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2002/04/04 毎日新聞朝刊
[特集ワイド1]学校週5日制 毎週土曜日、親も子供もどう過ごす?
 
◇学習塾の「子供カルチャースクール」人気
 公立学校が完全週5日制になった。「子供を学校から解放し、家庭や地域に返そう」という趣旨だが、現実はどうか。親たちは仕事に追われ、昔に比べると町中に子供の居場所が減った。そこで、学習塾が売り出している体験学習が人気という。補習を行う自治体や学校も広がっている。毎週土曜日、親も子供もどうやって過ごす?【五十嵐英美、写真も】
 
◆知識の使い方を学ぶ時代
 大手学習塾の「日能研」(本部・横浜市)。都市部を中心に全国106の教室に、小学4〜6年の児童3万4800人が通う、私立中学受験に実績のある塾だ。土曜日にはさぞやたくさん補習授業を組んでいるのだろうと、聞いてみた。ところが意外な答え。座学でなく、体験型の講座を用意しているという。原和彦企画推進室長は「今の子供に不足しているコミュニケーション能力を鍛える講座です。単に知識を得る時代は終わり、知識の使い方を学ぶ時代になった。保護者の希望でもあります」と説明する。
 「学習応援教室」といい、1講座140〜280分。料金は3000〜1万円。内容からすれば、「安い」という。札幌市の教室では実験的に塾生でない子供も受け入れ、人気を集めている。好きな講座を自由に選ぶ、いわば子供のカルチャースクールだ。
 例えば、「スーパーマーケットを造ろう」という講座がある。学年の違う18人で1クラス。街の地図を広げ、どんなスーパーをどこに造るか、みんなで話し合う。生活を振り返りながら、経済や社会の仕組みを学ぶのが狙いだ。集団の中で、きちんと意見を言えるか、他人の話が聞けるか、社会性をはぐくむ場でもあるという。まるで、今年度に小中学校で本格スタートした、新しいタイプの授業「総合的な学習の時間」のモデルのようだ。星新一さんのSFを読んで想像画を描いたりと、メニューは130ある。春休みは自然体験のキャンプも売り出した。
 原室長は「本来なら、家庭や地域で用意できるものでしょう。私が子供のころは、同級生の父親がみんなをキャンプに連れて行ってくれました。でも今はこうした体験をお金で買う時代なのです」と説明する。
 体験型講座を始めたのは97年。少子化が進み、詰め込み式の教育だけでは生き残れないと方針転換した。そのかいあって、97年度の同社の経常利益は前年度比17%のマイナスだったが、98年度は同比63・7%増の黒字に転じた。しかも子供に求められている学力は、確実に変わってきているという。5年ほど前から、難関私立中の入試問題が激変した。暗記すれば答えられる問題が減り、考える力そのものを試す問題が増えた。
 例えば、ある有名校の社会の問題は「自動車に関係する仕事を五つ挙げよ」。別の有名校の国語では「旅行に出かけるため10日ほど休業します」という店の張り紙を、より軟らかい表現に変えよ、というもの。「親御さんはよく子供を“使える子”にしたいと言います」(原室長)という。
 大手予備校の河合塾(本部・名古屋市)も3年前から小学3〜6年生向けの「生きるちから工房」という体験型のカリキュラムを出している。電気や磁石の実験をする「科学実験工房」、パソコンでアニメーションやホームページを作成する「デジタル工房」、自分で調べ、新聞を作る「新聞工房」の3本立て。今年は土曜日クラスを増設したところ、昨年の倍の申し込みが来ている。月2回(1回120分)の土曜コースで月謝9600円(ほかに入学金2万円)。
 新規事業開発部チーフの小原和也さんは「学校ではこうした科学実験をやらなくなっている。ただ、金額的な面で富裕層の子供が多いのも事実。毎週、子供が家にいても困るし、毎週塾に取られても困るから、月2回がちょうどいいのでは」と話す。
 文部科学省は2月、学習塾関係者を集めた協議会で、「自然教室などの機会を提供してほしい」と要請した。全国学習塾協会の石井正純会長は「依然、受験対策や補習を組み込む塾が多いだろうが、英語やパソコン教室、自然体験を用意している塾は増えている。新たなビジネスチャンスだ」と話す。
 
