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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1999/01/18 産経新聞東京朝刊
【正論】憲法論議の何を恐れるのか
小林節(慶応義塾大学教授)
 
◆改正が予定された憲法
 一月十九日から始まる通常国会に超党派の議員立法を目指して提出される予定であった、国会に憲法調査委員会を設置するための国会法改正案が、またしても見送られる公算が大きくなった。その理由はいくつかあるようだが、中でも、自民党と自由党は別として、民主党と公明党の中で同法案について党内合意ができていないため、仮に同案が国会に提出されても可決される見込みがないことが、その主たる理由だと言われている。
 同法案に反対する議員たちは、時に、憲法改正について検討することは憲法の九九条が規定する「公務員の憲法尊重擁護義務」に違反する…と主張し、また彼らは、調査委員会が憲法九条に関する政府見解(専守防衛)を一気に変更する場に使われることを恐れ、その故に、憲法論議自体を行わせないことで改憲を阻止する姿勢を採っているようである。
 しかし、何よりもまず、そのような「護憲派」人士は果たしてその「愛する」日本国憲法を一回でも読んだことがあるのか?私は疑ってしまう。なぜなら、憲法はその九六条で自らの改正手続きを規定しているからである。つまり、憲法も、他の法令と同様に、神ならぬ本来的に不完全な人間により特定の時代的制約の中で作られたものである以上、新しい時代状況に的確に対応できるように適宜改正を加えていくことがもとより予定されたものなのである。だから、憲法改正を検討することは、憲法尊重擁護義務に何ら反することではなく、むしろ、憲法改正発議権を託された国会の一員としては、激動する時代状況の中で憲法を改善しながら運用していく責任を果たすことであろう。
 
◆限界が明白な現行憲法
 ところで、ここで改めて指摘するまでもなく、制定後すでに五十二年以上もたった現行憲法がさまざまな限界に直面していることは明白である。例えば、敗戦国としての反省のうえに、再び「侵略」国家にならないことを誓い、「諸国民の公正と信義に信頼して」、「戦争…を放棄」し「戦力は…保持しない」と決めてある(前文および九条)が、現実には、その後も戦争が絶えたことのない世界史の中で、わが国は自衛隊と日米安保条約という戦力で自らの独立を維持してきた。また、わが国が国際社会の一員として復帰することすら許されていなかった当時に作られた憲法およびそれに関する政府見解では、わが国の独立と直接はかかわりのない世界平和を維持するための国連等の努力にわが国が参加することなどもとより考慮されていなかった。しかし、それでは、世界を経済的に利用して復興し大国になった今のわが国として応分の国際責任を果たすことができない。また、現代福祉国家の特色として巨大化した行政権力の堕落を監視・矯正する手段としての有効性が明らかになった情報公開制度であるが、わが国では現在ようやく法案が国会で継続審議になっているが、それも成立の見込みは低い。そして、その背景のひとつとして、情報公開に憲法上の根拠がないために行政府による抵抗に有効に対抗できないという事情が指摘できる。さらに、人類の未来に大きな不安を投げかけている環境破壊についても、問題の事業活動に対して政府や住民が有効な手を打てない背景として、事業者の私権等を規制する根拠になる環境権等の憲法規定がないことが挙げられる。
 このように、日本国憲法の「改善」としての改憲は明らかに必要であり、そのための調査・検討を行う機関として、憲法改正発議権を担う国会各院に常任委員会を設置することは、むしろ喫緊(きっきん)の課題であるとさえ言えよう。
 
◆不可解な護憲派の逃避
 しかし、それにつけても不可解なのは、護憲派の「逃避」である。彼らは一体、憲法改正の何を恐れ議論そのものを避けるのか、私には理解できない。
 まず、護憲派は日本国憲法は良い憲法だと言う。しかし、最近の各種調査の結果でも明らかなように、いわゆる改憲派と国民世論の多数派も現行憲法を基本的に良いものだと考えている。日本国憲法の基本原則は国民主権と平和主義と人権尊重であるが、このような三大原理の上に構築された憲法が悪いものであるはずがない。しかしそのうえで、それでも制定時の予測を超えた時代状況の中で具体的に不都合が生じている以上そこを改めて日本をもっと暮らし易い国にしようというのが、今日の改憲論の大勢であり、それは、言葉の本来の意味で護憲派の立場と何ら矛盾するものではない。
 また、護憲派が最もこだわる九条についても、その本旨が「侵略戦争(の加害国にわが国がなること)の忌避」であることはもはや誰も争わないであろう。だから、残る争点は、国際政治の現実の中で軍事紛争が生じてしまった場合にわが国の独立と世界平和を護る手段の選択の問題である。そして、その点について改憲派の主張に間違いがあるというならば、委員会を舞台にして国民に争点を明確に知らせることこそが護憲派の歴史的使命ではなかろうか。(こばやし せつ)
 
◇小林 節(こばやし せつ)
1949年生まれ。
慶応義塾大学大学院修了。法学博士。
ミシガン大学研究員、ハーバード大学研究員を経て、現在、慶応義塾大学法学部教授、弁護士。


 
 
 
 
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