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私はこう考える【教育問題について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999/02/06 毎日新聞朝刊
[新教育の森]キーワードの軌跡 今週のテーマは・・・偏差値 受験生減少で崩壊か
 
◇「学校の序列化」を招く
 受験競争の象徴として「偏差値」がやり玉にあげられて久しい。知育偏重の能力観や画一的な教育システムから校内暴力、いじめまで偏差値に原因が求められ、政治家や官僚の汚職も「偏差値エリート」の犯罪と指弾された。しかし、偏差値は本当に諸悪の根源だったのか。偏差値に罪を着せて安心し、そこで思考を停止するという怠惰な面が私たちになかったか。多くの人が高校、大学に進学する大衆化時代の教育が生み出した鬼っ子の浮沈を振り返った。【梁瀬誠一】
 
◇嘆く“生みの親”
 「僕は命を削って偏差値をつくった。それなのに品性の貧しい偏差値が出回って……」
 かつて「ミスター偏差値」「偏差値生みの親」と呼ばれた桑田昭三さん(70)は、横浜市鶴見区の自宅で静かに口を開いた。
 東京都港区の中学校の理科教諭だった1957年、偏差値で成績を評価する手法を期末、中間などの校内テストに初めて導入した。生徒の学力が正確に把握でき、これをもとに指導して高校受験の実績は目に見えて上がった。
 きっかけは担任した生徒が希望する高校を受けて不合格になったことだった。進路指導のベテラン教師の反対を押し切って生徒の希望を通した結果だった。
 この失敗をバネに桑田さんは生徒の学力を客観的に評価できる指標づくりに情熱を注いだ。試行錯誤の末、編み出したのが統計学や心理学で使われていた偏差値を指導に応用することだった。
 得点はテストの難易度によって上下するが、偏差値は難易度に関係なく受験者全体の中の相対的な位置が分かる。教科ごとの偏差値を比較すれば生徒の得意教科や苦手教科もすぐに分かる。「当時の受験校選びはベテラン教師の経験と勘が頼り。教師の言葉は生徒、父母にとっては“ご託宣”のようなものだった。それが偏差値によって目に見えるようになった」
 便利な指標は同僚教師から区内、都内へとまたたく間に広がった。評判を聞きつけたテスト業者の進学研究会(東京都中野区)から誘われ、桑田さんは63年に転職する。しかし、学校の枠を超えたテストに応用された偏差値は独り歩きを始める。高校は合格ラインの偏差値によって序列化され、中学校ではこれに合わせてランク付けした生徒を高校に送り込むようになった。
 教師の主観を排し、少しでも生徒の希望を実現するために生み出された偏差値は、受験生の夢を砕く冷たい数字となり、“輪切り”の進学指導を生んだ。
 「以前は偏差値は勉強の励みになる目標だった。しかし、70年ごろを境に、社会の意識が学力をつけるよりもいい学校へ行くためにテストでいい点を取ればいいというように変わった。これで偏差値の使われ方も変わった気がする」
 
◇受験戦線に君臨
 塾で先にテストを実施した学校の生徒から問題を聞き出したり、業者の打ち出した偏差値を書き換えて私立高校に提出したり……。「金を払ってもいいから生徒の偏差値を書き換えてくれ」と頼んできた中学教師もいたという。
 「本来、偏差値を算出できないような性質のテストにまで偏差値をつけたり、誤差を無視して小数点以下まで偏差値を出した業者もある。僕の気持ちを知らない人間が偏差値をつくっているのが悲しかった」
 桑田さんは81年、「我、敗れたり」の言葉を残して進学研究会を退職した。
 一方、大学受験では旺文社の「蛍雪時代」65年8月号の付録に初めて偏差値が登場する。前年の同社模擬試験受験者の成績と入試の合否結果をコンピューターで集計し、大学・学部別の難易度ランキングを掲載した。
 こうして高校は業者テストの偏差値で、大学は旺文社や大手予備校などの模擬試験の偏差値で序列化される「偏差値体制」が確立し、偏差値は合否を占う最も合理的な数値として受験戦線に君臨することになった。
 
◇進路指導から一掃
 しかし、業者テストの偏差値は文部省の強力な指導で93年度より中学校の進路指導から一掃された。中学校で授業中に行われていた業者テストは現在、校外の会場や塾で行われているが、東京の場合、受験者はかつての半数近くにまで落ち込んでいる。「売り上げも半減。2度のリストラで80人以上いた社員も35人になった」と進学研究会の大和田司営業部長は肩を落とす。
 89年に205万人のピークを迎えた15歳人口は現在150万人。2006年には120万人まで減少する。このため、今では中堅以下の私立高校は入学者を奪い合っている状態だ。
 「推薦入学の基準に達しない成績の子でも受け入れる高校が多い。もう偏差値による輪切りは必要なくなった」と東京都内の公立中教諭は言う。大学入試でも「偏差値崩壊」が進行している。受験人口の急減で不合格者が減り、受験産業も不合格者のデータが入手しにくくなった。これでは合否のボーダーラインを予測するのは難しい。
 「上位校を除けば大学も全入時代に向かっている。名前と受験番号しか書けない生徒が合格する時代に偏差値なんか関係ない」と旺文社教育情報センター。「偏差値追放は中学、高校に反省を促す意義はあった。しかし、追放しなくても受験生の減少でいずれはこういう状態になっただろう」と東京都内の塾経営者は分析した。
 
