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1993/11/25 産経新聞朝刊
【沈黙の大国】(213)日本を変える200人提言
西修(駒沢大法学部教授)
 
 「日本国憲法は世界でも新しい部類の憲法だ」。これは日本人の多くが思い込んでいる誤解です。世界百七十三カ国の現行成典憲法のなかで、日本国憲法は十五番目に古い憲法なのです。そのうえ、施行後一度も改正されたことがないという点では、世界でも異色の憲法だといえます。
 現行憲法でもっとも古いアメリカ憲法は、約二百年間に十七回、二十六カ条の改正を経験しています。最後に改正されたのは、選挙権の年齢を十八歳に引き下げた一九七一年ですが、憲法改正案は日常的に議会に提出されています。七、八年前に米議会を訪れたとき、下院に百以上、上院には二十ほどの改正案が提出されていて驚いたことがあります。
 ドイツの憲法(ボン基本法)改正のなかで、注目されるのは、再軍備条項の導入(五四、五六年)と非常事態条項の整備(六八年)です。最近ではことし五月に、難民の流入を阻止するため、ナチス時代の排他的民族主義の反省から生まれた亡命者庇護規定に手が加えられました。
 これらの国が憲法を何度も改正しているのは、社会の現状に憲法を適合させるためです。憲法は時代とともに歩むもの、というのが世界の常識なのです。
 八〇年以降に海外で制定された憲法の多くは、環境保護やプライバシー保護、情報にアクセスする権利を組み込んでいます。外国人の権利保護(ルーマニアなど)や高齢者・身体障害者・母性の保護(ベトナムなど)、消費者の保護(ナミビアなど)などをうたった憲法もあります。
 「世界で唯一の平和主義憲法だ」というのも日本人のもう一つの誤解で、世界では七十九カ国の憲法に、何らかのかたちで平和主義規定が設けられています。このうちイタリア、ハンガリー、エクアドルの三国の憲法も、わが国と同じく「国際紛争を解決する手段としての戦争」の否認をうたっていますが、同時に国際社会への平和貢献を明言しています。これに対して、日本国憲法は国際平和のために何をしようとするのかという姿勢がまったく示されていません。
 「新憲法」といっているうち、世界的には「旧世代」の憲法となってしまったのです。全体的に優れた憲法であることは否定しませんが、二十一世紀に入ろうとしている今日、新たな視点に立って、日本国憲法を再検討することが必要です。(聞き手 竹田徹)
 
◇西 修(にし おさむ)
1940年生まれ。
早稲田大学大学院修了。政治学博士。
現在、駒沢大学教授・法学研究所長。


 
 
 
 
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