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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997/08/15 読売新聞朝刊
[論点]安全保障に法整備必要(寄稿)
田中明彦(東京大学教授)
 
 他の重要な政策と同様に、安全保障についての政策も、絶えざる見直しが必要である。国際情勢は常に変化しているし、国民が守るべき対象として何を大事だと考えるかも変化している。さらに、安全を保障するために使える手段も変化しているからである。つまり、安全保障政策として「これで完成した」と言えるようなものはない。政策体系として、仮に十分だと思えるほどの安全保障政策ができたとしても、それも常に見直していかなければならない。
 戦後の日本の安全保障政策もまた、絶えざる見直しの過程を経てきたと言える。一九四七年の憲法施行で憲法九条が誕生し、五二年のサンフランシスコ講和条約とともに日米安全保障条約が発効した。その後、五四年に自衛隊が発足、六〇年に安保条約が騒乱の中で改定された。七六年には基盤的防衛力構想に基づく「防衛計画の大綱」が閣議決定され、七八年に日米防衛協力のための指針(ガイドライン)が両国間で合意され、日米安保体制の枠組みが一応整った。
 冷戦終結後は、九二年に国連平和維持活動(PKO)協力法が成立。九五年には日米共同対応をより明確にした「新防衛計画の大綱」が閣議決定され、九六年の日米安保共同宣言へと至っている。
 しかしながら、日本の安全保障政策の見直しの過程は、憲法九条の解釈と米ソ冷戦における立場の相違から、常にイデオロギー的かつ神学的とも言えるほどの対立や抗争を国内政治にもたらしてきた。その結果、日本の安全保障政策は、政策体系としては常に「十分」なものとして構築されなかった。自衛隊が発足しても、「有事」法制の全般的整備は行われなかったし、日米安保条約が改定された後、七八年になるまで、自衛隊と米軍との実務的な協力の枠組みづくりは開始されなかった。
 この政策体系の不備が、白日の下にさらされずに済んできたのは、軽武装・日米同盟路線が妥当であり、おそらくは日本が幸運であったことによるのであろう。
 それゆえに、日本の安全保障政策は、二重の意味で常に「見直し」の課題に直面してきたことになる。第一の課題は、政策体系を完備しなければならないという課題であり、第二は国際環境の変化に即応した見直しという課題である。これまでの歴史を振り返ってみると、政策体系の完備のための見直し作業は常に先送りされる傾向があり、国際環境の変化に促されるか、特定の政治家のリーダーシップの下で作業が開始されることが多かった事実は否めない。
 今回のガイドラインの見直しもまた、この二重の意味での「見直し」と言える。現行のガイドラインでは、日本が直接、攻撃された時の協力、および日本以外の極東における事態が日本の安全にとって重要な影響を与える場合にどう対応するかが研究の対象になっていた。しかしながら、実際に研究が進んだのは「日本有事」の場合のみであった。その意味で、今回の見直し作業が、日本の「周辺事態」における日米協力のあり方を本格的に取り扱っているのは、本来、行うべきことを行っているに過ぎないとも言えよう。
 しかし、今回の見直しには、政策体系の完備にとどまらない側面、つまり国際環境の変化という側面もある。これは言うまでもなく、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)情勢の変化である。冷戦下の北朝鮮は、その軍事行動を抑止すべき対象ではあっても、内部崩壊や著しい非合理的行動に走る可能性を心配しなければならない存在ではなかった。
 ところが、今や事態は大きく変わった。二年続きの大洪水と今年の旱魃(かんばつ)もあり、北朝鮮でいかなる異常事態が発生するかは全く予測できない。「周辺事態」に対する日米の協力の緊急性がこれほど高い時期は、これまでになかったのである。
 現在、安全保障政策に関しては「憲法問題」を含めてタブーはなくなったと言ってよい。政治的リーダーシップさえあれば、神学論争が安全保障政策をストップさせる可能性はほとんどない。ぜひとも政策体系として、法的にも実務面でも、「十分」な内容を伴った作業を進めてもらいたい。その際には、広範な法改正が必要となるであろうが、憲法制定以来、ほとんどその面での法整備が進んでいなかったことを考えれば、法治国家として、そろそろ安全保障面での法制化作業を「正常化」すべきである。
 もちろん、法整備だけでは安全保障は実現しない。安全保障政策の本番は、法律を整備した後に始まると言ってよい。国際情勢の的確な判断や、危機に及んでの政治的決断、さらに関係各省庁並びに国民の協力などが不可欠である。
 そもそも、危機や脅威を顕在化させないのが、最良の安全保障政策である。しかし、法律や関係各省庁の協力の枠組みが出来上がらなければ、すべては始まらない。慎重な検討が必要なことは言うまでもないが、北朝鮮情勢を考えると、決断をいつまでも引き延ばすわけにはいかない。
 
◇田中 明彦(たなか あきひこ)
1954年生まれ。
東京大学教養学部卒業。米マサチューセッツ工科大学大学院修了。
東京大学助教授を経て、東京大学教授。東京大学東洋文化研究所所長。


 
 
 
 
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