◆不安があれば現実的対応
 文部科学省が目指す週休2日のモデルとはどんなものか。「学校5日制は一つの意識改革です。子育てを学校に任せるのでなく、家庭や地域など社会全体で育てていくということ。子供と接する時間(土曜日)を親にお返しするのだから、受け皿がないというのはおかしいでしょう」と、同省生涯学習推進課の佐藤安紀民間教育事業室長は話す。
 市や郡単位で全国に「子どもセンター」を設置。地域で計画されているイベントや活動を載せた情報誌を作成し、郵便局やコンビニなどに置いている。「PTAや子供会、教育委員会の取り組みで、子供たちに来てほしいと思っているところはたくさんある。親子で博物館に行ったり、テーマパークや公園で過ごすのもいい。家庭で情報を集めてください」
 ただ、そうは言っても、学力低下への不安はつきまとう。文部科学省の調べによると、今春は週5日制を実施しない私立中学は56%、私立高校が41%。首都圏では有名進学校が6日制を貫く。
 東京都台東区では20日の土曜日から全中学校(7校)で「土曜スクール」を開設する。各校の教室を使い、月2回、午前中の3時間、講師の大学生などが希望者に教える。主に3教科の基礎学力を補充するのが目的。学校の授業で十分できないところをカバーする。費用は無料。小学校でも検討中という。台東区は国立や私立中高に流れる子供が多く、同区教育長の「公立離れを起こしてはならない」という強い考えで進められた。
 まるで公立の塾のようだが、同区教委指導室は「学校長や保護者に、学力低下に対する不安の声が強かった。下町の台東区は自営業の方が多く、土日が休みでないため、家庭で子供のケアが負担になるという状況も実際ある」と打ち明ける。「学力の見方が違ってきているのは確か。これからは学びのプロセスを重視した自分で解決する力が求められている。だが、不安があれば、現実的な対応をしていかなくてはならない。混乱期だと思う」
 茨城県古河市や埼玉県深谷市でも、市長や市教委の主導で、市内の全小中学校で「土曜教室」を開き、補習授業を行う。
 学力低下への不安は都立高校で深刻だ。都立青山高校は昨秋からPTA主催で、土曜日に補習教室を開く。OBの大学生と予備校講師を雇い、土曜日の午前中、講義と自主学習の教室を設けた。経費はPTAの予算。
 海野省治校長は「隣の私立校の生徒が土曜日も通学してくるのを見ると、焦ります。進学校としての生き残りをかけ、できるだけのことをしていく」と話す。PTA役員の母親(42)は「正直言って、予備校に毎月何万円もかけられません。下の子が通っている区立中学では、要望を出しても補習をやってもらえなかった。公教育の機会平等はどこへ行ったのかと思います」。
 
◇学びの意欲は家庭から−−教育評論家の尾木直樹さん
 社会の豊かさが実現しないまま、学校のスリム化だけが実行された。92年に月1回の学校5日制が始まった時、10年後には労働条件が改善され、ほとんどの親が家庭と地域にいるという想定だった。しかし今でも週休2日の人は5割程度だ。施策は失敗した。学力低下論が高まれば、教師は宿題をたくさん出し、子供は平日数倍忙しくなる。学習塾が体験学習をやるのはいいと思うし、公民館や児童館など受け皿を作る政策も必要だが、器の問題ではない。ホッとできる家庭でこそ、子供は学びの意欲を持てる。これを機に、親子でゆったり触れ合えばいい。親自身が地域でどう生きるのかも問われている。
 
◇親の自己防衛しかない−−ジャーナリストの斎藤貴男さん
 今回の教育改革は教育の機会均等を奪った。教育課程審議会会長として新学習指導要領の作成にかかわった三浦朱門氏は、私の取材に「非才、無才は実直な精神だけを養っていればよい」と語った。階層社会を作ろうとしている。子供は自己決定能力がなく、結局は親次第。親がこうした事実に関心を持てるかだ。しかし子供は待ってくれない。わが子をエリートに奉仕させられるだけの奴隷にしたくなければ、公教育なんか当てにするなということだ。塾はそれを当て込んでいるのだからただやすやすと乗るのでなく、親が自分で直接教えてやる。図書館に行ってたくさん本を読ませ、考える力を養う。自己防衛するしかない。


 
 
 
 
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