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1993/05/03 読売新聞朝刊
[社説]憲法論議も新時代を迎えた
 
 これまでは、憲法論議といえばそれだけで、きな臭い響きがあった。これほどすなおに「憲法改正」が語られるようになったのは初めてだ。それが、憲法制定から四十六年のことしの、第一の特徴だろう。
 読売新聞社をはじめNHK、日本世論調査会、毎日新聞社のいずれの世論調査でも、憲法改正を支持する人が反対派を上回ることが明らかになった。
 連合(日本労働組合総連合会)の調査によると、労組内の、自衛隊を違憲とする人たちの中でも、改憲または安全保障基本法などで自衛隊の位置づけを明確にするよう求める声が多かった。
 
◆「護憲は平和」の時代は去った
 しかも、この大きな変化が、何か特定の勢力やイデオロギーの宣伝の結果もたらされたものではなく、ごく自然に生まれてきたという点に、第二の特徴がある。
 過去の改憲論には、戦前への回帰をめざすものや、民主主義を否定するような性格の議論が多かった。こうした改憲論に私たちは強く反対してきた。
 だが、最近の議論は全く様相が異なる。改憲支持の理由のトップが「国際貢献など新しい問題に対応する必要」となっているように、国民自身が時代の変化と憲法のズレをはっきり認識し始めている。
 この憲法論議の質の変化を、きちんと認識することが大事だ。議論の高まりに悪乗りした復古調の改憲論は、警戒しなければならない。同時に、新しい憲法論議をあたかも過去の議論と同じように危険視して、議論の性格をゆがめてはならない。
 論議の高まりと変化を生んだ最大の要因は、国際情勢と日本自身の変化だ。
 戦後の日本は、「護憲」を唱え、世界のもめごとにかかわらないでいれば、平和は守れると考えてきた。実際、経済活動に専念し、今日の繁栄を築くことができた。しかし、それができたのは、それだけの条件があったからだ。冷戦下の世界には米ソ主導の安全保障の枠組みがあった。
 その冷戦構造が崩壊し、平和と秩序を維持するには各国の協力が不可欠になった。日本が悪いことをしなくても世界の平和は脅かされることがあり、また、平和の維持・回復には日本も積極的に行動しなければならないのだという現実を、私たちは湾岸戦争から学んだ。
 
◆何を守り、何を変えるか
 この一両年、日本は、掃海艇の派遣、カンボジアの国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣を経験した。モザンビークのPKOにも自衛隊が参加する。自衛隊の海外派遣は軍国主義の復活だ、徴兵制への道だ、といった宣伝がいかに間違いだったかも、私たちは経験から学びとった。
 「護憲か改憲か」のスローガンの投げ合いではなく、日本と世界が平和であるために何をなすべきか、それには憲法はどうあるべきなのかを、冷静に、合理的に議論する基盤が、ようやく生まれてきた。
 もちろん、いくら時代が変わっても、守るべき大切なことがある。戦争はこりごりだ、他国に迷惑をかけてはいけない、という歴史の教訓は、これからも風化させてはならない。平和、自由、人権、国際協調など、堅持すべき理念はいくつもある。
 だが、憲法制定当時は予想されていなかった新しい問題など、時代の要請に対応するためには、大胆な見直しも必要だ。憲法論議は、何を守り、何を変えるべきかを具体的に議論する新しい段階に入った。
 焦点の第一は「国際社会と日本と憲法」の関係だ。平和は守らなければならない。だが、世界の平和なしに日本の平和も繁栄もない。問題は、平和を守るにはどうすべきかという「平和の方法」だ。
 この点で議論になるのが、憲法九条との関係だ。自衛隊容認は、国民の間にほぼ定着した。国連のPKO活動への自衛隊の参加についても、かなり理解が進んだが、平和維持隊(PKF)への参加は凍結するなど、自衛隊の活動範囲をめぐって依然、憲法解釈に混乱がある。
 憲法が禁じているのは「国権の発動としての戦争」であり、国連の平和活動への貢献はむしろ憲法の理念にも合致するはずだが、政府見解自体、PKO活動など想定していなかった時代の国会答弁をもとにつじつま合わせをしているため、たえず国会論戦の紛糾のタネになっている。
 PKO法案採決をめぐる牛歩戦術騒動のように、国の進路にかかわる重要な政策決定が、そのつど憲法解釈の相違などで混乱していては、国の安全は保てない。
 世論調査で多くの人が憲法改正に賛成する理由に「いまの憲法では新たな問題に対応できない」ことを挙げたのも、こうした混乱に不安を感じているためだろう。
 
◆「成功の習慣」から脱皮を
 読売新聞憲法問題調査会は昨年末の第一次提言で、解釈の混乱を避け、また、今後の国連活動の拡大・強化にも対応できるよう、「安全保障基本法」の制定と、将来の憲法九条二項の改正を提言した。今回、連合の世論調査でも、これに近い意見がふえているのは注目される。
 憲法制定当時は予想していなかった新しい事態は、ほかにも多い。たとえば東京一極集中だ。経済発展の自然な結果という面もあるが、中央官庁に行政権限が集中していることも大きな要因だ。
 地方の活力を生かし、均衡のとれた発展をめざすには、地方の権限強化が必要だ。憲法は第八章で「地方自治」をうたっているが、「地方自治の本旨」(九二条)の具体的内容は不明確なままだ。
 これだけ政党化が進むことも、憲法は想定していなかったろう。憲法は、衆院と参院それぞれの役割については何も触れていない。国会の機能を高めるには、憲法に立ち返った議論が必要になろう。環境やプライバシー保護など、新しい課題を憲法にどう位置づけるかという問題もある。
 国家や社会が衰退する原因の一つに「成功に基礎を置く習慣」があると、バートランド・ラッセルは語っている。これまでこれで成功してきたのだから今後もこれでよい、という思い込みが、新しい状況の変化への対応を妨げるからだ。
 時代の変化を見抜き、勇気と英知をもって行動する時だ。政治はそのリーダーシップをとらなければならない。


 
 
 
 
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