◇偏差値
 受験者全体の得点の分布状態を基礎に、個々の受験者の得点が全体のどの程度の位置にあるかを表す数値。平均が50、最高80から最低20の範囲にほぼ収まる。前回のテストに比べ得点の伸びが他の受験者よりも大きければ上昇し、他の受験者の伸びの方が大きければ下がる。自分より成績上位の者が多く受けるテストでは低く、下位の者が多く受ければ高く出る。満点、あるいは0点が続出するような得点分布の偏りが大きいテストでは相対的な位置が正しく表せない場合もある。
 
〇…メモ…〇
 「“運命”の偏差値に二万人」「中学三年生、最後の高校模試」
 1976年1月19日付毎日新聞はこんな見出しで、前日、東京都内10カ所で行われたシーズン最後の業者テストの模様を伝えた。
 記事は「各人のテスト結果はいまはやりの偏差値という形で各学校に報告され、教師はこれをもとに志望校を振り分けたりする」とし、「テストだけで生徒の価値を決めるのはおかしい」「先生は偏差値に毒されている」という生徒の言葉を紹介している。
 この前後、新聞各紙には中学校入試の業者テスト・偏差値批判の記事が相次いで掲載された。これがマスコミによる偏差値批判の始まりとされる。
 業者テストの偏差値は第1次ベビーブーム世代が高校受験を迎えた60年代前半から中学校に広まった。75〜76年当時、15歳人口はピークに比べ減っていたが、高校進学率は90%台に跳ね上がっていた。ほぼ全員をどこかの高校に入学させなければならないという状況の中で、中学では都市部を中心に業者テストの偏差値が生徒たちを高校に振り分ける手段となっていた。
 このころすでに業者テストの問題が塾を通じて実施日の遅い他の学校の生徒に漏れていることや、偏差値の高い生徒とセットにすることを条件に私立高校が偏差値の低い生徒を合格させる“抱き合わせ”合格が行われていることも指摘されている。
 文部省は76年と83年に業者テストに依存した進路指導を改めるよう都道府県教委を指導した。しかし、その後再び受験人口の急増期に入り、早く生徒を確保したい高校と進学先を確保したい中学側の思惑が偏差値依存を一層強めた。
 しかし、「受けたい高校を受けさせてくれない」という受験生、父母の不満も強まった。文部省も知識重視の詰め込み型の学力観から、自ら主体的に判断し行動する能力を育てるという「新しい学力観」に転換し、旧来の学力観の象徴である偏差値は、鳩山邦夫文相の“ツルの一声”で93年度の中学校の進路指導から全面追放された。
 
◇記者ノート−−「全面追放」に世論の支持
 私は1973年に東京大学に入学したが、卒業したのは7年後の80年だった。成績だけを目安に大学を選び、なじめなくて学部を移ったり、今でいう“自分探し”のために長い間大学に行かなかったためだ。
 高校では、人生の意味や何のために大学に行くかなどという話を聞いた記憶はない。「偏差値」という言葉の影響力は現在ほど大きくなかったと思うが、自分の成績で行ける最も高いランクの大学・学部に行くことが当然という雰囲気は偏差値体制そのものだった。
 業者テストの偏差値に依存した中学校の進路指導のあり方が問題となった92年秋、私は文部省の担当記者だった。埼玉県教委が私立高校への偏差値提供を禁止したことに端を発したこの問題は、埼玉からも多くの生徒を受け入れている東京都の私学が反発し、同県教委の説明会をボイコットするなどして混乱が広がっていた。しかし、文部省幹部は「双方で話し合って接点を求めてほしい」と人ごとのような口ぶりだった。
 「何も考える材料を与えられずに進学し、時間を無駄にした」と思っていた私にとって、進路指導の改革は切実なテーマだった。自ら泥をかぶろうとしない文部省の姿勢に腹が立った。
 そこで記者会見で当時の鳩山邦夫文相に見解をただした。何もしない文部省への嫌みのつもりだったが、返ってきた答えは意外に明快だった。「公教育の場で基本的にはあってはならない」。文相はその場で全国の業者テストの実態調査を指示し、文部省は一転、中学校からの業者テスト全面追放へ一気に突き進んだ。
 しかし、文相が初めから「全面追放」を考えていたわけではない。私立高校への偏差値提供を禁止するだけならともかく、業者テストの利用を全面禁止すれば、現場の混乱は目に見えている。省内でも慎重論が根強かった。
 ところが毎日新聞の世論調査では、意思表示した人の過半数が偏差値の全面追放を支持し、日教組も進路指導の改革を訴えた。中学や私立高校の反対を押し切って文部省が偏差値追放を成し遂げたのは、偏差値にゆがめられた受験体制に不満を持つ世論の圧倒的な支持があったからだと思う。


 
 
 
 
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