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2000/12/23 毎日新聞朝刊
[特集]教育改革国民会議報告 教育を変える17の提案(その2止)
 
◎リーダー養成のため、大学・大学院の教育・研究機能を強化する
 我が国には、政治、経済、環境、科学技術、その他新しい分野で世界をリードし、社会の発展に寄与していく高い志と識見を持ったリーダーが必要である。また、博士号や修士号などを有する専門家が活躍する諸外国と伍していくためには、今以上に高い専門性と教養を持った人間の育成が求められている。そのため、大学・大学院の構成と役割を改革すべきである。
提言
(1)学部では教養教育(リベラルアーツ教育)と専門基礎を中心に教育を行うこととする。大学院へは優秀な学生が学部の3年修了から進学することを大幅に促進し、このようなことがごく普通にみられるようにする。なお、学部で卒業する者は4年でさらに専門的な学習をし、社会に出てすぐに活躍できるよう、産業界などとの連携交流を図るインターンシップ(企業や行政機関、教育機関、NPOなどにおける就業体験)などを積極的に実施する。
(2)大学院には、社会で必要とされる実践的な専門能力を身につけるためのプロフェッショナル・スクール(高度専門職業人養成型大学院)と、研究者養成のための大学院(研究者養成型大学院)とを多様な形態で設けることとする。大学院入学者選抜に当たっては、他大学出身者、社会人なども公平に受け入れるよう完全に開かれたものにする。また、特に優れた者であれば、修士号は最短で1年、博士号は最短で3年で取得させる。社会人が大学・大学院に入学して学ぶ機会を拡大する。
(3)企業との共同プロジェクトなどを通じた高度な技術的能力を有するエンジニアの育成や、ビジネス・スクール、ロー・スクールなどの経営管理、法律実務、教育、公共政策などの分野の専門家の養成を行うプロフェッショナル・スクールを多様な形態で整備する。国家公務員や教員については、原則として修士号取得を要件とするなど、特に文科系大学院に対する需要の増大を図る。
(4)世界のトップレベルの研究機関と伍していくために、厳格な評価に基づき、研究支援者や研究教育スペースを含め、重点的な資源の投入と基盤整備を行う。大学院生等を研究プロジェクトなどの研究補助者として参画させるRA(リサーチ・アシスタント)制度、博士課程修了者に大学や研究機関等において研究に専念させる機会を与えるポストドクトラル制度、奨学金制度の充実を図り、大学・大学院の教育・研究基盤の整備を図る。
 
◎大学にふさわしい学習を促すシステムを導入する
 大学へ入学したにもかかわらず学習に取り組む姿勢がない者が見られる。大学も勉強をしていない学生を安易に卒業させているという批判が以前からなされているが、改善されていない。学生にしっかりと勉強させるような取組が必要である。
提言
(1)学生が自らの位置付けを理解し、他者への思いやり、異質なものと自分自身の理解を深めるための教養教育を充実する。社会奉仕活動への積極的な参加を促すような学習システムを導入する。また、自ら調べ考えるよう、きめ細やかな授業を行うために少人数教育を推進する。大学院生等を学部学生の学習指導などの教育補助業務に従事させるTA(ティーチング・アシスタント)制度をさらに充実する。あわせて大学教員の教育力の向上を図る。
 また、そうした密度の濃い授業を推進するために、インターネットなどITの活用も図る。
(2)幅広い知識と理解力を身につけるために、また国際化の観点から語学教育の充実にも活用できるよう、分野の異なる複数の専攻科目(主専攻、副専攻)を選択するダブルメジャー制度を導入する。
(3)学生の学習意欲を喚起し、自ら考える力を育てる観点から、成績評価の厳格化を図るための成績評価制度の導入や、水準に達しない学生の落第、退学など、大学にふさわしい学習を促す取組を進める。
(4)大学の教育力向上のための大学、大学教員の評価システムを構築する。大学教員任期制の導入を促進し、大学教員の流動性を確保する。
(5)現在、大学の最終年次がもっぱら就職活動に使われていることに鑑(かんが)み、企業も採用活動の時期を遅らせるとともに、採用活動に際して成績表の提出を求めるなど大学での成績を踏まえた採用を行う。
 
