日本財団 図書館


若手研究者・技術者
海外派遣報告
欧州における船舶への海水打ち込み問題の研究動向調査
正員 坂下晴空*
 
本報告は、日本財団助成事業「国際学術協力に係わる海外派遣」の一環として実施した若手研究者・技術者の海外派遣報告であり、広く会員に報告すると共に同財団に深く感謝の意を表します。
 
1 はじめに
 平成14年11月11日から15日にかけて、「若手研究者・技術者の海外派遣事業」として日本財団の助成により、欧州の研究機関、船級協会を訪問する機会を得た。今回の派遣において筆者が掲げた課題は、「船舶や海洋構造物の海水打ち込みにより甲板上の構造物に働く衝撃荷重の調査」である。海水打ち込み問題は、バルクキャリアの安全性に関する事項として、IMOにて満載喫水線条約(以下ICLL66)の見直しが行われていて、日本でも精力的に取り組まれている課題である。また、FPSOなどの海洋構造物が大水深域に設置されるようになり、荒天中の甲板上構造物の安全性を確保するために重要視されている問題でもある。
 そこで、これらの問題に対する研究が盛んな欧州の研究動向を調査することにした。その中でICLL66の見直しにおいて英国内で中心的役割を狙っている。ストラスクラウド大学のDracos Vassalos教授をグラスゴーに、FPSOなどの海水打ち込み問題に取り組んでいるノルウェー科学技術大学のOdd M. Faltinsen教授を滞在先のローマに訪問した。また、船級協会がICLL66の見直しをどのように捉えているかを調査するため、ノルウェー船級協会(以下DNV)のDr. Tor E. Svensenをオスロに訪問した。いずれも著名な先生で、訪問前は非常に緊張したが、初対面にもかかわらず暖かく迎え入れてくださった。
 上述の課題に加え、筆者の研究と係わりある課題を持って今回の派遣に望んだ。現在筆者は、甲板打ち込みなどの流場解析を目的に、流体計算法の一つである粒子法(テクノマリン1月号 特集 研究・開発動向、など)の研究を行っている。また、日本国内でも船舶分野への粒子法の適用が検討され始めている。そこで今回の派遣では、欧州における粒子法の研究動向についても調査した。その結果、研究当事者と直接議論することができ、粒子法の研究動向を肌で感じることができた。
 以下に、各機関の訪問記をまとめる。
 
2 INSEAN(イタリア:ローマ)
 11月11日、ローマにあるイタリア試験水槽(INSEAN)に滞在中のFaltinsen教授を訪問した。また、現在Faltinsen教授と海水打ち込み問題について共同で研究を行っているDr. Maurizio Landrini、Dr. Marilena Greco、Dr. Andrea Colagrossi、Dr. Giuseppina Colicchioら、INSEANのメンバーとも面会することができた。実験施設や研究内容の説明など、全般にわたりDr. Landriniに対応していただいた。
 INSEANは二つの試験水槽を所有している、このうち、24th ONRで発表された海水打ち込み試験を行った水槽は、寸法がL×B×D=220m×9m×3.8mで、曳引車の最大速度は10m/sであり、端部にフラップ型造波機を装備している。海水打ち込み試験に用いたという船首模型をみると、デッキはアクリル板で作られており、船底側から反射鏡を介して打ち込み水の挙動を撮影できる。また、甲板圧力を計測するため、4cm間隔でアクリル板に圧力計が取り付けられていた。
 実験場を見学後、Faltinsen教授およびINSEANメンバーの最近の活動内容について説明を受けた。最初に海水打ち込み問題について、24th ONRでの発表資料などを用いての説明があった。現在は上記の模型船を用いた実験をベースに、空気巻き込みを伴いながら海水が甲板へ打ち込む様子や、甲板上の圧力分布などを詳細に分析している。また、流場を撮影した映像に、計測した甲板圧力の等高線図を重ね合わせた動画により、甲板上の複雑な現象を理解し易いものにする工夫がなされている。
 INSEANでは実験による検討を行う一方で、数値解析手法に関する研究も行われている。海水打ち込みの基礎モデルとなるダム崩壊の計算では、流れが穏やかな領域は境界要素法で、流出水が壁に衝突し激しく飛び散る領域は差分法で解くという、二つの異なった計算法をマッチングして解析を行っている。今後このように、流場の特徴に合わせ適当な計算法を組み合わせた解析が主流になると思われる。
 午後からは粒子法について議論を行った。まず、筆者の研究結果として、粒子法の一つであるMPS法によるダム崩壊問題および水面衝撃問題に関する研究結果を紹介した。Faltinsen教授もこれまでに衝撃問題に取り組んできたことから、実験結果や計算方法についての貴重なアドバイスをいただいた。
 一方、INSEANでは、SPH法(MPS法と異なる粒子法)の研究を行っており、滑走艇の周りの流れをSPH法で解くなど、既に粒子法を具体的な問題へ適用している。研究をはじめて2年ということであるが、その研究の早さには驚かされた。また、近日中にSPH法の開発者であるJoe Monaghan教授と意見交換会を行う予定とのことであり、精力的な取り組み姿勢は見習うべきであると感じた。粒子法に対する欧州全般の動向については、論文発表はほとんど無いが、各研究機関で何らかのアクションは起こし始めているとのことであった。
 
