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1999/02/20 毎日新聞朝刊
[新教育の森]キーワードの軌跡 今週のテーマは・・・学級崩壊
 
◇入学前に生活習慣が欠如 子供の心開く授業を
 授業中、だれかれとなく子供が騒ぎ、歩き回り、反抗し、教室が無秩序な状態と化す「学級崩壊」が全国の小学校に広がっている。授業が成立せず、悩み苦しむ教師たち。もはや特定の学校、教師だけのことではなく、どこの学級でも起こり得る状況だ。文部省は大学研究者、小学校校長ら15人による「学級経営研究会」を発足させ、具体的な事例調査に乗り出し、この夏までに有効な対策を提言したいという。数年前に現れ、たちまち学校教育の諸問題で最も関心の高い位置を占めるようになったこの言葉は、今の社会に何を問いかけているのだろう。【福沢光一】
 
◇共同の学びを重ね克服
 「だれも話を聞いてくれない。心臓の鼓動は高まり、胸がキュッと締めつけられた」
 東京都清瀬市の小学校教諭、今泉博さん(49)は昨年度担任を務めた6年生の学級を初めて受け持った時の授業風景を思い起こした。
 授業中に勝手に立ち歩く子がいる。平気でトイレに行く子たちもいた。わざと奇声を上げる子もいるし、四六時中話している子もいた。紙飛行機を作って飛ばす子さえいた。
 授業が全く成り立たない。
 一番つらかったのは全校朝会がある月曜日の朝だった。下級生が並び終わっているのに、6年生だけが列を作れない。おしゃべりが止まらず、後ろではけり合いをしている子さえいた。見かねて注意すると、「うるせー」という言葉が返ってくる。今泉先生は苦しさを紛らすため空を見上げたり、校舎の屋上に止まったカラスを見ていたこともあった。
 「その場だけを何とか切り抜けようとしても無駄だ」。苦しみの中からこう結論を下した今泉先生は焦らず、子供の現実から、どっしり腰を据えて取り組んでいくことにした。
 今泉先生が最も重視したのは、やはり「授業」だった。学級崩壊を起こしたクラスでは、授業の入り口で注意や説教をしても、子供はますます授業から離れていく。
 「授業そのものの中で、子供が集中できるようにする必要がある」と思った。
 今泉先生は自分と子供との間での一問一答形式の授業ではなく、学級全員で知恵を出し合い、想像や推理をし、発見していく「共同の学び」を授業の中で積み重ねる努力をした。
 社会科の「日本における考古学の始まり」を学ぶ授業。
 「1877年横浜の港に一隻の外国船が着いた。だれが乗っていた?」
 「アメリカ人」「イギリス人」
 「実は貝の研究者のモースというアメリカ人が乗っていた。モースは列車の窓からある物を見た時、ここには大昔の生活が分かる物が埋まっていると思った。モースが見たものは?」
 「海」「魚」「海岸」「貝殻」
 「どうしてそう思った?」
 「大昔の人たちが食べた貝殻だったから」
 「そう。モースは車窓から貝がいっぱい捨ててある場所を見つけ、ここを掘れば大昔の人々の暮らしが分かるはずだと考えたのでした」
 授業が進むにつれて、子供の表情は次第に変わり始めた。
 そこで今泉先生は「紙上討論」を始めた。学級内で仲間外しや暴言を受けた事実を書いた文章(名前は伏せる)を用紙に印刷して、子供が読んで感じたことをつづらせた。子供たちは少しずつ心を開き始め、本音を書くようになり、やがていじめられている子供への共感の輪が広がった。
 学級は次第に立ち直っていった。
 
◇必要な学校の変化
 学級崩壊を引き起こす背景にあるものは何か。
 いじめ、暴力、仲間外しなどから生まれる子供相互の不信感、あるいはそれに対して有効な対策を打てない教師への怒りや反発。ただ入学直後の小学1年生の学級でも起きている。
 興味深いデータがある。
 今月10日、東京都の民間臨床教育研究所「虹」=所長・教育評論家の尾木直樹さん(52)=のアンケート「子どもと親の最近の変化」の結果で、保母の大半がここ数年で子供たちの言葉が荒々しくなり、子供同士のコミュニケーションがうまくとれていないと感じていることが分かった。
 調査は昨年11〜12月に東京、京都、福島、長野の保育園や保母の団体などに協力を求め、保母456人から回答を得た。
 それによると、「この3〜5年で子供が変わったこと」として、「夜型生活が増えた」という質問への回答が「とてもそう思う」と「そう思う」を合わせ97%に達した。「自己中心児が増えた」は85%、「言動が粗暴」は80%、「他の子供とうまくコミュニケーションがとれない」は72%が肯定した。
 一方、「親の変化について」は「基本的生活習慣を身につけさせる配慮が弱い」が86%、「しっかり子供を遊ばせていない」は81%、「わが子の授乳や食生活にむとんちゃく」は76%、「親のモラルが低下した」が73%といずれも高率だった。
 尾木さんは「ここ数年の子供たちは急速に変わり、小学校入学時に基本的生活習慣が欠如し、他人とコミュニケーションがとれない子が多いことが実証された。こうした状況なのに、子供を一斉に席に座らせて授業を行う小学校のスタイルはあまり変わらず、学級崩壊を招く一因になっている。克服するには、例えば小学1年生の1学期は座学は週1時間だけにし、基礎的な生活習慣を身に着けさせたり、授業1コマを20分にして集中力のない子供に合わせた授業を行うべきだ」と話す。
 
