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1993/01/18 毎日新聞朝刊
[社説]教育 “内なる偏差値観”の克服を
 
 「中退した教え子に『あんな高校へ行きたくなかったのに』と非難された」「工業高校に入った教え子から『本当は理容師になりたかった』と、こぼされた」
 秋田市で先週開かれた日教組教育研究全国集会の選抜制度・進路保障分科会で、中学教師たちは苦渋をにじませて口々に語った。
 埼玉県教委の方針を受けて文部省が乗り出した偏差値追放。日教組もかねてから偏差値による進路指導の克服をめざしてきたところだ。
 しかし今回の集会で各地の取り組みを聞いていても、ほとんど実効が上がっていないことがわかる。
 毎日新聞社が、この分科会参加者に行った調査でも、偏差値を使うことはよくないと思っているものの、「偏差値追放は現状では不可能」と答えた教師が中学校に多かった。
 いまの高校入試制度の中で、教師たちは立ちすくんでいる様子がうかがえる。
 しかし、「テスト業者と交渉して偏差値ではなく総合得点だけを出させている」「業者テストをせず、校内実力テストの結果を参考に進路指導をしている」といった取り組みも報告された。
 これらはまだ一部地域での実践にすぎない。日教組はこうした取り組みを参考に、全国的に脱偏差値の進路指導を広めるべきであろう。
 偏差値依存の進路指導から抜けきれないのは、選抜制度にも問題はあろうが、まず教師自身が“内なる偏差値観”を克服する必要がある。
 分科会では「中学浪人を出さないためには、やむをえない」「生徒を少しでもいい高校に入れたいという気持ちが教師にある」という声が聞かれた。
 「君の偏差値では、もっとランクの低い高校にしか入れない」などと指導する教師は少なくない。成績優秀な学校生活を送ってきた教師の目で生徒を選別する、その意識を改めなければなるまい。
 「子どものため、と言いつつ、教師は進路を押し付けていないか」「教師が(生徒の進路の)壁になっている」という参加教師の反省の言葉を、すべての教師は、かみしめてほしいものだ。
 では進路指導はどうあるべきか、といった本質的な論議が集会で行われたことは評価できる。
 「進路指導は単にどの高校に入れるか、といった目先のことだけではない。自分で進路を切り開いていく自己決定の能力を育てる必要がある」「生涯をどのように生きていくかを考えさせるべきだ」「人間の生き方の指導を」
 これらの意見は傾聴に値する。
 では、そうした力をどのようにして子どもにつけてやればいいのか。「夏休みに職場体験学習をさせた」「第一線で活躍する人の話を聞かせた」「職業調べをした」といった実践報告があった。
 集会に参加した共同研究者の大学教授は「全教科、学校活動のすべてを通して進路指導を行うべきだ」と助言していた。
 その際、ある参加教師が述べていたように、子どもの特性を見つけ、伸ばしてやることが教師たちに求められる。そして子どもには、将来どんな仕事をしたいかを考えさせる。
 自分の人生は自分で選ぶのが本筋だ。それを支援するのが教育の役割だろう。そのためには、教える側が選別するのではなく、学ぶ側が学校を選択するシステムにすることだ。それが個性重視の教育ではないか。


 
 
 
 
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