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2001/02/28 毎日新聞朝刊
[社説]教育改革法案 理念、方向見据えた議論を
 
 文部科学省は、児童生徒の奉仕活動促進の規定を盛り込む学校教育法改正案など教育改革関連6法案を、今通常国会に提出する。
 森喜朗首相は当初、今国会を「教育改革国会」にすると意気込んでいた。しかし、外務省元職員の官房機密費流用などの疑惑に加えて、愛媛県立宇和島水産高校の実習船と米原子力潜水艦の衝突事故では、首相としての資質が問われる事態に発展。森内閣の支持率は一ケタに落ち、落城寸前だ。教育改革は、すっかりかすんでしまった。
 もともと「教育改革国会」というには、いささか無理があった。教育改革関連6法案の中には、法改正によらずとも、省令の改正や運用によって狙いが達成されるものも少なくない。「教育改革国会」を政権浮揚の一助とすべく、改革関連項目を寄せ集めた構図が透けて見える。
 改正案の中には、問題を起こす子供に対する出席停止制度の要件の明確化、不適格教員を教員以外の職に異動させる方途の創設など、重要な意味を持つものもある。きっちりした審議が求められるが、そこで必要なのは、細かい条文の吟味もさることながら、こうした施策の背後にある教育改革の理念をめぐる議論を深めることである。
 文部科学省は国会召集に先立ち、「21世紀教育新生プラン」を公表している。先の首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」の提言を忠実に踏まえ、今後の課題と取り組みのタイムスケジュールを示したものだ。この教育改革関連6法案と来年度予算案における関連措置を第1ステージと位置付け、第2ステージとして、教育基本法の見直しと、18歳後の奉仕・体験活動促進のための仕組みの検討を進めるとしている。
 しかし、このプランは、国、中央の統制による新たな「画一化」志向が色濃いものになっているなど問題点が少なくない。
 これまでの教育改革の土台になってきたのは、臨時教育審議会の議論だ。個性重視の原則を掲げ、「画一よりも多様を、硬直よりも柔軟を、集権よりも分権を、統制よりも自由・自律を重んじる制度・施策を」と求めた答申(1986年など)は、戦後の教育の病弊と改革の方向を端的に示した。21世紀の教育の指針となる「ゆとりの中で生きる力を」との中央教育審議会答申(96年)も、その路線の延長線上にある。
 ところが国民会議の議論は、奉仕活動の義務化、道徳の強化など、国や公的なものによる統制、強制を重視する考え方を前面に出した。教育基本法見直し提言は、その典型だ。国が求める模範的人材像を示し、その実現をすべての子供に求める考え方は、「画一、硬直、集権、統制」の時代に戻ることにもつながる。
 この国民会議の提言を踏まえた新生プランが、画一的、集権的色彩を持つのは当然だが、プランには、一方で中教審答申の具体化である新学習指導要領の実施など、従来の改革路線に基づく施策も含まれている。必ずしも理念の一致しない施策の混在が、プラン全体の性格をあいまいなものにしている。
 国会には、こうした背景をも勘案した、教育改革の方向性を見据えた議論を望みたい。森首相の求心力確保や、政権浮揚を目的とするものであってはならない。


 
 
 
 
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