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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1995/05/03 産経新聞朝刊
【正論】いわゆる護憲のいかがわしさ
佐瀬昌盛(防衛大教授)
 
◆日本固有の珍妙な光景
 「護憲」というのは、考えてみると変な言葉である。それは憲法擁護を縮めた表現であるが、その内容として理論的につぎのふたつの態度があり得る。(1)憲法の定めるところのものを護る。(2)憲法そのものを護る。後者を言い換えると、憲法の條規(文言)を変更しないという態度である。これに対比すると、前者では憲法條規の変更はあり得る一方で、憲法の定めるところが損なわれてはならないとして、これを護る態度である。それぞれ、憲法秩序擁護論と憲法條規護持論と呼ぶことにしよう。
 私が「護憲」とは変な言葉だと思うのは、わが国での状況を指してのことである。と言うのも、右のような腑分け作業抜きで、憲法條規護持論者――もをとはっきり言えば、現行憲法條規の変更を許さないとする論者−−が「護憲」スローガンを占有しているのが現状であるからだ。小文表題に「いわゆる護憲」としたのも、そこからきている。この珍妙な光景は、わが国限りのものだろう。
 護憲の本来的意味は、前に述べた(1)、つまり憲法秩序擁護でなければならない。なぜなら現行の日本国憲法第九章「改正」の第九六條には「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成も必要とする」と定められていて、憲法改正は許されているからだ。この條規の定めるところをも含めて、私は憲法秩序擁護論者であり、その意味で護憲論者である。他方、いわゆる護憲を唱える憲法條規護持論者たちは、第九六條の規定にもかかわらず現行憲法を書き換えてはならないと主張する。私に言わせると、この種の「護憲」は独善的で、いかがわしい。第九六條に依拠する改憲主張を護憲に反すると一方的に決めつけているからである。
 
◆論理の根底に対立図式
 その一例。不戦国会決議問題を論じた三月十八日付『朝日』社説「政治家の歴史認識を悲しむ」には、決議反対派を批判してこう述べられている。「日本には平和主義の憲法があるから十分だという主張も、決議反対派から聞こえてくる。しかし実はそう主張する人々の中に、憲法を『押し付け』だなどと批判してきた人が多い。現に(決議反対の自民議員グループの会長である)奥野(誠亮)氏は改憲発言で……」。
 『朝日』が言わんとするところは、不戦決議反対派は憲法第九條の「戦争放棄」條項を楯にとるが、「実は」この反対派の中には改憲論者が「多い」のだから、「護憲」派は騙されてはならない、というにある。第九條を根拠に不戦決議を不要と見、かつ決議に反対する人びとの中に改憲論者が多いのは多分、事実だろう。『朝日』によれば、それは「赤ずきんちゃん」物語に登場する、白墨をのんで猫なで声に変え、おばあさんの装束をまとったあの狼みたいな存在らしいのだが、そういう見立ては救い難い論理的混乱から出発している。なぜかと言うと、『朝日』的主張の根底には護憲と改憲は対立するものとの考えが潜んでいるからだ。だが、そういう対立図式は、改憲論といわゆる護憲論、つまり憲法條規護持論との間で成り立つだけだ。
 
◆主張の裏側に自己否定
 憲法秩序擁護論を護憲論と認識すれば、護憲論と改憲論とは必ずしも対立しない。繰り返すが、憲法秩序の中には憲法改正の可能性が含まれているからである。だから、この可能性を取り上げるよう主張することは反憲法的でもなんでもなく、憲法秩序の枠内の行為なのである。このことを理解しないで護憲・改憲の関係を対立図式で捉えようとすると、どういうことになるか。
 そのあかつきには、護憲勢力は日本にしか生棲せず、他の文明国には存在しないとの結論に到達しよう。なぜなら、他の文明国では現行憲法を必要に応じて改正することに絶対反対を唱える勢力なぞ、考えられないからである。最近の『朝日』がとみに日本と比較して論じたがるドイツなどは、西ドイツ時代から憲法條規の改正頻度が文明国中ではずば抜けて高い。改正によるつぎはぎの跡は四十五年間に百個所を超える。改正の必要を唱えたことのない政治勢力なぞ、ひとつもない。どの政権もが改正を企てたり、手がけたりしてきた。そこで日本のいわゆる護憲派に質問したいのだが、ではドイツは護憲派ゼロの国なのか。
 護憲派ゼロの国と呼べば、ドイツの政治諸勢力は目をむき、「自分たちは護憲派だ」と一斉に叫ぶだろう。改憲規定を持つ他の文明国では護憲とは憲法秩序擁護のことだと考えられているから、改憲を果たしたり、目指したりする政党が自らを護憲勢力と位置づけることは珍しくもなんともない。そしてそれが正解なのであり、日本はいわゆる護憲論は奇解、つまりは奇怪でしかない。いわゆる護憲論が日本で正解であり得るのは、現行の第九六條がない場合である。その場合には憲法秩序擁護論と憲法條規護持論とが一致する。だが、そういう状態をつくり出すためには、いわゆる護憲派が第九六條を消さなければならない。それはいわゆる護憲派の自己否定となる。こう見ただけでも、いわゆる護憲論の奇怪さがわかるだろう。
 
佐瀬 昌盛(させ まさもり)
1934年生まれ。
東京大学大学院修了。
成蹊大学助教授、防衛大学校教授、現在、拓殖大教授・海外事情研究所長、防衛大名誉教授。


 
 
 
 
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