◎職業観、勤労観を育む教育を推進する
 定職に就かない者や就職してもすぐに辞めてしまう者が増加している。これは人材の流動化の現れとも見られる一方で、若年層における職業観、勤労観の希薄化とも考えられる。また近年、仕事に対する職業人としての責任感、使命感の欠如も指摘されている。職業観、勤労観を育む教育を推進する必要がある。
提言
(1)中学、高校、高等専門学校、大学などでは進路指導の専門家(キャリア・アドバイザー)を積極的に配置し活用する。職業能力の向上を図る観点から、ものづくり教育、職業教育や起業家精神の涵養(かんよう)のための教育内容を充実する。また、職場見学、職業体験、インターンシップ(就業体験)などの体験学習を積極的に実施する。
(2)実践的技術者の養成機関である高等専門学校や専門高校、専修学校における職業教育もさらに充実させる。高校生が幅広くものづくりに親しみ、自らの進路を考えることができるよう、高校の総合学科の設置を格段に促進する。また、希望者に途を開くため、大学への進学、編入の円滑化を図る。
(3)高校や大学が養成する人材と企業の求める人材とのミスマッチ(不整合)を解消するため、企業、団体、官公庁、教育機関間の連携を図る。
 
4、新しい時代に新しい学校づくりを
◎教師の意欲や努力が報われ評価される体制をつくる
 学校教育で最も重要なのは一人ひとりの教師である。個々の教師の意欲や努力を認め、良い点を伸ばし、効果が上がるように、教師の評価をその待遇などに反映させる。
提言
(1)努力を積み重ね、顕著な効果を上げている教師には、「特別手当」などの金銭的処遇、準管理職扱いなどの人事上の措置、表彰などによって、努力に報いる。
(2)すべての教師が退職するまで児童・生徒に直接接し、教える仕事に就くことが望ましいとは限らない。学校内でも適性によって異なる役割を負い、また必要に応じて学校教育以外の職種を選択できるようにする。
(3)専門知識を獲得する研修や企業などでの長期社会体験研修の機会を充実させる。
(4)効果的な授業や学級運営ができないという評価が繰り返しあっても改善されないと判断された教師については、他職種への配置換えを命ずることを可能にする途を拡げ、最終的には免職などの措置を講じる。
(5)非常勤、任期付教員、社会人教員など雇用形態を多様化する。教師の採用方法については、入り口を多様にし、採用後の勤務状況などの評価を重視する。免許更新制の可能性を検討する。
 
◎地域の信頼に応える学校づくりを進める
 学校、特に公立学校は、努力しなくてもそのままになりがちで、内からの改革がしにくい。地域で育つ、地域を育てる学校づくりを進める。単一の価値や評価基準による序列社会ではなく、多様な価値が可能な、自発性を互いに支え合う社会と学校を目指すべきである。
提言
(1)保護者は学校の様々な情報を知りたがっている。開かれた学校をつくり、説明責任を果たしていくことが必要である。目標、活動状況、成果など、学校の情報を積極的に親や地域に公開し、学校は、親からの日常的な意見にすばやく応え、その結果を伝える。
(2)各々の学校の特徴を出すという観点から、外部評価を含む学校の評価制度を導入し、評価結果は親や地域と共有し、学校の改善につなげる。通学区域の一層の弾力化を含め、学校選択の幅を広げる。
(3)学校評議員制度などによる学校運営への親や地域の参加を進める。良い学校になるかはコミュニティー次第である。コミュニティーが学校をつくり、学校がコミュニティーをつくる。
(4)親が学校の活動やPTA、地域の教育活動に時間を取れるようにするなど企業も協力する。
 
