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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2003/05/18 毎日新聞朝刊
[時代の風]新しい安保論議の幕開け
田中明彦(東京大学教授)
 
◇「法律中心主義」脱却を
 有事法制関連3法案が、衆議院で圧倒的多数で可決され、参議院に送られた。参議院での審議もあるし、国民保護法制やその他の具体的な法整備もあり、まだまだ有事法制が完備したというわけではない。しかし、第二次世界大戦後の日本の外交や安全保障政策を研究してきた者として、有事法制について、今後の道筋がついたことは、まことに感慨が深い。
 日本が基本的人権を尊重する民主主義の法治国家である以上、緊急事態に国家がどのような法律にのっとって行動するかの原則を定める法律が必要なことは、一般的にいって当然のことである。ドイツでは基本法に規定されていることでもあり、いわば憲法的規定である。そのような憲法的規定が、最大野党の賛成も得て成立する見込みとなったことは、民主主義国としてまことに望ましいことであった。
 しかしながら、有事法制の整備自体のみで一国の安全保障政策が終わるわけではない。ふりかえってみれば、日本における安全保障に関する議論には、法律中心主義ともいうべき特徴が常に存在した。安全保障を議論するとき、常にそのような行動は、合法であるかどうか、憲法で許されるのか、実行しようとすればいかなる法律を作らなければならないのか、などなどの議論が中心的な問題であった。もちろん、戦前の日本軍国主義への反省からすれば、そのような法律中心主義の議論にも理由はあった。
 しかし、法的な議論そのものは安全保障政策ではない。法治国家である以上、政府や国民の行動に法の網が包括的にかかっていなければならないのは当然ではあるが、安全保障上の脅威は法律にしたがって起こるわけではないし、これを阻止するための能力は、法律を書くことで身につくわけではない。それにもかかわらず、国会を中心にした日本の安全保障論議はおおむね法律論に終始した。なぜ、それですんだのだろうか。
 私は、安全保障に関する法律中心主義が許されたのは、第一には日本が幸運に恵まれたということと、第二に実際の安全保障政策がきわめて効果的であったからだと思う。冷戦の時代の最大の幸運は、米ソ戦争がついに起きなかったことである。最近では冷戦の時代は安定していたとの見解が持たれることが多いが、本当に安定していたかどうかは疑問である。米ソ戦争が起きなかった背景には、相互核抑止の機能もあったが、幸運という面もあったと思う。これに加えて、日本で実質的な安全保障の議論をしなくてすんだ背景には、日本の実際の安全保障政策がきわめて簡明であったということもある。
 身も蓋(ふた)もない言い方をすれば、吉田茂が1951年に選んだ日本の実質的な安全保障政策とは、米軍基地を日本に置くことによる抑止戦略であった。アメリカ軍に日本にいてもらうことによっていかなる国も日本を攻撃しようとする意図を持たせないというものであった。
 もちろん、その後自衛隊を作り、第1次防以来、さまざまな防衛計画を策定してきた。しかし、自衛隊を当初作った最大の理由は、アメリカが日本自らも軍事力整備をせよと圧力をかけたからであった。おそらく70年代初めくらいまでは、自衛隊には、アメリカを納得させるためという以上の実質的意味はほとんどなかった。米ソ全面戦争が起きるという可能性をのぞけば、日本の実質的安全保障は、日本に駐留するアメリカ軍の存在だけで十分担保されていたのであろう。
 このような米軍基地依存という安全保障政策は、70年代半ば以降、徐々に修正を迫られてきた。日本自身が経済大国となるにつれて、守るべきものが増大した。エネルギーの安全保障はどうするのか。シーレーンが遮断されたらどうするのか。さらにソ連の軍事力増大で、米軍のみで北東アジアの抑止体制が守れるのかなども疑問になった。70年代後半に日米防衛協力の指針(ガイドライン)が作られ、有事法制の検討が初めて本格的になされるようになったのは、その意味で偶然ではない。しかし、それにもかかわらず国会を中心にする議論は、あくまで法律面での解釈論争であった。
 冷戦が終わり、グローバル化が進む現代の安全保障環境は、かつてとは全く異なるものとなった。依然として、東アジアにおける米軍プレゼンスは、安全保障上の安定要素として必要不可欠である。しかし、いまや米軍さえ日本にいれば、日本の安全は保たれると考えることは不可能になった。大量破壊兵器の拡散とテロ活動の増大にどうやって対処するのか、周辺地域で国家崩壊や、軍事衝突が起きたらどのようなことが起きるのか。新型肺炎「重症急性呼吸器症候群」(SARS)のような感染症の大規模発生にどのように対処するのか。情報通信インフラへのサイバーテロのような問題が起きたらどうするのか。
 これらの問題に対処するには、新たな、そして実質的な安全保障戦略が必要である。そして、このような安全保障戦略は、自衛隊のみで実行できるものではない。さまざまな官庁や国民の協力のもとに総合的に策定されなければならない。有事法制が実現する見通しがたち、ようやく法的体系が整いつつある現在、より実質的な安全保障政策の実現に与野党ともに尽力してほしい。=毎週日曜日に掲載<題字は書家・石飛博光氏>
 
◇田中 明彦(たなか あきひこ)
1954年生まれ。
東京大学教養学部卒業。米マサチューセッツ工科大学大学院修了。
東京大学助教授を経て、東京大学教授。東京大学東洋文化研究所所長。


 
 
 
 
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