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1997/03/06 毎日新聞朝刊
[社説]中教審 入試のない中高一貫校に
 
 公立学校での中高一貫教育が実現する見通しになってきた。中央教育審議会の小委員会は、公立への導入を適当とする座長素案を大筋で了承した。中教審では、今後、さらに論議を重ね、今年6月にもまとめる答申に盛り込む方針だ。
 今の教育制度が抱える問題は多々あるが、その中でも高校入試改革は急を要する課題の一つだ。高校進学率は96%に達している。多感な思春期に、「より、いい高校」に進むためにし烈な競争を強いられている現状は、子供にとって大変なプレッシャーになっている。中高一貫により「生徒が高校受験から解放されることで、ゆとりある教育ができるようになる」(座長素案)ならば、意義は大きい。
 ただ、日本で教育改革に取り組む場合、忘れてならない要素がある。少しでも「ランク」が上の学校を求める学校歴志向が国際的にも類のないほど強いことだ。義務教育段階での学校選択の自由や、学年を超えて進級・進学する飛び級など、理念的には理由のある改革でも、現実に断行した場合には、受験に有利不利の尺度のみで事態が動いてしまう恐れがつきまとう。漫然と導入すれば、副作用の方が大きいゆがんだものになりかねないのである。
 公立の中高一貫教育導入に関しても、同じことがいえる。何の配慮もなしにやれば、一部の私立中高一貫校のような受験エリート校化することが、容易に予想される。中学受験の競争が激しくなり、受験の低年齢化を招くことになってしまう。そうならないための工夫が必要だ。
 まず第一は、中学への入学選抜で学力試験を行わないことだ。中教審小委員会は「学力試験は除外し、抽選、面接、小学校の推薦、調査書、実技など、さまざまな方式を組み合わせて選抜する方法を今後検討していく」というが、推薦や調査書であっても、小学校に受験競争を持ち込むことになる可能性が強い。面接も事前の準備、訓練の競争になりがちだ。抽選一本の方が、むしろ弊害は少ないのではないか。
 第二に、「ゆとりある教育を受けられる生徒」が限られた一部の特権にならないようにしなければならないだろう。将来的には、相当多数、少なくとも各都道府県の高校の半数以上を中高一貫にするくらいの意気込みが必要だ。それで初めて、中高一貫教育の狙いが現実のものになる。さらに、高校段階では多様な選択ができるようなコースを用意することが望ましいし、カリキュラムをどうするかなども検討課題だ。
 気になるのは、地方の一部に、中高一貫をエリート校化したいという意向がうかがえることだ。中教審の理念とはかかわりなく、中高一貫は県内で一校、学力試験と面接・調査書などにより選抜し、「結果的に」大学進学では県内トップ、ということになる可能性の方が、現段階では強いかもしれない。
 しかし、公立の、義務教育段階からの受験エリート校はいらないし、社会的には、小学生から受験競争に巻き込む弊害の方が大きい。中途半端なら、やらない方がいい。
 中高一貫は、学制改革にもつながる大きな問題だ。中教審は、中高一貫の哲学、目的を明確にし、そのために何が必要なのか、どんな配慮をしなければならないかについて、もっと議論を詰めてほしい。


 
 
 
 
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