◇記者ノート−−社会の変化の延長に存在
 毎日新聞朝刊で「子どもたちのシグナル」という連載を続けている。第1部(昨年9月30日朝刊)で、私は1997年春に首都圏のある公立小学校で起きた「学級崩壊」を報告した。
 新1年生が入学4日目に「音楽室事件」を起こした。男児7人が音楽室に潜り込み、チョークを投げ合って遊んだ。7人は崩壊の先頭に立ち、授業中に立ち歩き、列を作り教室を出た。
 そこに「七夕事件」が起きた。学校では七夕前には農家から竹をもらい、子供は願い事を短冊に記して飾りつける。直後、7人のうちの一人の男児が鉛筆のシンを手に刺したりして5人の子にけがを負わせた。
 実は男児の母は七夕事件の前、家を去っていた。翌日の七夕飾りで、男児の短冊は白紙のままだった。
 子供は本来、何の理由もなく、荒れる行動は取らない。その成育過程で心がゆがんでいかざるを得ない出来事に遭ったのだ。
 連載では子供が独りで食事をする「孤食」の問題や都市化で遊び場を失った子供の現状も報告した。当然だが、少子化、都市化など社会の変化は子供の生活ぶりを急変させた。その延長線上に学級崩壊がある。
 学級崩壊と向き合った今泉先生は「いつの時代も子供は『時代の子』。我慢しない社会で、今の子供は納得したこと以外はしない。物事を敏感に察知する能力は向上しているから、ストレスがたまる」と話す。こうした子供が引き起こす学級崩壊は学校だけに任せて克服できるものではなく、父母や地域社会が連携して立ち向かう必要がある。教育条件の改善も欠かせない。国や地方自治体は少人数学級の実現や子育て支援の充実を図り、教師や父母をサポートしたい。
 今泉先生は今年度は1年生を担任する。1学期。一人の子が授業中に教室の棚にあった折りづるを両手に乗せ、「つるさん、つるさん……」とスキップしながら教室の中を回り出した。その時、先生はしからず、一緒にスキップを始めた。教室中が温かい雰囲気に包まれた。先生は言う。「子供の目の輝きを追っていけば、今どんな授業をすればよいかが見えてくる」
 
〇…メモ…〇
 「学級崩壊」の歴史と、それを引き起こす子供の特性について考えた。
 尾木さんが学級崩壊現象を初めて耳にしたのは5年前の1994年5月。東大阪市で教職員組合の教員を対象とした学習会で懇談していたところ、組合幹部から、市内の小学校高学年の教室で今でいう学級崩壊が起きている、という話を聞いたという。その席では「私立中学校を受験する子供たちが、そのプレッシャーに押しつぶされる形で、学級崩壊が発生するのではないか」という見方が大勢を占めていた。
 それが96年になると、学級崩壊現象が東京都でうわさになり始めた。
 東京都の公立小教諭は97年1月に行われた全日本教職員組合(全教)の全国教研集会で、「パニックボーイたち―変わってきた子どもたちと、どうつき合う?―」と題するリポートを発表した。荒れているわけではないが、ざわざわとおしゃべりをしていて、話を聞く姿勢が出来ていない小学生の存在を紹介し、子供同士が体をぶつけ合う「集団遊び」などを通じて子供たちが落ち着いてきた教諭自身の教育実践を報告した。
 そして97年4月以降には、全国各地から一斉に小学1年生の学級崩壊現象の報告が相次ぐようになり、新聞でも「学級崩壊」という言葉が頻繁に使われるようになった。
 97年から98年にかけ全国約200カ所で教員らから聞き取り調査を行った尾木さんは、学級崩壊を引き起こした小学校低学年の子供たちの特性として、(1)うまく人間関係が結べない(2)基本的な生活習慣が身に着いていない(3)集団生活に適応できない――などを挙げた。
 尾木さんは「小学校高学年の学級崩壊は、中学校の荒れが雪崩のように下りてきている現象で、教師への不満や怒り、私立中受験のストレスなどから教師いじめに走る。一方、低学年はこれまでの親子関係や『食べる・遊ぶ・寝る』など基本的な生活習慣が大きく揺らいでいる中で幼児が変わり、それが入学後に学級崩壊の形で現れてくる」と語り、同じ学級崩壊でも小学校高学年と低学年では崩壊を引き起こす子供たちの特性が全く違うことを指摘した。
 
◆保母456人が感じた子供の変化(数字は%)
・夜型生活が増えた 96.9
・自己中心児が増えた 85.1
・言動が粗暴になった 79.5
・甘えるようになった 76.4
・何かあるとすぐに「パニック」状態になる 73.9
・片付けやあいさつなど基本的なことができない 73.8
・おけいこ事が多くなった 73.4
・早期教育が増えた 72.0
・他の子供とうまくコミュニケーションがとれない 71.6
・親の前では良い子になる 61.5
・園児を見て小学校で学級崩壊が起きるのは当然 54.4


 
 
 
 
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