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1997/08/15 産経新聞朝刊
【主張】国家意識と戦略もつ国に 次世代への責任を考えよう
 
 戦後五十二回目の「八月十五日」を迎えた。冷戦終結後の国際新秩序づくりへの模索が続くなか、日本が本格的な「変革」の必要性に直面した年の終戦記念日として、格別の意味合いを帯びている。
 日本は第二次大戦で、冷徹な国際情勢への評価、明確な国家戦略を欠いたまま強大な敵に挑戦した。その結果、明治維新以来の国家建設の努力は灰燼に帰し、戦没者は三百万人に上った。尊き犠牲者に追悼の念を捧げるとともに、改めて、日本の今後に思いを致す日としたい。
 
◆中国にどう対応するか
 国際的には、アジアにおける帝国主義の残滓であった「香港」の返還が実現した。日米間では「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」見直しが進行中だ。国内的にはビッグバン(金融システムの根本的改変)など、一連の構造改革がある。いずれも、日本が国際社会でどうふるまうべきか、これまで等閑視してきた「戦略」が問われる重要テーマである。
 アジア・太平洋地域における重大な焦点は中国だ。中国はまもなく世界第二の強国となりアメリカにとって長期にわたる敵対国となる−という分析(ロス・H・マンローなど)がある一方、「二十一世紀は中国が主役とする考え方には同意できない」(アルビン・トフラー)といった逆の見解もある。
 しかし、香港返還によって、中国が強力な経済的エンジンを手中にし、百五十五年の屈辱を雪(すす)いだのは事実だ。国内での経済の改革・開放とあいまって、中国の国力基盤が飛躍的に強化されたことは間違いない。
 その中国は既に、海軍力、空軍力の増強をテコに、アジア・西太平洋地域における支配的国家への地位確立に向けて南シナ海と東シナ海での進出を活発化させている。昨年、台湾総統選挙を威嚇するために発動した軍事演習は、「強い中国」の行動様式として世界に教訓を与えた。日本の生命線ともいえるシーレーンが中国の影に覆われる日もそう遠くはないだろう。中国と戦略的な利害対立が生じた時に、なお、「日中友好」の呪文を有効な抑止力として使おうというのだろうか。
 「もし“極東有事”が現実に起こるとして、わが国には自律的な危機管理の見通しはないことを認めるほかはない」と、ひたすら「平和」を求め、非軍事的努力を主張する大江健三郎氏のようなオピニオン・リーダーもいる。
 しかし、その結果起こる日米分断は中国の利益に奉仕し、さらにはアジア太平洋の安定を損なうだけではないのか。その意味で、貧弱な思考というほかない。加藤紘一自民党幹事長の「ガイドラインは中台を想定したものではない」発言もその延長線上にある。問われても「我不知道(知らぬ)」と笑って不透明にしておくのが、抑止力というものの基礎ではないか。
 
◆必要なら憲法改正も視野に
 昨年四月の日米首脳会談で、日米安保体制はアジア・太平洋地域の安定と平和に貢献する枠組みに格上げされた。アジアの多くの国々は、これを歓迎している。中国が警戒感をあらわにしているのは、それだけ日米安保が日本に有効有益であることの証明である。
 ガイドラインの見直しは、本来、「秋の政局」とからめるような矮小な課題ではないはずだ。日米の信頼関係そのものが、ここに集約されるのである。集団的自衛権の解釈、それも内閣法制局に代表される官僚群による解釈に抵触するグレーゾーンの扱いをめぐって、激しい攻防が展開されるだろうが、「憲法の枠内」が先行するのではなく、必要であるなら憲法改正に踏み込む気概が求められる。最近の多くの世論調査もその必要を裏付けている。
 偏狭なナショナリズムは排除しなければならない。だが真に「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」(日本国憲法)ならば、国際社会で応分の役割を果たし、英知と勇気ある国として、敬意を払われるに足る国家に脱皮しなければならない。
 中央省庁の再編、ビッグバンなどの構造改革は、日本の国がらを二十一世紀に通用するものに変えていこうとする壮大な試みである。当然、痛みも伴おう。既得権益にしがみつくことは許されず、自己責任、自由競争の原則が徹底されていくことになる。
 そうした外交・内政テーマは、それぞれ別個の政策判断が求められるのではなく、一連の国家的課題として対応されるべきものだ。戦後しみついた「日本的エゴ」の壁は突き破られねばならない。いま、総合的な「国家戦略」を確立していかない限り、われわれは次世代に責任を負えないのである。


 
 
 
 
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