◎学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を取り入れる
 学校運営を改善するためには、現行体制のまま校長の権限を強くしても大きな効果は期待できない。学校に組織マネジメントの発想を導入し、校長が独自性とリーダーシップを発揮できるようにする。組織マネジメントの発想が必要なのは、学校だけでなく、教育行政機関も同様である。行政全体として、情報を開示し、組織マネジメントの発想を持つべきである。また、教育行政機関は、多様化した社会が求める学校の実現に向けた適切な支援を提供する体制をとらなくてはならない。
提言
(1)予算使途、人事、学級編成などについての校長の裁量権を拡大し、校長を補佐するための教頭複数制を含む運営スタッフ体制を導入する。校長や教頭などの養成プログラムを創設する。若手校長を積極的に任命し、校長の任期を長期化する。
(2)質の高いスクールカウンセラーの配置を含めて、専門家に相談できる体制をとる。開かれた専門家のネットワークを用意し、必要に応じて色々な専門家に相談できるようにする。
(3)地域の教育に責任を負う教育委員会は刷新が必要である。教育長や教育委員には、高い識見と経営感覚、意欲と気概を持った適任者を登用する。教育委員の構成を定める制度上の措置をとり、親の参加や、年齢・性別などの多様性を担保する。教育委員会の会議は原則公開とし、情報開示を制度化する。
 
◎授業を子どもの立場に立った、わかりやすく効果的なものにする
 教育を提供する立場ではなく、教育を受ける側の立場に立った、学級編成、授業方法、地域との連携を促進することが重要である。
提言
(1)学級編成については、教科や学年の特性に応じて、校長の判断で学校の独自性を発揮できるようにする。生活集団と学習集団を区別し、教科によっては少人数や習熟度別学級編成を行う。
(2)学校は、社会人がその職業経験や人生経験を生かし、学校教育に参加する機会を積極的につくる。
(3)優れた授業方法の情報を広く共有できるようにする。
(4)IT教育と英語教育は、なるべく早い時期から、「本物・実物」に触れさせながら促進する。教える人と教え方が重要である。英語を母語とする外国語指導助手(ALT)や専門的知識や経験を持ったスタッフを学校外から積極的に登用する。
 
◎新しいタイプの学校(“コミュニティー・スクール”等)の設置を促進する
 新しいタイプの学校の設置を可能とし、多様な教育機会を提供する。新しい試みを促進し、起業家精神を持った人を学校教育に引き込むことにより、日本の教育界を活性化する必要がある。
提言
(1)私立学校を設置しやすいように、設置基準を明確化し、施設・設備の取得条件を緩和する。親の教育費負担の軽減に加えて、新しいタイプの教育を実現するための私学振興助成を充実させる。
(2)研究開発学校を地域指定できるように拡充し、地域との連携を図りながら試みを実施する。
(3)地域独自のニーズに基づき、地域が運営に参画する新しいタイプの公立学校(“コミュニティー・スクール”)を市町村が設置することの可能性を検討する。これは、市町村が校長を募集するとともに、有志による提案を市町村が審査して学校を設置するものである。校長はマネジメント・チームを任命し、教員採用権を持って学校経営を行う。学校経営とその成果のチェックは、市町村が学校ごとに設置する地域学校協議会が定期的に行う。
 
5、教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画を
 教育改革を着実に実行するには、教育改革に関する基本的な方向を明らかにするとともに、教育施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、科学技術基本計画や男女共同参画基本計画のように、教育振興基本計画を策定する必要がある。
 基本計画では、教育改革の推進に関する方針などの基本的方向を示すとともに、具体的な項目を挙げ、それぞれにつき、整備・改善の目標や具体的な実施方策についての計画を策定する。具体的な項目としては、例えば、人間性豊かな日本人の育成の視点からは、生涯学習、社会教育、幼児教育、家庭教育、体験学習、学校での奉仕活動、芸術・文化教育、スポーツなど、創造性に富む人間やリーダー育成の視点からは、中高一貫校、大学の施設等の教育・研究基盤整備、プロフェッショナル・スクールや研究者養成型などの大学院整備、若手研究者及び研究支援者の養成・確保、科学研究費、奨学金、私学振興助成など、新しい学校づくりの視点からは、IT教育、英語教育、環境教育、健康教育、障害のある子どものための教育、科学教育及び職業教育、公立学校の教職員配置、教員の研修、公立学校の施設整備、私学振興助成など、グローバル化に対応した教育の視点からは、海外子女教育、学生・生徒・教員など教育のあらゆる分野の国際交流、留学生支援などが考えられる。
 過去の教育改革においても、「教育は社会の基盤」「最も基本的社会資本である教育・研究に積極的に投資すべき」と幾度となく言われてきた。少子化が急激に進展し、21世紀は知識社会と言われる中、教育への投資を国家戦略として真剣に考えなければならない。
 教育への投資を惜しんでは、改革は実行できない。教育改革を実行するための財政支出の充実が必要であり、目標となる指標の設定も考えるべきである。この場合、重要なことは、旧態依然とした組織や効果の上がっていない施策をそのまま放置して、貴重な税金をつぎ込むべきではないということである。計画の作成段階及び実施後に厳格な評価を実施し、評価に基づき削るべきは削り、改革に積極的なところへより多くの財政支援が行われるようにする。さらに、納税者に対して、教育改革のために税金がどのように使われ、どのように成果が上がっているのかについて、積極的に情報を公開するようにする。
 
