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私はこう考える【憲法改正について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


1997/07/13 産経新聞朝刊
【一筆多論】党派超えた憲法論議を 論説委員 皿木喜久
 
 総会屋への利益供与事件で揺れる野村証券の株主総会が先月二十七日、東京・高輪の同社研修所で開かれた。この様子をテレビのニュースで見た私は、野村証券とも事件とも全く関係のないことを思いだし、ある感慨を覚えた。
 実はこの研修所があるのはかつて、アラビア石油の社長でアラビア太郎の異名をとった山下太郎氏の邸宅だった所だ。昭和三十年五月十五日、この山下邸で日本民主党の三木武吉総務会長と自由党の大野伴睦総務会長とが密かに会談した。両党の実力者であり、互いに仇敵でもあった二人の会談が実現したことで、懸案だった保守合同はとんとん拍子で進み、この年の暮れに自由民主党が誕生する。
 なぜ保守合同だったのか。人それぞれに思惑はあっただろう。しかし、この会談を陰でとりもった元毎日新聞記者、西山柳造氏によれば、三木がかつての政敵に頭を下げてまでも保守合同に取り組んだのは、「戦後占領政策の修正と憲法改正をやらなければならない」という強烈な思いがあったからだという。
 サンフランシスコ講和条約が発効、日本が独立を回復してから約三年がたっていた。占領中に事実上、GHQ(連合国軍総司令部)、というより米軍の手によって作られた日本国憲法について、マッカーサー総司令官自身が「いずれ日本人の手で改正されるべきもの」と、日本側に伝えていたとされる。それだけにこの時期、憲法改正の機運は高まっていた。しかし、左右社会党が改正反対を打ち出す中、改正のための国民投票発議に必要な三分の二以上の議席を得るためには、保守合同しかない、というわけだった。いわば、今の自民党は「憲法改正のために結成された」と言ってもいい。
 その後の自民党は一度も三分の二以上の議席を得ることなく、憲法改正は実現していない。それが真に民意であれば止むをえない。だが、問題は、当の自民党に憲法問題を国民に提起する熱意が感じられないことである。「立党の精神」は忘れさられているのではと思うほどである。
 五月末に自民党の中山太郎元外相を会長とする「憲法調査委員会設置推進議員連盟」が発足した。社民、共産両党を除く超党派議連で、直接改憲を前面に出しているわけではないが、衆参両院に憲法問題を論議する委員会を設置しようというもので、ある意味では画期的な議連の誕生だった。この議連の力により、前の通常国会で委員会設置にまで持ち込むはずだった。ところが、中心となるべき自民党側から「党の憲法調査会などとの調整が不十分」などの理由で「待った」がかかり、流れてしまった。
 自民党が憲法改正やその論議をすることに熱意を感じさせない理由はいくつか考えられる。まず、良く聞かれるのは「今、差し迫った改正の必要はない。憲法を改正しなくとも現実の政治は困らない」ということである。
 だが、これは恐らく本音ではない。今、最大の政治課題である「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)見直し問題でも、防衛庁幹部が「米国側との交渉よりも大変だったのは内閣法制局との交渉だった」と発言したという。「持ってはいるが、憲法上行使することは許されない」という珍解釈が大手をふっている集団的自衛権の問題など、先に憲法問題を論じ、改正すべきところを改正しておけば、如何に現実の政治がやりやすいか、為政者は十分にわかっているはずである。
 それよりも自民党の本音は、憲法改正という「パンドラの箱」を開けることで、政権が不安定になるのが怖いということだろう。委員会設置が流れた一因は、社民党が乗れないものを無理に通して、いわゆる「自社さ」の連立政権にヒビが入ることを恐れた執行部の意向が働いたこと、ともいわれる。
 日本人は、いまだに占領時代の占領軍と、戦後教育によって「刷り込まれた」概念から解き放たれないでいる面がある。例えば、占領軍が使用を禁止した「大東亜戦争」という言葉を使う者に、条件反射的に「軍国主義者」という烙印を押すようなものである。憲法についても「改憲」をとなえるだけで、反平和主義者と思われる時代が長く続いてきた。それだけに、政権政党として憲法問題を持ち出したくないという感覚はわからなくもないが、やはりそれは「党あって国なし」とのそしりを免れられないだろう。
 だが、憲法施行から五十年、自民党結成から四十二年に当たる今、自民党はその「立党の精神」に立ち戻るチャンスを迎えている。
 NHKが六月末に行った世論調査によると、ガイドライン見直しで「憲法改正も考えるべきだ」とする意見は四五・七%に上り、「憲法の枠内でおこなうべきだ」を大きく上回っている。先に上げた議員連盟の参加者は当初二百人足らずだったのが今、三百七十人を超えている。その全てが憲法改正論者ではないかもしれない。しかし、さすがに戦後五十年を経て、占領下の「刷り込み」からようやく解放されつつあることの証左のように思えてならない。


 
 
 
 
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