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2003/03/23 毎日新聞朝刊
[社説]教育基本法 改正は喫緊の課題ではない
 
 教育基本法の見直しを求める中央教育審議会の答申が20日公表された。現行の教育基本法を貫く「人格の完成」「平和的な国家及び社会の形成者」などの理念は、憲法の精神に則(のっと)った普遍的なものとして継承。心豊かでたくましい日本人の育成を目指す観点から、新たな理念や原則を明確にするために基本法を改正することが必要、という内容だ。
 答申は、付け加えるべき新たな理念・原則として(1)信頼される学校教育の確立(2)「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵養(かんよう)(3)日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養(4)教育振興基本計画の策定――などを挙げる。
 現行基本法の理念が間違っているから改正する、という論理をとらなかったことは重要だ。しかしこのことは逆に、基本法改正の理由を薄弱なものにしている。
 教育現場は、「学力」低下、いじめ、不登校など深刻な危機に直面しているが、基本法に特定の規定があるために、あるいはないために起きているわけではない。新たに加える理念もそれぞれ大事なことだが、基本法に明記しなければできないことはない。すでに取り組まれているものも多い。
 そもそも徳目は、法律に書けば実現するという性格のものではない。基本計画の策定にしても、基本法に盛り込まなければ不可能というわけではない。答申は、中間報告同様、なお説得力に欠け、改正の積極的意義は、認め難い。
 考えなければならないのは、基本法の歴史的意味だ。基本法は、憲法とともに戦前の理念との決別を宣言する意味合いを持ち、戦後教育の背骨となってきた。改正論は早くからあり、政治的な思惑もからんで激しい対立が続いてきた経緯がある。基本法改正は、極めてセンシティブな問題なのだ。
 伝統的改正論は、「基本法は蒸留水のようで日本固有の味がしない」(中曽根康弘元首相)など理念自体に問題があるとの認識だ。教育改革国民会議の報告以来レールを敷いてきたのは、教育勅語の評価をいう森喜朗前首相であり、自民党内には「現行法を修正するくらいではどうにもならない」と全面改正を求める声が強い。
 仮に全面改正なら一からの議論になるが、排外主義に陥りかねない復古的内向き志向が大方の理解を得られるとは思えない。答申もそうした考え方は採らず、「国を愛する心や伝統・文化の尊重が国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならない」との表現をあえて残した。伝統的改正論とは、相当距離がある。
 文部科学省は改正法案作りを進め、今国会に提案したい意向だ。しかし改正論にも濃淡があり、与党内にも慎重論が聞かれるなど議論は煮詰まっていない。ここは十分に時間をかけるべきだろう。
 教育荒廃の今、基本法改正のみに血道をあげることは、政治に引き回され、結果的に問題を拡散し隠ぺいする恐れがある。改正が喫緊の課題とは言えない。優先的に取り組むべきことは多々ある。


 
 
 
 
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