き上げ、大量の優秀な労働者を育成し、六〇年代の高度経済成長に大きな役割を果たした。一方、東西冷戦下で文部省と日教組のイデオロギー対立が深まり、政府が教育制度を見直そうとする度に、日教組などが「反民主教育」と反発し、教育改革は停滞した。
 
◆「教育の荒廃」低年齢・深刻化
 七〇年代後半から八〇年代には、高校進学率が九割を超え、偏差値重視の受験教育が様々な弊害を呼んだ。とくに、中、高校生の校内暴力、いじめ、登校拒否など教育現場の荒廃が深刻化した。
 そして、それまでの画一的な教育のありかたを、「臨時教育審議会」(臨教審、八四―八七年)が転換した。
 臨教審は、当時の状況を「偏差値、知識偏重」「詰め込みで画一的」と厳しく指摘し、「個性化・多様化の重視」「自由化の尊重」を打ち出した。具体的には、過熱した受験競争の緩和に力点を置き、〈1〉徳育、知育、体育での基礎・基本の重視〈2〉生涯学習社会の実現〈3〉大学、高校入試の選択の機会拡大――を求めた。答申に基づき、文部省はいわゆる「ゆとり教育」を進め、高校、大学入試改革などに取り組んできた。
 しかし今、教育の荒廃はより一層低年齢化し、深刻さの度合いを増している。
 警察庁の調べでは、今年上半期に殺人容疑で逮捕された少年(十四―十九歳)は五十三人で、前年(二十七人)の二倍近い。いじめによる自殺、学級崩壊、不登校なども目立っている。
 
◆実態問われる個性化・多様化
 臨教審路線による個性化、多様化教育の実態が問われている。
 臨教審答申のうち、とりわけ「徳育の充実や基礎・基本の徹底」などは、十分な施策が講じられてきたとは言い難い。
 西沢潤一岩手県立大学長は、「『自由にしろ。個性を伸ばせ』と言って、家庭や学校でのしつけを怠ってきた。ほうっておけば、他人のことを考えない子供ができるに決まっている。社会をよくしないと、個人も不幸になることが分かっていない」と指摘する。
 こうした問題への強い危機意識から、今年三月に設置された政府の「教育改革国民会議」は、九月にまとめた中間報告で「奉仕活動を全員が行う」ことなどを提言した。
 教育は常に時代の要請によって揺れ動いてきた。今、時代が求めているのは、「責任ある自由」を体得し、情報化、国際化社会に対応し得る人材の育成だ。
 読売新聞が、これまで議論さえタブー視されてきた教育基本法をまったく新しく作り替えるよう提案したのも、今こそ教育の理念や目的について観念論を排し、一から議論すべき時だからだ。
 多様な才能を伸ばすことも、高等教育や先端的研究を充実することも、一人一人の人生を幸福にするのはもちろん、二十一世紀に日本が生き延びていくための「国家戦略」にほかならない。
 過去二回の大改革とは違い、子どもの耐性の乏しさなど、「内圧」ともいえる憂慮すべき状態をどう打開するかが、まさに問われている。
 
◇提言実現のために 識者に聞く
◆議論自体が重要
 本社の提言を識者たちはどう見るか。二十一世紀の教育に向け、提言が実施されるための条件についても聞いた。
 日本アイ・ビー・エム会長で経済同友会副代表幹事・教育委員会委員長の北城恪太郎さんは「このような提言が議論されていくことが、教育改革の推進に最も重要なことだ」と話す。
 そして改革実現には、現場のリーダーがリーダーシップを発揮できる環境が不可欠とし、校長・学長の権限が限定されている現状の改革を求める。
 社会に開かれた学校づくりに向け、多様な人々が積極的に学校に関与し、協力をしていくことも重要で、「そうしたことが日本の将来に対する責務を果たすことになる」と言う。
 
■バランス取れた教養を
 東大教授の山内昌之さんは「権利や自由には義務、責任が伴うこと、教養とか基本的な常識が忘れられた時代だということの現状を踏まえた内容になっている」と提言を評価する。
 大学を学ぶ場に、という点も当然だとし、「全国の大学には特に文系で創造性、生産性を欠いた学者が多すぎる。教員の質を高めることも課題だ。基礎教養科目では和漢洋のバランスの取れた教養を学ばせたい」と話す。
 そして「教育行政も含め、教育界は日本のこと、世界のことを総合的に見られなくなっている。二十一世紀はどうなるか、国と国民の将来は、という危機感や展望を考えていない」と指摘した。
 
■社会の中の個性重視
 国立教育研究所教育経営研究部長の小松郁夫さんは「学校現場ではこれまで、社会的なつながりの中での個性ということを軽視してきた。その点でこういう提言は意味がある」と話す。そして、多様な才能については「優れた才能を思いきり伸ばすとともに、ハンディキャップを持った人たちにも今まで以上に配慮した教育を施したい」とし、中学・高校での学力試験については「個々の生徒が自分は何を学んだか、どれだけ学力がついたか、ということを確認するようなものにしたい」と提案する。
 
 〈近代以降の教育の歴史〉 
1871 文部省設置
  72 学制公布
  85 森有礼が初代文相に就任
  89 〈大日本帝国憲法発布〉
  90 教育勅語制定
1902 小学校就学率90%を超える
  03 国定教科書の使用を義務化
  31 〈満州事変〉
  39 文部省が大学の軍事教練を必修に
  43 学生・生徒の徴兵猶予停止
  45 〈終戦〉
     文部省が「新日本建設ノ教育方針」を発表
     GHQが「日本教育制度ニ対スル管理政策」を指令
  46 第一次米教育使節団が報告書
    〈日本国憲法公布〉
  47 教育基本法、学校教育法公布
     6・3制スタート
     日教組結成
  48 国会が教育勅語の排除・失効決議
  52 文部省に中央教育審議会(中教審)設置
  54 中教審が教員の政治的中立性の維持を答申
  55 〈高度経済成長始まる〉
  57 文部省が勤務評定の実施通達。日教組は反対闘争
  61 文部省が全国一斉学力テスト実施
  68 東大、日大などで学園紛争
  69 大学運営臨時措置法成立
  71 中教審が今後における学校教育の拡充整備のための
     基本的施策を答申(四六答申)
  74 高校進学率90%を超える
  76 教育課程審議会がゆとりの教育を答申
  79 国公立大の共通一次試験実施
  80 文部省が校内暴力防止で通達
  81 中教審が生涯学習について答申
  82 中国、韓国政府が歴史教科書の検定で抗議、外交問題に発展
  84 中曽根内閣が臨時教育審議会(臨教審)設置、
     87年までに四次にわたる答申
  86 いじめが深刻化し、文相が談話発表
  89 連合加盟をめぐり日教組が分裂
  90 大学入試センター試験実施
  91 〈バブル崩壊〉
  95 文部省と日教組が和解
  96 中教審が学校週五日制導入を答申
  97 文部省が教育改革プログラム提示 
     中教審が中高一貫教育導入を答申
  98 教育課程審議会が教育内容の3割削減を答申
  99 国旗国歌法成立
2000  教育改革国民会議が発足。教育基本法見直しも議論の対象に

 
 
 
 
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