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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1987/12/28 読売新聞朝刊
教育界この1年 減速した「個性重視」 積極性見えぬ文部省
 
◆国民の合意作りに努力を◆
 教育界のこの一年を振り返ると、多くのことが思い出されるが、忘れてならないのは八月七日に提出された臨時教育審議会の第四次答申(最終答申)と、今月になって相次いで公表された文部省の教育課程審議会(教課審)と教育職員養成審議会(教養審)の答申だろう。
 臨教審の最終答申は過去三年間にわたる審議について総括し、二十一世紀へ向けて日本の教育改革を進めるための基本的な考え方を示しているし、あとの二つはこれを受けて、学校の新しいカリキュラムの基準と教員の資質能力の向上策をきめている。どれも、これからの学校教育を左右する重要な意味をもつ。だから今年はわが国の教育界にとって歴史的な転機の年といえる。
 しかし改めて読み返してみると、今度の改革の最大の柱である「個性重視の原則」について三つの答申の間にトーンの差があることに気づく。
 まず臨教審答申には「今次教育改革において最も重要なことは、これまでの我が国の根深い病弊である画一性、硬直性、閉鎖性を打破して、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律、自己責任の原則、すなわち『個性重視の原則』を確立することである。この『個性重視の原則』に照らし、教育の内容、方法、制度、政策など教育の全分野について抜本的に見直していかなければならない」とある。「個性重視の原則」は「教育の自由化」に対して賛否の対立が激しかったために妥協の産物として出てきたといわれるが、いずれにせよ論旨は明快だ。
 ところが教課審答申になると、論旨があいまいになる。たしかに、「一人一人の幼児・児童・生徒の個性を生かすよう努めなければならない」とか、「中等教育の段階では、中学校及び高等学校を通じて、個々の生徒の能力・適性等にこれまで以上に応じることができるようにする必要がある。このため、おおむね中学校高学年の段階から多様な内容を用意して、漸次、選択履修の幅を拡大していくようにする必要がある」などと述べ、一応、個性を尊重する姿勢を示してはいる。
 しかし「選択履修の幅の拡大」は教員・教室増など教育条件が整わなければ絵に描いたモチ同然。しかも一方で、たとえば「各教科・科目等の内容」の「特別活動」の項では、やたらに集団生活や集団活動への適応に関する指導の充実を説いている。
 むろん集団生活や集団活動自体が悪いというのではないが、頭髪や服装などに対する学校側の行き過ぎた管理でも分かるとおり、現在でもそれへの適応の名のもとに子どもたちの個性が抑圧されているとき、こんな文句が強調されては果たして教育現場で個性が重視されるのかどうか、はなはだ疑わしくなる。
 そして、この疑問は教養審答申で一層強まる。明治以来、一斉・画一・集団・形式主義の教育を得意としてきたわが国で、その対極にある個性重視の教育をするには、教員養成のあり方を百八十度転換しなければならないと思われるのに、子どもの個性を重視する教員をどう養成するのか、その手立てがほとんど読みとれない。内閣直属の臨教審答申の最大の柱が文部省の手に渡ったとたんにおかしくなった。これをどう受けとめたらいいのか。
 国立教育研究所第一研究部長の佐藤秀夫氏によると、わが国の個性尊重の教育には明治以来二つの系譜があるそうだ。一つは国のリーダーとなるエリートのための教育で、現在も中・高一貫の私立一流進学校に受け継がれているが、もう一つの大衆レベルの教育は、いまでは一斉・画一教育の波間にあらかた消えてしまったという。
 そういえば、文部省が目下創設に熱心な六年制中等学校もエリート教育の流れをくむといわれる。従来、欧米先進国に追いつけ型の一斉・画一教育を中心に進めてきた同省にとって大衆レベルの個性重視は苦手らしい。文部省の二つの審議会の答申もこうした苦手意識を投影したのかもしれない。
 とにかく、これから大衆レベルの個性重視の教育をやろうとすれば、「一斉に教え込む教育」から「一人一人の能力・適性を引き出す教育」へと変わらなければならない。それには何より国民のコンセンサスを得ることが必要だ。そこで提案がある。
 政府は教育改革推進のために懸案の「ポスト臨教審」を早急に発足させ、テーマを「個性重視の原則」にしぼって各地で公開の一大シンポジウムを展開する。そして個性とは何か、いまなぜ個性重視か、個性重視で行政や学校がどう変わるのか、教育条件をどう整備すればいいのか等々について討論してほしい。臨教審の論議とダブる面もあるが、もう一度こうしないと、みんな同じが大好きという日本的風土の中で、せっかくの個性重視の教育が単なるお題目に終わるおそれがある。二十一世紀になってみると、歴史的転換期であるはずの今年がただの年だった、ということになりかねない。
(編集委員・斎藤 康広)

 
 
 
 
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