日本財団 図書館


2002/04/01 毎日新聞朝刊
[社説]考えよう憲法/34 改憲規定 「開かずの扉」のカギは民意
 
◇国民投票法の制定へ動く
 旧憲法は「不磨の大典」(憲法発布勅語)と呼ばれた。「千歳不磨の大典」(山県有朋首相の施政方針演説)とも言う。
 一言一句変えてはいけないという意味ではない。千年も万年も「磨滅」することなく憲政というシステムが続くという趣旨である。
 だが「不磨の大典」は、しばしば「不変の大典」と誤解されてきた。その理由もある。
 
◇新憲法も「不磨の大典」
 旧憲法の改憲規定(第73条)によれば、改憲の発議権は天皇にある。貴族院、衆議院は「総員の3分の1」以上の欠席で議事を拒否することができる。「出席議員の3分の2以上」の賛成がなければ改憲案は成立しない。とはいえ、国民には改憲を発議する権利がなかった。
 この第73条は一度だけ使われた。旧憲法から新憲法に全面改正したときである。六法全書の冒頭にある日本国憲法は、最初に「朕(ちん)は(略)帝国憲法の改正を裁可し」という勅語が置かれている。
 国民主権を理念とする新憲法のページが勅語で始まる。この逆説のなかに、憲法制定権が天皇から国民に移った劇的変化を見ることができる。
 日本国憲法の改憲規定は、第96条である。改憲の発議権が国会にあり、さらに国民投票によって国民の承認を得る必要があると定めている。国民主権の原理は明確である。
 憲法は、国家の基礎となる規範性の高い法律である。だから普通の法律と同じように改正すべきでないとして、改憲規定に厳しい条件を付けていることが多い。これを硬性憲法と呼ぶ。反対に、普通の法改正と区別しないのが軟性憲法だ。
 日本国憲法は、硬性憲法に分類されている。とくに改憲論者からは、世界でもまれな硬性憲法であるために、憲法が現実的に改正不可能な「不磨の大典」になっているという改憲規定見直し論が出ている。
 1960年代にまとめられた内閣憲法調査会の論議でも、もっと条件を緩めるべきだという主張が多数だった。改憲の条件があまり厳しいと、「暴力的な変革を誘発するおそれがある」とされた。
 どこが厳しいのか。第一は、発議に衆参両院の3分の2を要することだ。逆に言えば半数が改憲を望んでいるのに、3分の1の勢力で阻止することができる。これは民主的かどうか。
 第二は、国民投票の実施だ。国民の過半数の賛成は厳格に過ぎるという。改憲を阻んでいる実質的な障害は、国民投票制度にあるとして、国民投票の廃止を主張する改憲案もある。
 一方、護憲論者は、国民投票こそが、憲法の制定権が国民にあることのあかしであるとする。それを変えることは憲法の原理的変更になるから、許されない。
 確かに、日本国憲法はこれまで一度も改正をしたことがない。その原因は、改憲規定があまりにも厳しすぎるからだろうか。
 最近、参院憲法調査会は欧米に調査団を派遣して、改憲事情を調べた。その報告書によれば、調査した国はいずれも硬性憲法を持っているが、にもかかわらず「多い国で年1回程度、少ない国でも5年に1回程度」憲法を改正している。
 例えば米国は、上下両院の3分の2以上の議決のほかに州議会の4分の3の承認を必要とするが、これまで27カ条の条文を追加する形で改憲をしている。
 ドイツ基本法は、国民投票はないが、連邦議会の議員の3分の2と連邦参議院の表決数の3分の2の賛成を必要とする。過去に48回改憲している。
 スイスは、国民投票と過半数の州の同意で決める。140回も憲法を改正しており、国民投票の規定があるから改憲ができないという論理は成り立たない。
 日本国憲法に改憲の経験がないのは、別の理由からだろう。
 占領期間が終わってから、明文改憲の動きが何度かあった。とくに、55年の第27回総選挙で日本民主党は第9条改正による自衛軍創設を真正面から国民に問うた。
 その結果、左右社会党など革新4党が改憲阻止ラインである議席の3分の1を確保した。このラインは、保守合同後も崩れず「55年体制」として定着した。改憲を発議するだけの政治的な基盤は、まだ熟していなかった。
 
◇世論調査は改憲優位
 ところが湾岸戦争を境に、改憲についての世論が大きく変化してきた。毎日新聞社の世論調査では護憲派と改憲派の比率は80年代にそれぞれ30%前後で拮抗(きっこう)していたが、90年代に入ると、改憲派が優勢になる。2000年以降は改憲派が40%台、護憲派は13%前後で推移している。
 国会でも民主党の一部を加えると改憲容認勢力は衆参で80%を超えている。国民投票は現実の課題となり、国会の憲法調査会では「もはや不磨の大典ではない」という表現が枕ことばのように繰り返されている。
 「開かずの扉」のように思われていた改憲のカギは、改憲規定そのものではなく、民意の動向にある。ところが、国民投票をやるには、投票日など実施手続きを具体的に定める「憲法改正国民投票法」がない。国会法で改憲発議の要件を定める必要もある。
 最初に問題提起したのは自由党だった。その後、共産、社民を除く与野党議員で作る「憲法調査推進議員連盟」(中山太郎会長)が、議員立法を目指して作業を進めている。だが、憲法改正の中身を別にして手続き法の整備だけが先行することにまだ慎重論もある。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION