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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1993年3月号 This is 読売
憲法九条の呪縛から抜け出すとき
北岡 伸一(きたおか しんいち)(東大教授)
 
矛盾をはらんだ第九条は改正した方がいい。時間がかかるのなら、解釈を変えたらどうか。政治は速やかに議論をはじめるべきだ。
 
 国会における憲法調査委員会(仮称)を設置しようとする動きが進んでいる。自民党と自由党は、同委員会設立のための法案の提出で合意している。公明党は、共同提案者には加わらないようだが、強い反対ではなさそうである。民主党の中にも、委員会設置を主張する有力なグループがある。多少の紆余曲折はあっても、この通常国会で法案が通過し、次の国会あたりから審議が始まる可能性がある。
 国民の間で、憲法に関する意識がはっきりと変わり始めたのは、一九九〇〜九一年の湾岸戦争の時であった。その頃から、憲法改正に賛成する意見の方が、反対する意見を上回るようになり、憲法論議を深めることには、七割を超える国民が賛成している(九八年読売新聞世論調査)。
 しかし、政治の動きはにぶかった。一九九二年にPKO法(国連平和維持活動協力法)と改正国際緊急援助隊法が成立したあと、国会での憲法論議は、少しも進まなかった。九三年にカンボジアPKOが実施され、九六年にはゴラン高原にまでPKOを派遣し、昨年はハリケーンで打撃を受けたホンジュラスに自衛隊を送るなど、実績面での進展はあったが、国会での憲法論議は進まなかった。
 一つの理由は、九四年六月の自社さ政権の発足であった。社民党が政権に入ることによって、憲法論議は凍結されてしまった。九六年一月に橋本政権が発足して、四月に日米安保共同宣言が発表され、憲法論議が必要になっていたのであるが、与党の社民党への配慮があって、進まなかった。
 国民が直面する課題をいち早く発見し、対処するのが、リーダーの仕事である。しかし、憲法問題についても、政治はあとを追う側となり、ようやく−−朝鮮半島問題が深刻化する前ならもっとよかったが−−国民の意識に追いつこうとしている。
 さて、憲法問題の核心は、やはり第九条である。こういうと、必ず、軍事突出だとか、タカ派だとか言って批判する人があるが、私は、日本外交は依然として経済中心でよいと思うし、特別に軍備の強化を主張するわけではない。ただ、九条にはかなり大きな欠陥があり、それが日本の健全な安全保障政策の大きな制約となっていることは否定できないように思うのである。
 本稿は、こうした観点から、憲法と日本の安全保障の関係について、基本的なポイントを整理して、今後の憲法論議の参考に供しようとするものである。
 
歴史文書としての憲法
 
 九条の話に入る前に、憲法成立の時代状況を、少し振り返っておきたい。私は、「押し付け憲法」だから、ただちに改正すべきだとは思わない。基本的人権、象徴天皇制、議院内閣制、平和主義、国際協調主義などにおいて、日本国憲法はかなりよく出来た憲法だと思っている。しかし、いかなる法規範も、一定の現実の中に生まれるものであり、その点を無視しては、憲法の真の意義を理解することは出来ないと考える。
 一九四五年八月、日本が降伏したとき、占領軍の基本方針は、日本に、日本が侵略した国々を上回る生活水準を許さないというものであった。初期の賠償方針を見ても、たとえば鉄鋼生産で言えば、日本には、明治末期程度の水準(一人当たり)は許すが、それ以上の設備は賠償として撤去するという過酷なものであった。日本の無害化つまり、二度と侵略をしない国とすることが、占領政策の最初のもっとも基本的な目標だった。
 同時に、占領軍は日本占領を出来るだけコストのかからないものとする必要があった。日本人が実力で抵抗に出るようなものでは、余分な占領軍が必要になるし、また日本人に餓死者が続出するような事態となれば、援助が必要になってしまう。そういうことは避けなければならなかった。とくにマッカーサーは、早期に占領を輝かしい成功のうちに終え、帰国して大統領になることを考えていた。
 このように円滑でコストのかからない占領のために、天皇を利用し、その協力を得ることが考えられた。軍人であるマッカーサーは、天皇の一声で平穏な降伏が実現したことの意味を、よく理解していた。それは、巨大な軍事力に匹敵するものだった。
 そして、一九四五年九月二十七日の天皇との会談で、マッカーサーは天皇が協力してくれることを確信した。しかし、難問はアメリカ国内の世論であり、他の連合国の意見であった。アメリカ国内ではエンペラー・ヒロヒトといえば、ヒトラーやムッソリーニと同列であった。天皇の退位は当然のことと思われたし、天皇制の廃止を主張する議論も強力だった。また、他の連合国は、ソ連、オーストラリアなど、天皇制廃止論は強かった。
 憲法は、こうした状況で、作られた文書だった。戦争放棄・戦力不保持で、安全な日本という目的は達成された、象徴天皇制によって、日本の政治制度も根本的に変わった、だから天皇は残ってもいいという意味を持っていた。
 一方、GHQ(連合国軍総司令部)は、草案を作った四六年二月下旬から三月初めにかけて、日本政府にこの草案をそのまま受け入れなければ、天皇を守ることは難しい、と示唆している。前年の末には、皇族の戦犯逮捕があり、十二月には近衛文麿が逮捕を前に自殺していた。五月の東京裁判の開廷を前に、当時の日本政府首脳は、天皇を守ることを第一と考えていた(それが正しいかどうかは別として)から、これは強力な恫喝(どうかつ)であった。
 
日米合作のフィクション
 
 憲法制定は、しかも、日本政府の自発的意思とされた。占領軍が憲法を制定するのは、国際法に違反するし、ポツダム宜言にも違反していたからであった。GHQが憲法草案を作り、これを幣原内閣が政府案として発表したのは、総選挙のさなかであった。この憲法草案を知って当選してきた新代議士による審議が、憲法に正当性を付与し、「日本国民の自由な意思」による政体の決定という意味を持つはずであった。タイミングも方法も、まことに巧妙に計算されていた。
 憲法制定の中心にいたのはGHQのチャールス・L・ケーディス大佐だった。ケーディスは、草案起草をリードしただけではない。マッカーサーが最初に作ったメモに、自衛のための戦争も放棄すると明記されていたのに、憲法として不自然だとしてこの部分を削除したのも、芦田均が有名な芦田修正について打診してきたとき、これを認めたのもケーディスだった。
 しかし、ケーディスも、憲法は日本側の自由な審議を経て制定されたと主張していた。ケーディスは、長い空白ののち、晩年になって来日し、テレビに出演して、憲法は帝国議会における自由な審議を経て制定されたと述べたことがある。その時、同席していた故・高坂正堯教授は、それはウソだ、文民条項が入ったのは自発的でない証拠だと批判し、ケーディスは答えることが出来なかった。
 要するにケーディスはある種の理想主義に立って行動し、法律家としての良識にもとづいて行動したものの、憲法を強制したこと、そしてみずからの「理想」が必ずしも正しいものではなかったことに後年気づいて、日本に来ることを好まなかったというのが、私の推論である。ともあれ、近年ようやく公開された憲法審議の記録には、GHQの意向をはばかる言葉が随所に出てくる。こうした記録が最近まで公開されなかったのは、社会党の反対が大きいと言われている。これが公開されれば、憲法がGHQの手で作られたことが明らかになって改憲論が強まると考えたというのである。もし本当なら、ひどい話である。
 憲法の制定過程は、ある意味で、マッカーサーと幣原喜重郎・吉田茂の共演だった。マッカーサーは日本の無害化と効率的占領の実現のために、全く新しい憲法を、日本側の自主的な意思という形で作らせ、日本側は、占領が過酷なものとならないよう、そのフィクションを受け入れた。そこには、政治的な英知があったように思う。先にも述べたいくつかの優れた点と同時に、占領政策を転換させた(冷戦によって転換したのではない)画期的な文書である点で、私は全面的にネガティヴな判断をすることは出来ないのである。
 