3 ストラスクラウド大学(イギリス:グラスゴー)
 11月13日、英国グラスゴーにあるストラスクラウド大学のDracos Vassalos教授を訪問した。Vassalos教授のグループは、1980年のダービシャー号事故を契機に、ICLL66の見直しを提案してきた英国の代表として、IMOの場でも中心的役割を果たしている。滞在中は、最近になってMPS法の研究をはじめたというDr. Dag O. Skaarが対応してくれた。
 まず、Vassalos教授の授業の最後に、粒子法について筆者がプレゼンを行った。予定外のことであり、また英語によるプレゼンは初めてであり、各国からの20人の研究者を前にどうなることかと心配したが、無事終えることができた。
 つづいて講堂から研究室へ移動し、最近の研究活動について、担当の研究者から直接説明を受けた。ダメージスタビリティーの計算例や、海水打ち込み水によるハッチカバー荷重の解析結果など、まさにIMOにおいて英国が提案している新基準のバックデータを見せていただいた。また、驚いたのは、博士または博士号を取得する直前の若い研究者が大勢いることであり、日本の大学との差を感じた。
 見学の途中で、興味あるコーナーに通りかかった。そこは企業の技術者が、Vassalos教授の研究室で開発された解析ツールを使用できるコーナーであった。コーナーは立ち入り禁止であったが、ざっと10人以上の企業の技術者がいたと思われる。こうした産学の強い結びつきが新しい研究をはじめるポテンシャルとなっていると推測される。
 最後にVassalos教授と直接話す時間をいただいた。ICLL66におけるハッチカバー強度について意見を聞きたかったが、自然とダメージスタビリティーの話題へと移った。現在は、ダメージスタビリティーの解析精度向上を目的に、浸水区画内の流体挙動を直接に解き、それを船体運動と連成させるための検討を行っている。このために浸水区画内外で異なった計算法を適用するとのことで、ここでも、異なった計算法の組み合わせが検討されている。また、粒子法については、浸水区画内の流体解析に有効な計算手法の一つであるとの見解を持っており、筆者の研究にも激励を受けた。
4 DNV(ノルウェー:オスロ)
 11月15日、ノルウェーのオスロに本部があるDNVのDr. Toe E. Svensenを訪れた。技術的な議論はDr. Magnus Lindgren、Dr. Jens Bloch Helmersと行った。
 まず驚いたのが、DNV本部のたたずまいである。ひっそりとした山奥に、一つの村を形成しているかのようで、雪景色と背後に見えるフィヨルドとのバランスは絶妙であった。訪問後まず、壁一面ガラス張りのレストランから美しいフィヨルドを見ながらの昼食となった。
 昼食後、DNVの概要についてDr. Svensenから説明を受けた。彼自身はすでに流体力学部門の副主任としてマネージメントに忙しく、研究の第一線からは退いている。彼にVassalos教授からの「我々のように地道な研究をもっとやろうじゃないか」といった趣旨のメッセージを伝えたところ、本当は僕もそうしたいんだ」と笑いながら話されていた。
 つづいて議論となったのはICLL66の見直しについてである。ハッチカバー強度の問題では、日本としては、これまでに大きな事故の経験もなく、英国の提案は厳しすぎるとの見解を持っていることを説明した。これに対しDNVとしては、DNV独自でもっている設計荷重は、英国が提案する新基準値の許容範囲内にあり、DNVがこれまでに認可した船舶については問題ないとの回答であった。
 最後に、粒子法についてDr. Helmersと意見交換を行った。彼は数値流体解析の専門家として、MITと共同でランキンソース法の開発などを行ったこともあり、現在は、SPH法の有用性について調査を行っている、MPS法は知らなかったが、非常に興味を持って筆者の説明を聞いてくれた。また、設計ツール化までの開発スケジュールについて質問されたが、現時点ではかなり大胆と思われるスケジュールを言ってしまった。
 また、DNVが中心になって行っている、様々な数値計算法によるコンペの誘いを受けた。インフォーマルな会合なので本音で議論を交わし、有益な情報が多数得られるとのことであったが、地理的な問題から最終的に参加はできなかった。欧州ではこのような会議を頻繁に行って情報交換していること、また、船級協会も自発的に研究開発に取り組んでいる姿勢は感心した。
 
5 おわりに
 今回の訪問をとおして、欧州の研究機関の海水打ち込み問題への取り組み状況がよくわかった。また、直接研究現場を訪れたことで、研究の早さや研究に取り組む姿勢など、筆者のこれからの研究に対して良い刺激を受けた。一方で、今後日本の造船研究が発展していくためには、産官学がよりいっそう協力して研究に取り組む必要があると感じた。
 今後の研究の方向性の一つとしては、強非線形な流場の解析に、異なった計算法を組み合わせ解析することが考えられる。また、欧州においても粒子法の研究が始められており、今後一、二年の間に多くの研究成果が報告されてくるものと予想される。筆者もこの流れに乗り遅れないよう、研究を進展させたいと思う。
 最後に、耐航性分野における欧州の著名な先生および若手の研究者とコネクションを築くことができ、有意義な訪問であった。このような機会を与えてくださった日本財団および日本造船学会の関係者に対し、この場を借りて深く感謝いたします。
 
*石川島播磨重工業(株)総合開発センター船舶海洋機器開発部







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION