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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


0996/11/01 読売新聞朝刊
[論点]文明史から見た憲法(寄稿)
野田宣雄(京都大学教授)
 
 冷戦時代の日本では、一九四六年に公布された憲法をめぐって「護憲」と「改憲」の両勢力が激しく対立しあった。この対立は、冷戦の終結から既に七年が経過した今日、なお消え去ってはいない。現在の日本人にとって必要なことは、憲法を冷戦時代の窮屈で不毛な論争から救い出し、あらためて明治以来の日本が歩んできた文明史的脈絡のなかに置きかえて、その意義をとらえなおすことである。
 これまでのわが国における五十年にわたる憲法論議は、戦前と戦後の日本を截然(せつぜん)と二分化して対極的にとらえるパターンに陥りやすい弊をもっていた。一方で、「護憲」を唱える人びとの多くは、明治憲法と新憲法を正反対のものとみなし、前者のもとにあった戦前の日本を糾弾することに忙しかった。それでいて、彼らは親ソ連派ではないまでも非武装中立論者でありその反面で日米安保体制に反対する反米主義者であった。従ってまた、彼らには、新憲法の内容をなす西欧民主主義を守るために西欧諸国とともに冷戦を戦っているという意識は極めて希薄だった。
 他方、こうした「護憲」派と対立する「改憲」論者のなかには、新憲法を占領軍による「押しつけ憲法」として非難し、その関連で敗戦までの日本の過剰な弁護に傾きやすい人びとがいた。こういう人びとは、冷戦時代の国際状況のもとでは、日米同盟の支持者であるほかはなかった。しかし、彼らは、現実的な力関係のゆえにアメリカとの同盟を支持しているにすぎず、心情においては戦後の民主主義に敵意をおぼえ、反米あるいは反西欧に流れやすい傾向をもっていた。
 一九四六年憲法にとって不幸だったのは、こうした形の両極端の「護憲」と「改憲」の意見が、その上を騒々しく飛び交ってきたことである。そのために、この憲法を冷静に明治以来の日本の文明史的発展の中に位置づけることも、また、西欧民主主義を積極的に肯定する立場から憲法改正を議論することも、たいへん困難になった。
 こうしたことは、冷戦が終わってグローバル化がとくにアジアで急激な進展を見せる状況のもとで、単に憲法にとってばかりでなく、日本の将来そのものにとってもゆゆしき問題をはらんでいる。
 こころみに陸奥宗光の『蹇蹇(けんけん)録』でものぞいてみれば分かるように、明治の当局者たちは、中国に代表される「東亜的旧文明」に対して日本が「西欧的新文明」を選んだという自覚をもっていた。ここに発する日本の文明的コースの上にこそ、一九四六年憲法も位置づけられるべきであろう。この憲法が敗戦直後の占領軍の強力なイニシアチブのもとに制定されながら大多数の日本人に比較的容易に受け入れられたのも、それが明治以来の日本の文明的選択の枠内に収まるものだったからである。
 現在、最も警戒すべきことは、冷戦終結とグローバル化が引き起こしつつある国際秩序の再編成過程で、日本人がこの明治以来の文明的選択の自覚を失い、軽佻(けいちょう)なアジア主義の方向に流されてゆくことである。とりわけ中国をはじめとするアジアのめざましい経済発展に幻惑され、日本を西欧文明への繋留(けいりゅう)から解き放ってアジアに回帰させようとする風潮は、これからの日本で急速に高まってゆく恐れがある。そうした風潮のもとでは、これまで対立し合ってきた「護憲」と「改憲」の両勢力が、その共通した反米あるいは反西欧の心情のゆえに、実質的にはアジア主義の推進において手を結ぶこともありえよう。
 いまさら断るまでもないが、現在のわれわれは、明治の日本人のように西欧文明を背にして中国その他のアジア諸国にたいして優越を誇りうる立場にはない。むしろいまや日本と中国との位置関係は逆転し、西欧を模してあまりに緊密な国民国家を築き上げた日本がグローバル化のなかで不利な立場に立たされようとしている。新しい経済や情報技術の条件と結びついて、アジアでは中国を中心に近代史全体を覆すような文明の新たな展開が始まり、国民国家としての日本がその渦のなかにのみ込まれてしまう危険性さえある。
 しかし、それだからこそ、日本人は、安易にアジア主義の流れに身をまかせて、明治以来の西欧文明との絆(きずな)を絶つことがあってはならないのである。日本と西欧との間に文明的差異が残るのは当然だが、最近のトルコに見られるように過去の西欧化の性急な否定にはしることはかえって日本人のアイデンティティーの喪失につながる。アジアを舞台とする巨大な文明的変化のなかで自己を見失わないために、われわれは、あくまでも人権や自由などの西欧的価値にこだわり続ける必要があろう。
 その意味で、西欧民主主義を盛り込んだ一九四六年憲法は、日本を西欧文明につなぎとめておくための連結器として、今後ますます貴重となるに違いない。だが、現在の憲法がそうした役割を効果的に演ずるためにも、それをいたずらに神聖視することなく、安全保障などの面で柔軟に改正してゆくこともまた必要なのである。
 
◇野田 宣雄(のだ のぶお)
1933年生まれ。
京都大学大学院中退。文学博士。
現在、南山大教授、京大名誉教授。


 
 
 
 
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