憲法九条の前段と後段
 
 しかしながら、憲法には様々な不適切な条文があることも確かである。その最大のものは九条の後半部分である。
 憲法九条の前段と後段は、まったく別の原理を定めたものである。別であるのみならず、むしろ相互に矛盾をはらんだものである。世間に憲法九条を守れという人は多いが、その大部分は九条前段の擁護論である。そして、九条改正論は、大部分は九条後段(第二項)の改正論であって、前段を改正せよという議論は聞いたことがない。しかし、改正論者はともかく、護憲論者には、前段と後段の違いを知らない人が少なくない。
 まず前段は、紛争の平和的解決を定めたものである。紛争が起こったとき、各国が力でこれを解決してはならないということである。これは、一九二八年の不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)にまでさかのぼるものである。同条約では、国際紛争解決のための「戦争」は、これを否認するということになっていた。三年後に満州事変が起こったとき、アメリカなどは不戦条約違反であると日本を批判した。しかし日本は、これは「事変」であって戦争ではないとして、不戦条約違反ではないと反論した。こうした教訓を踏まえて、紛争を解決するための「戦争」を禁止するだけでなく、武力の行使や武力による威嚇も禁止しようということになったのが、九条前段である。また、これは日本国憲法制定に先立って、国連憲章の原則にもなっている。
 ところが、九条の後段(「戦力の不保持」)は、まったく独自の原則である。これは平和主義というよりも、非軍事主義と呼ぶほうがふさわしい。そして、世界にほとんど例のない原則である。憲法九条を世界に輸出したいという人がよくあるが、九条後段は、いかに「輸出補助金」をつけても、まず輸入してくれる国はないだろう。しかも、厳密にいえば、九条前段と後段は矛盾する。
 九条の前段は、国内でいえば、紛争が起こったとき、自分で実力行使をして解決してはならないということである。隣人との間にトラブルが起こったとき、実力を用いてこれを解決してはならないのである。それは警察にまかせなければならないのである。
 国連憲章も同じ構造になっている。つまり、各国は紛争を武力で解決してはならないが、そのかわりに国連軍が解決に乗り出すということになっている。紛争の平和的解決という原則は、紛争解決のための公共的な軍事力とセットになっているのである。
 ところが、国連が独自の軍隊を持っているわけではない。ほとんど出来たことのない国連軍にせよ、多国籍軍にせよ、平和維持部隊にせよ、加盟国から部隊を出してもらうほかはないのである。加盟国がすべて軍事力を持たないなら、この方法は実現できない。したがって、軍事力を持たないことは、国連の原則に違反することになる。九条の前段と後段とは矛盾するというのは、そういう意味である。
 それゆえ私は出来れば九条後段は削除するか、修正すべきだと思う。その前提として、九条の改正とか、九条の擁護とかいう呼び方をやめて、九条後段の擁護論、改正論と呼ぶことにして、正確な議論を進めたいものだと思う。
 
