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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1993/01/13 読売新聞朝刊
[論点]世界の変化と改憲の意義
野田宣雄(京都大学教授)
 
 同じスローガン・同じ立場をかかげていても、それをとりまく状況の文脈が変化すれば、そのスローガンや立場のもつ意味と効果は違ったものになる。
 早い話が、日本においてマルクス=レーニン主義をふりかざす場合を想像してみるがいい。冷戦時代のある時期までなら、それは、「危険な革命思想」として周囲にある種の恐怖感と緊張感を呼び起こしえたかもしれない。だが、冷戦がおわりソ連が消滅した今となっては、同じ立場は、滑稽(こっけい)なアナクロニズムとして一笑に付されるのが落ちだろう。
 状況の文脈が変われば意味と効果が違ったものになるという点では、「護憲」「改憲」のいずれの立場も例外ではない。
 東西両陣営の対立がきびしかった冷戦時代にあっては、「護憲」の名のもとに憲法第九条に依拠して一切の軍事力の海外派遣に反対することも、それなりの説得力をもちえた――東西の対立を無用に先鋭化させないという意味で。そして、国際社会も、そこに日本人の平和主義的な自制心を認めることもあっただろう。
 だが、冷戦後の現時点で同じ立場をとなえても、国際社会は、それを日本人の平和主義のあかしと受けとることは少なかろう。逆に日本人は憲法の陰にかくれて自分たちだけの安逸をむさぼり、国際社会に背をむけようとしていると疑うのではないか。
 それもこれも、冷戦の終結を境に国際政治の文脈が一変してしまったからにほかならない。冷戦後の国際政治のすう勢は、世界の地域紛争の収拾と防止のために、国連の主導のもとに各国が軍事力を提供するという方向にむかっている。それは、米ソがいがみあい、国連の安全保障理事会が機能を発揮できなかった冷戦時代には、考えられなかったことである。
 この新しい状況のもとでは、国連の要請に応じて日独もふくめた各国が相応の軍事力を海外に送り出すことは、国際緊張を高めるどころか、逆に世界平和の維持と人道の精神にかなうことである。
 こうした変化を認識しているからこそ、たとえば、ながらくNATO(北大西洋条約機構)域外への派兵に反対してきたドイツの社会民主党でさえ、最近は、憲法を改正した上でNATO域外へのドイツ軍隊の派遣を認める立場に転じている(ただし、当面は平和維持活動にかぎって)。
 さらに注目に値するのは、最近の国際政治の変化にともなって、アメリカの平和主義者の間に起こっている立場の転換である。冷戦時代はベトナム戦争をふくめて一切のアメリカの海外軍事活動に反対していた平和主義者が、今では、ソマリアやボスニアへのアメリカの介入を積極的にもとめている。
 ある女性の平和活動家は、この立場の転換を説明して、「国際社会は、平和グループが何もせずに議論をつづけている間に、五十万の人びとが抹殺されることを放置できないのだ」と語っている(「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」一九九二年十二月二十二日付)。
 そして、わが国でも、最近になってようやく、政党や労働組合の指導者たちの間から国連への軍事的協力のために憲法改正をもとめる声が上がりはじめている。また、読売新聞社の「憲法問題調査会」は、同じ趣旨にそって、「安全保障基本法」制定の段階をへて二十世紀末までに憲法改正を実現する道筋を提示してみせた。
 これらは、そのめざす方向にかんしては、歓迎すべききわめて当然な動きであるといわねばならない。なぜなら、右にも述べたように、冷戦後の国際情勢の変化を考えれば、日本だけが憲法の規定を盾に国連への軍事的協力を拒否しつづけることは、道義の上からも国益の上からももはや許されないからである。
 ここで強調しておきたいことは、「改憲」をとなえることの意味と効果も、冷戦終結の前と後とでは大きく違っていることである。冷戦時代の日本では、「改憲」をもとめる声は、主として政治的スペクトルの右の方から聞かれた。そして、少なくとも冷戦時代のある時期までは、そうした「改憲」の声に第二次世界大戦前の帝国憲法の時代への郷愁が多少とも混じっていたことは否定できない。
 だが、冷戦終結後の今日聞かれる憲法改正の主張は、かつての右翼・左翼といった政治的スペクトルとはまったく無関係なものである。それは、新憲法の精神を冷戦後の新しい国際政治の状況に適応させて生かそうとする主張だといっても差し支えなかろう。
 ただ、わたしが恐れるのは、今後の国際政治の展開が最近の憲法改正を提言している人たちの考えている以上に速いテンポですすむことである。その場合には、政府はいわゆる「解釈改憲」の幅を広げることで事態への対応をはかるほかはないが、それは、一国の憲法のあり方としてはけっして望ましいことではあるまい。
 その意味では、国際政治の現実に目を閉ざそうとするのでないかぎり、憲法をほんとうに尊重しようとする者ほど、今では「改憲」のすみやかな実現をもとめる立場に立たざるをえないのである。(政治史)
 
◇野田 宣雄(のだ のぶお)
1933年生まれ。
京都大学大学院中退。文学博士。
現在、南山大教授、京大名誉教授。


 
 
 
 
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