6、新しい時代にふさわしい教育基本法を
 日本の教育は、戦後50年以上にわたって教育基本法のもとで進められてきた。この間、教育は著しく普及し、教育水準は向上し、我が国の社会・経済の発展に貢献してきた。しかしながら、教育基本法制定時と社会状況は大きく変化し、教育の在り方そのものが問われていることも事実である。このような状況を踏まえ、私たちは、次代を託する子どもたちが、夢や志を持てるような新しい教育のあるべき姿について考え、具体的な対応策を提言してきた。それとあわせて、教育基本法についても、新しい時代の教育の基本像を示すものとなるよう率直に論議した。
 これからの時代の教育を考えるに当たっては、個人の尊厳や真理と平和の希求など人類普遍の原理を大切にするとともに、情報技術、生命科学などの科学技術やグローバル化が一層進展する新しい時代を生きる日本人をいかに育成するかを考える必要がある。そして、そのような状況の中で、日本人としての自覚、アイデンティティーを持ちつつ人類に貢献するということからも、我が国の伝統、文化など次代の日本人に継承すべきものを尊重し、発展させていく必要がある。そして、その双方の視野から教育システムを改革するとともに、基本となるべき教育基本法を考えていくことが必要である。このような立場から、新しい時代にふさわしい教育基本法には、次の三つの観点が求められるであろう。
 第一は、新しい時代を生きる日本人の育成である。この観点からは、科学技術の進展とそれに伴う新しい生命倫理観、グローバル化の中での共生の必要性、環境の問題や地球規模での資源制約の顕在化、少子高齢化社会や男女共同参画社会、生涯学習社会の到来など時代の変化を考慮する必要がある。また、それとともに新しい時代における学校教育の役割、家庭教育の重要性、学校、家庭、地域社会の連携の明確化を考慮することが必要である。
 第二は、伝統、文化など次代に継承すべきものを尊重し、発展させていくことである。この観点からは、自然、伝統、文化の尊重、そして家庭、郷土、国家などの視点が必要である。宗教教育に関しては、宗教を人間の実存的な深みに関わるものとして捉え、宗教が長い年月を通じて蓄積してきた人間理解、人格陶冶(とうや)の方策について、もっと教育の中で考え、宗教的な情操を育むという視点から議論する必要がある。
 第三は、これからの時代にふさわしい教育を実現するために、教育基本法の内容に理念的事項だけでなく、具体的方策を規定することである。この観点からは、教育に対する行財政措置を飛躍的に改善するため、他の多くの基本法と同様、教育振興基本計画策定に関する規定を設けることが必要である。
 これら三つの観点は、新しい時代の教育基本法を考える際の観点として重要なものであり、今後、教育基本法の見直しを議論する上において欠かすことのできないものであると考える。
 新しい時代にふさわしい教育基本法については、教育改革国民会議のみならず、広範な国民的論議と合意形成が必要である。今後、国民的な論議が広がることを期待する。政府においても本報告の趣旨を十分に尊重して、教育基本法の見直しに取り組むことが必要である。その際、教育基本法の改正の議論が国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならないことは言うまでもない。


 
 
 
 
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