集団的自衛権と個別的自衛権
 
 憲法と安保について、もう一つ整理しておくべきは、集団的自衛権と個別的自衛権の関係である。よく知られているように、内閣法制局の解釈は、日本は集団的自衛権を持っているが、憲法上行使できないというものである。しかし、権利を持つということは、行使できるということである。選挙権があるということは、公民権停止などの理由がない限り、これを行使できるということである。奇妙な解釈といわざるを得ない。
 また、集団的自衛権は行使できないということが、どの条項から出てくるのか、よく分からない。憲法九条の前段ではないし、後段は戦力の禁止だから、これも違う。法制局の論理は、次のようなものである。つまり、日本は戦力を持てないが、国家の固有の権利である自衛権までも禁じられてはいない。それゆえ、必要最小限度の自衛のための戦力は合憲である。しかし、それを超えることは出来ないから、集団的自衛権の行使は出来ないということである。
 しかし、集団的自衛権が個別的自衛権を超えるということは、自明ではない。戦力のレヴェルで見た場合、むしろ逆である。現代の軍事技術において、個別的自衛権だけで国を守ろうとすると、巨大な軍事力を必要とする。とくに日本のような狭い国土に高度に発展した社会を持っている国を守るのは容易なことではない。個別的自衛権だけで国を守ろうとすると、ハイテク軍事大国になるしかないのである。アメリカが昨年八月、スーダンとアフガニスタンで空爆を行ったとき、これを個別的自衛権という言葉で説明した。このように、個別的自衛権の考え方こそ、独り歩きしていく可能性があるのである。信頼できる国同士がお互い助け合おうということにすれば、軍事力のレヴェルは低くてすむのである。
 集団的自衛権は、個人における正当防衛と似ている。個人はゆえなくして襲われたとき、実力を行使して身を守ることが許される。行き過ぎると過剰防衛になるが、最小限度であれば、違法性は阻却される。その際、救うべき対象は、自分だけではなく、家族や友人、その他の他者を守る行為も、正当防衛に含まれる。問題は、実力を行使すべき事態であるかどうかの判断と、実力行使の程度であって、誰を救うかは三次的な問題である。
 
条約守れず、同盟結べず
 
 別の角度から見ると、憲法九八条後段は、条約遵守の義務を定めていて、日本が締結した条約や確立された国際規範は誠実に遵守するよう定めている。ところが、国連憲章には、すべての国は集団的自衛権を持つとあるし、日米安保条約には、日本は集団的自衛権を持つと、明記している。それだからこそ、同盟が結べるのであって、集団的自衛権がないところで同盟が結べるはずがないのである。
 また九八条前段は、憲法が最高法規であると述べ、これに反する法律、条例、命令、詔勅は無効であるとしている。同じ条項の後段には、条約は守れと書いてあるのだから、憲法が条約より優位だとは簡単には言えないはずである。
 以上より、集団的自衛権は行使できないというのは、いろんな点でおかしいことがわかるだろう。集団的自衛権の行使は憲法上制約されるという程度に考えるべきではないだろうか。集団的自衛権についての解釈を変える方法は、簡単である。だれか、法制局官僚でない政治家か有識者を法制局長官に任命し、彼または彼女が、これまでの解釈は、国際関係が大きく変わったので、見直すこととすると宣言すればよい。これから、実際に見直せばよいのではないだろうか。是非断行してほしいものである。
 
武力行使一体化論とガイドライン
 
 さて、次の問題は、集団的自衛権の行使とは一体何かという問題である。ここに現れるのが、武力行使一体化論である。他国の武力行使と一体となるような行動は、集団的自衛権の行使に当たり、それは許されないという理論である。しかし、武力行使と一体となるような行動とは何だろうか。厳密に言えば、資金の提供も、物資の提供も、負傷者の収容も、情報の提供も、すべて一体化する行為である。それでは極東有事で米軍が動くとき、日本は何の助力も出来ないことになる。それはまずいというので、何が可能か洗い出そうという作業が、日米ガイドライン(防衛協力のための指針)の策定においてなされたのであった。
 しかし、これもなかなか難しい。軍事における事態の変化は、実にさまざまであって、容易に分類分けを許さない。この点、自自連立を前に自由党が提案した方法の方が、簡単明瞭である。それは、何が駄目かをはっきりさせて、あとは可能として、内閣の判断に委ねようということである。具体的には、武力行使は行わないが、それ以外は前向きに考えるということである。法律的場合分けをするよりも、専守防衛の原則で行こうということである。
 これにさらに国会承認を条件とすることを自由党は主張している。ただし、機動性を妨げないよう、事前または事後となっている。武力行使を除いて後方支援は全面的に行う、判断は内閣、国会が事前または事後に承認を与えるというのは、筋の通った議論のように思われる。なお、以上の点では、民主党の案もそれほど違わない。より重要なことは、後方支援に制約を加えることに、どれほどの現実的な意味があるかということである。
 かりに、ある国に対して国連が制裁を発動し、軍事力の行使になったとしよう。これに対して日本が賛成し、後方支援に加わったとしよう。制裁される国にとっては、日本は敵ということになる。資金提供だけだろうが、はるか後方での間接的な支援だろうが、あるいは戦場にまで踏み込んだ支援だろうが、同じことである。他方で、日本の味方からすればどうか。危険なところまでこない日本を、本当の仲間だと考えてくれるだろうか。
 要するに、日本の選択は、(1)敵から憎まれ、味方からは信頼されるか、(2)敵から憎まれ、味方からも信用されないか、のいずれかである。後方支援に限定をつける意味は、この点では、ほとんどないのである。
 法と正義のために、危険を冒して行動する国でなければ、他国から真剣な支援を得ることも難しい。少なくとも、道義的には期待できない。湾岸の教訓はもう過去のものになってしまったのだろうか。
 
