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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1996/05/06 産経新聞朝刊
【正論】護憲、改憲の悪しき二分法捨てよ
佐瀬昌盛(防衛大学校教授)
 
《憲法を考える》
◆にやにや笑いや当惑顔
 「私は護憲論者です」と人前で名乗る機会が、この一年間に二回あった。相手側の反応はと言えば、一回は当惑顔での沈黙であり、もう一回はにやにや笑いを伴う「ご冗談を」との言葉だった。自分が憲法学者でないせいもあって、これまで私は具体的な改憲提案を物したことがない。だが、関連する事柄での物言いに照らして、「あいつは改憲派だ」と見られているらしい。当惑顔をされたり、「ご冗談を」と言われたりするのは、その証しなのだろう。
 だが、私は真面目である。理由は昨年の憲法記念日に本欄で書いた。短かく繰り返すと、わが国では護憲と改憲は相容れない対立概念のように理解されているが、これは誤りである。護憲、つまり憲法擁護には、(1)憲法の定めるところのものを護る、(2)憲法そのものを護る、のふたつの区別が可能である。(2)は憲法条文不変更論であり、(1)では憲法条規の変更はあり得る一方で、憲法の定める秩序が損われてはならないとしてこれを護る態度、換言すると憲法秩序擁護論がその内容となる。護憲を(2)の意味に限るのは間違っている。
 日本国憲法には「改正」手続きを定めた章、条があり(第九章、第九六条)、それもまた重要な憲法秩序である。ゆえに改憲論と憲法秩序擁護論とは本来、なんら矛盾しない。私は憲法秩序擁護の意味で護憲論者なのだ。他方、憲法条文護持論は実質的に第九六条を無視しており、その意味で憲法秩序のひとつの重要側面を尊重していない。それはいかがわしく視野狭窄の、「いわゆる護憲論」に過ぎないのである。
 
◆忘れている本来の意味
 だが、第九六条に拠り改憲を主張する人びとの多くも、改憲派と護憲派という悪しき二分法に捕われ、憲法条文保存論者だけが護憲派であるかのような錯覚が世間に定着するのに力を貸してしまった。その結果、荒涼たる光景が生まれた。憲法秩序擁護に必要な、雄勁な議論が育たなくなったのである。これは憲法そのもののせいではない。欠陥マンションが震災で倒壊して、圧死者が出ても、建物に責任を押しつけるのは間違っている。責任を負うのは人でしかない。日本国憲法下で憲法秩序擁護に必要な、活力ある議論が伸びなかった責任も、やはり人にある。なかでも重大なのは、「憲法を守れ」と叫ぶばかりで憲法秩序擁護の方策の議論をないがしろにしてきた「いわゆる護憲派」の責任である。
 憲法秩序擁護のためには、まず国際の平和とわが国の安全が確保されなければならない。その具体的方策のひとつが自衛力の保持と運用であるが、護憲が看板の政治勢力(旧社会党)と東大法学部を筆頭とする憲法学界とは、自衛隊を違憲だとしてきた。「憲法を守れ」を叫んでの思考停止である。ようやく二年前、村山首班の下で社会党は突如、自衛隊合憲説に転じた。四十年前の未成育な自衛隊を違憲と決めつけた政党が、成長した自衛隊を合憲としたことは、いわゆる護憲勢力の思考の破産を証するにほかならない。だが、この思考破産者を首班に担いだ当時の自民党執行部にも驚くべき退廃が見られた。「改憲でなく、護憲の点では自分たちも同じだ」と言うのだから。
 それは、護憲の意味を問わないまま、ひとえに連立政権維持を旨として憲法条文護持論ににじり寄る行為にほかならない。かくして今日の政界には大別して、イ旧社会党の「いわゆる護憲論」、ロ自民党の「いわゆる護憲論」、ハ自民党や新進党の「いわゆる改憲論」がある。いずれもが護憲と改憲とを対立概念と見る誤った二分法に拠っていて、憲法秩序護憲論こそが本来の護憲論であることを忘れている。
 他方、憲法学界の主流は社会党が自衛隊合憲に転じたのにいったんは激怒したものの、それが政界で「いわゆる護憲論」の衰微をではなく、一時的にせよ水増しをもたらした気配安堵している。かくて、学界で憲法条文護持論は存続し、憲法思考の衰弱と浅薄化が進む。「いわゆる護憲派」マスコミがこれに拍車をかける。
 
◆国民の思考は確実に変化
 憲法思考浅薄化の見本が昨年の憲法記念日に因む『朝日』特別社説だった。三頁ほども費して同紙は、日本人は「殺すな」という強い信念を持ち、国際協力でも「非軍事・積極活動」に徹する「良心的兵役拒否国家」を目指すべきだと説いた。「良心的兵役拒否」はドイツの憲法条規をヒントにしているが、それは、他の同胞が兵役を引き受けることを前提に、国家が一部の個人に許容する特殊な法的権利なのである。そんな制度が国際社会で法定され得ないことは、少し考えれば分かる。だから、「兵役拒否国家」たらんとすれば自分勝手にやるほかないが、それを「良心的」と呼ぶのは、裏を返すと他国を人殺しも辞さない「非良心国家」と見做す驕慢にほかならない。
 これが「いわゆる護憲派」マスコミの「この五年間、全社規模で」の討議成果だと言うから、その思考力不足は深刻である。だが、本稿で触れた状況だけを見て過度に悲観するのは止めよう。いくつかの意識調査が示すところ、国民の憲法思考は確実に変化しはじめた。護憲、改憲の悪しき二分法はいずれ克服されよう。
 
佐瀬 昌盛(させ まさもり)
1934年生まれ。
東京大学大学院修了。
成蹊大学助教授、防衛大学校教授、現在、拓殖大教授・海外事情研究所長、防衛大名誉教授。


 
 
 
 
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