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1998/01/10 毎日新聞朝刊
[教育21世紀へ]私立自由学園(東京都) 「生きる力」どう育てる
 
◇「教育改革」の流れ先取り
 1998年は教育課程審議会が完全学校5日制(2003年実施予定)のカリキュラムの在り方を答申し、主体的に学び考える能力を中心に据えた教育改革の流れは一段と加速するとみられる。教科の枠を越えた「総合的な学習」や、学校・家庭の連携はどうあるべきなのか。「生きる力」をはぐくむ教育の未来像を求め、生徒自身が学校農園を耕すなど、理想主義的な教育で知られる私立自由学園(東京都東久留米市)を訪ねた。 「CO2の排出量は米国が最も多いんです」
 500人を超える中・高校生と父母らで埋まった講堂で、中学3年の生徒たちが報告を始めた。全員が丸刈り頭に黒の制服姿。
 演壇の中央には、生徒自身が算出した「地域別1人当たりの年間二酸化炭素(CO2)排出量」のグラフが張り出された。米国6・20トン、日本2・95トンなどと具体的な数字が書き込まれ、米国が世界平均の36倍、日本は17倍のCO2を排出していることが簡潔にまとめられている。
 昨年暮れに開かれた男子部の学業報告会。同校には、成績を5段階で相対評価する通知表はなく、代わりに毎年1回、図表や年表を使って生徒が父母の前で学んだことを発表し、学習の成果を伝える。
 高校2年の生徒たちは夏休みに自転車旅行やヒッチハイクをし、旅先で感じたことなどを英作文にまとめた。英文はすべて暗記し、抑揚のある発音で発表した。生徒代表が「英作文を通じ、多くの文法や単語を学べた」と総括すると会場から拍手がわき起こった。
 学校内の記念ホールで父母らが調理したカレーシチューと生野菜で昼食。生徒代表が前に出て「メニューのブロッコリーや白菜、大根は学校農園で採れたものです」と紹介したのに続き、父母代表の父親があいさつした。
 「自由学園では畑で農作業を行うなど単に知識を教え込むだけではなく、自ら学び考える教育が行われている。これこそ今問われている『生きる力』をつける教育ではないでしょうか」
 自由学園はキリスト教精神に基づき、1921(大正10)年に創立。幼稚園から大学に相当する「最高学部」までの一貫校で、中学、高校には男女合わせて約550人が学ぶ。
 自分のことは自分でするという「自労自治」の精神をはぐくむため、校内外の清掃、野菜や草花の栽培、豚など動物の飼育は生徒自身が行う。昼食は父母が交代でつくる。男子部の約7割、女子部の約5割の生徒が生活する校内の寮には大人の監督者はおらず、生徒が自主運営している。
 第15期中央教育審議会は96年7月、一方的な知識の詰め込み教育から、自ら学ぶ資質や能力を中心に据えた「生きる力」をはぐくむ教育への転換を提言した。学校農園で作物を育てるなどの人間教育は、教科の枠を越えた「総合的な学習」にも通じ、中教審の目指すこれからの教育を先取りしたようにも見える。
 2人の子を通わせている東京工業大の北原和夫教授(応用物理学)は実験、観察を重視する理科教育や3人1組で段ボールを使って工作物を造らせて選考する入試方法に共感したという。
 「有名大に入っても必ずしも人生がハッピーになるとは限らない。学校では社会で通用する力を培ってほしいと思った。ここでは勉強する楽しさや考える力をつける教育が行われている」と評価する。
 公立校の教員をしているという母親は「私自身が受験競争をくぐり抜けたが、今残ったものが何なのか考え込んでしまう。こんな自分と同じ教育をわが子に受けさせたくなかった」と、学園の“理想の教育”にかけた動機を語った。
 
◇受験者は減少−−丸刈り、寮生活が原因?
 しかし、自由学園の男子部中等科(中学校)の昨年度入試の受験者は34人で、2年前に比べ半減。募集定員の40人を割り込んだ。女子部も50人の定員に受験者は58人と少ない。羽仁翹(ぎょう)学園長は「少子化の影響もあるだろうが、理由は分からない」と言葉を濁した。
 教育評論家の尾木直樹さんは「公立が生きる力をはぐくむ教育に転換している中で、特色ある教育を行う私立との境目があいまいになる傾向が見られる。あるいはこれまで公立に失望して私立を選択していた層に変化が起きているのかもしれない」と分析した。
 学園の理念に共鳴し、子供を入学させようという父母は、偏差値偏重の受験教育に流されない「強さ」を持った少数者だった。公立学校までが「生きる力」を目指す今、個性的だった学園の教育が教育界全体の流れに埋没し、輝きを失おうとしているのだろうか。
 「全員丸刈りで、みんなが同じ顔に見えた」。昨春長男が中等科に入学した東京・下町の母親は、1年前を振り返る。現在は子供も満足しているが、入学前は丸刈りを嫌がったという。
 男子部の新入生全員に1年間の寮生活を課したり、丸刈りなど、学園の掲げる「真の自由人育成」のための“負荷”が、子供たちに敬遠されているのだとしたら、皮肉というしかない。【福沢光一】


 
 
 
 
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