憲法と日米安保、日中関係の将来
 
 以上述べてきたような、安全保障政策に対する憲法の制約は、日本外交にどういう影響を及ぼしているのだろうか。アメリカと中国についてみてみよう。
 日米安全保障条約は、やや変わった同盟である。アメリカは日本を守るが、日本はアメリカを守らない。その意味で日本の方が一方的に得をしている。しかし、平時には、日本が基地を提供し、ホスト・ネイション・サポートをしていて、アメリカは大変な利益を得ている。ここから、二つの不満が生まれる。日本では、アメリカだけが利益を得て、日本は損をしている、沖縄の受難を見よ、とくに少女暴行事件のようなものが起こるのを見よ、というわけである。他方、アメリカでは、日本のような経済大国をいつまでアメリカが守るのかという批判が出る。どちらもそれなりに正しい。平時にはアメリカが利益を得ている面が、有事にはアメリカの負担がクローズアップされることになる。
 要するに、これは二つの一方的な関係を組み合わせて、擬似的な対称性を作り上げた同盟である。しかし、その一方性が、以前よりも目に付くようになってきた。人命のコストは上昇するのに対し、基地のコストも上昇する。アメリカにとって、日本を守るために戦うことくらい、冷戦初期なら何でもないことだったかもしれないが、今はかならずしもそうではないだろう。日本の提供するサポートも、依然よりはるかに大きくなっている。
 今後は、日米安保をもう少し双務的なものにすることが必要ではないだろうか。有事に日本がアメリカに積極的に協力することが明らかならば、米軍の空軍基地はもっと少しでよい。マイク・モチヅキなど、アメリカの専門家の中には、沖縄からの海兵隊の撤退を主張する人がいる。彼らは、他方で、憲法改正を唱えている。つまり、沖縄に過重な負担を負わしめているのも、実は憲法であり、集団的自衛権の否定なのである。
 中国についてはどうだろうか。
 いわゆる日米安保ガイドラインについて、中国が神経を尖らせているのは周知の通りである。しかし、ガイドラインに盛り込まれているのは、日本の周辺で日本の安全に重大な影響を及ぼすような事態が生じ、アメリカが日米安保条約に基づいて行動を起こした場合には、日本は限定的な非軍事的協力をするということにすぎない。中国(に限らず、ほとんどの国)の場合、中国の周辺で中国の安全に重大な影響を及ぼす事態が起これば、単独で行動することを辞さない。それに比べれば、ガイドラインに盛り込まれているのは、はるかにモデストな内容である。
 しかし、以上の説明は、回りくどくて分かりにくい。現在の時点での変化だけを見れば、日本がこれまでやらなかったことをやろうとしていることは確かである。それが周辺国の批判を招くのである。そういう時には、原点に戻る方がいいのではないだろうか。たとえば、集団的自衛権は行使可能であると、解釈を変えたとすれば、中国は喜ばないだろうか。あなたの国と同じですというだけで、長々しく複雑な弁解をする必要はなくなる。
 憲法改正だって同じことである。中国はそれを喜ばないだろうか。中華人民共和国憲法は、兵役は国民の神聖な義務であると定めている。日本では、徴兵はもちろん必要ではないが、自衛のために最小限度の軍事力を持つことに原則として反対できるはずがないのである。核兵器を持つ軍事大国にいわれて遠慮する理由はまったくない。
 このように、普通の国家が通常行っている原則に立ち戻り、レシプロシティ(双務関係)の原則に立つことで、日本は無用の遠慮や弁解をしなくてすむようになる。それなしには、いつまでもハンディを負いつづけることになる。
 
自縄自縛から脱するために
 
 かつて冷戦時代のアメリカで、次のような例え話があった。すなわち、アメリカはソ連と軍事で競争しながら、日本と経済で競争しなければならない、これは片手をしばってテニスをするようなもので、勝てるはずがない、というのである。冷戦が終わった今、片手をみずからしばって国際政治のゲームに参加し、苦戦をしているのが、日本である。
 かつて私は、日本の国際貢献について、得意分野で貢献すべきだという説について、安全保障などの分野でも最小限度の役割を果たした上でなら得意分野への特化もいいが、最初から経済や技術に特化することには問題が多いと書いたことがある。また、そもそも「貢献」などと、お金持ちの慈善のようなことを言っていては、経済状況の悪化によって、すぐに貢献熱など冷めてしまう、むしろ、苦しくてもやらなければならない責任と考えるべきであると書いたことがある。不幸にして、私の危惧は的中したようである。改めて言えば、国際社会は競争社会である。みずからの安全の確保にも、世界の安全にも、バランスの取れた方法で取り組むことが望ましい。そうでなければ、無理やひずみが生じてくるものである。
 そのための障害となっているのが、九条→集団的自衛権の否認→武力行使一体化論という論理構成である。ここに風穴を開けるためには、憲法九条の後段を変えるのがもっとも望ましい。それに時間がかかるなら、集団的自衛権は可能という解釈に、まず変えるべきである。憲法解釈はかつて何度も変わってきた。冷戦以前に作られた憲法を、冷戦にあわせるために変えてきた。冷戦が終わって、アジアの安全保障地図もずいぶん変わってきた。これで何も変えないのはおかしい。
 さらに、集団的自衛権の考え方を変えられないのなら、現在のように、集団的自衛権の行使について、ネガティブ・リストで検討するのが、第三案である。そうした形で、以上の不毛の連鎖を断ちきることが必要である。
 ただ私は、憲法を変えれば優れた政治が出来るとか、優れた政治家が出てくるとは考えていない。憲法の本質は、権力の恣意を禁止することであり、権力に何かを強制して為さしめることではない。問題は、日本国憲法の安全保障条項には、禁止の部分が大きすぎることである。リーダーには、作為の危険もあれば、不作為の危険もある。禁止が多すぎれば、不作為の危険が多くなる。村山首相が、阪神淡路大震災の時、最善を尽くしたという無責任な言葉を口にしたが、そういう意識を作り出してしまう。
 現在は、自衛権がないとは言えないという、ネガティブな形で、自衛隊は認められている。そういう規定では、実際に自衛のためにいつ、どういう状況で、何をするのかという訓練が、なかなか出来ない。小説『宣戦布告』が述べているように、いかなる場合を有事と判断するのか、それが治安出動のケースなのか、防衛出動のケースなのか、こうしたことを判断する能力、これが日本に欠けているものである。極東有事どころか、日本有事への対応が、その意味で、出来ていないのである。
 日本国憲法第九条第二項に発する自縄自縛の閉塞状況に、ガイドラインは風穴を開ける効果があるだろう。とくに、ネガティブ・リスト方式によって、武力行使以外の後方支援は可能という方式が取りいれられれば、かなりの進歩だろう。しかし、そこにとどまらず、出来れば集団的自衛権に関する解釈変更に進み、さらに憲法調査会における九条二項の根本的検討へと進んでほしいものである。
 
◇北岡 伸一(きたおか しんいち)
1948年生まれ。
東京大学大学院修了。法学博士。
米プリンストン大学特別研究員、立教大学法学部教授を経て、現在、読売新聞調査研究本部客員研究員、東京大学法学部教授。


 
 
 
 
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