日本財団 図書館


若手研究者・技術者
海外派遣報告
アメリカでの高速艇の性能に関する研究の情報交換と研究施設の見学
正員 片山 徹*
 
本報告は、日本財団助成事業「国際学術協力に係わる海外派遣」の一環として実施した若手研究者・技術者の海外派遣報告であり、広く会員に報告すると共に同財団に深く感謝の意を表します。
 
1 はじめに
 アメリカでは、ヨットやボートなどを用いたマリンレジャーが盛んであり、 また軍事目的においても多くのボートが用いられている。このような背景のもと、古くから高速艇に関する研究が盛んに行われ、国際会議講演概要集や論文集、技術報告書等、アメリカの研究機関からの研究報告が多くみられる。
 筆者は、学生時代から高速艇の性能に関する研究を行っていたこともあり、機会があればアメリカヘ行き、実験施設の見学、研究資料の収集、情報交換を行いたいと考えていた。今回、幸運にも、「若手活性化事業に係わる海外派遣」事業の補助を得ることができ、アメリカの研究機関への訪問が実現となった。
 
2 訪問先と訪問日程
 2002年10月12日から23日の12日間にわたっての海外派遣であった(表1参照)。内容は、ワークショップ(6th International Ship Stability Workshop)への参加、スティーブンス工科大学 デビッドソン研究所(Stevens Institute of Technology, Davidson Laboratory)と米国海軍兵学校 流体力学研究所(United State Naval Academy, Hydromechanics Laboratory)への訪問である。
 今回の派遣で、このワークショップヘの参加を選んだのは、ホストがウェッブ大学(Webb Institute)であったことが理由のひとつに挙げられる。ウェッブ大学は、J. P. Day博士とR. J. Haag博士が1952年にポーポイジングの研究を行った大学であり、ぜひ研究資料を入手したかったからである。また、デビッドソン研究所とUSNAの選定理由は、高速艇研究の第一人者であるDaniel Savitsky博士と22nd ITTC Special Committee for Model Test of High-Speed Marine Vehicleに参加していたJ. Zseleczky博士にお会いして討論を行うためである。
 
表1 日程表
Date Schedule
10/12 0saka→New York    
10/13 6th International Ship Stability Workshop
10/14 6th International Ship Stability Workshop
10/15 6th International Ship Stability Workshop
10/16 6th International Ship Stability Workshop
10/17 Davidson Laboratory, Stevens Institute of Technology
10/18 Sightseeing (boarding Circle Line)
10/19 New York→Washington DC
10/20 United States Powerboat Show (Annapolis)
10/21 Hydromechanics Laboratory, United State Naval
10/22 Academy
10/23 Washington DC→Osaka
 
3 各機関での調査の概要
(1)6th International Ship Stability Workshop
 本ワークショップは、2002年10月13〜16日の間、ニューヨーク州のロングアイランドにおいてウェッブ大学主催のもと開催された。
 このワークショップでは、船種に関係なく、安全性証価に関して深く議論することを目的としている。筆者は高速艇の不安定現象の実験計測手法および評価手法を話題として提供し、A. W. Troesch教授(Univ. of Michigan)やD. Vassalos教授(Univ. of Strathclyde)など多くの研究者と議論することができた。中でも、講演の後にW. J. Pierson博士に呼び止められ、興味深いとの意見を頂いたことはとても嬉しかった。
(2)Webb Institute
 ウェッブ大学は、NYの北東にあるロングアイランド北岸に位置し、学舎裏側からは海を臨むことができる。近くに公共交通機関は見当たらず、人里離れた場所にある。船舶海洋の単科大学であり、大学院はなく、学生数は60〜70名の全寮制で、全員奨学生である。
 ワークショップ初日、ウェッブ大学の学生会館でレセプションパーティーが開かれた。エントランスには、模型船が飾られ(写真1)、いかにも船舶海洋の単科大学といった様相であった。また、建物内部には船舶海洋に関する絵画、写真、模型、歴史的書物が展示され、船舶海洋分野の歴史を称えている様子が伺えた。このとき、試験水槽(Robinson Model Basin)の見学が出来た。この水槽は1947年に建てられており(写真2)、有名なJ. P. Day博士とR. J. Haag博士も実験を行った水槽である。当時秒速4.81mでの曳航実験を行ったとは想像できないほど全長は短いものであった。現在では研究目的で使われる事はなく、もっぱら教育のために使用されているとの事であった。
 ワークショップ最終日に、ウェッブ大学のR. K. Kiss学長と話をする機会を得た。高速艇関係の技術報告資料は100を超える数が存在することがわかったが、現在は学外に保管されており、閲覧することはできなかったが、必要に応じて資料を提供していただけることを約束した。
 
 
写真1 ウェッブ大学学舎エントランス
 
 
写真2 Robinson Model Tank
 
 
写真3 Savitsky教授の部屋にて
(3)Stevens Institute of Technology, Davidson Laboratory
 スティーブンス工科大学は、マンハッタン島の西側に流れるハドソン川をはさんだ対岸に位置し、学内のカフェテリアからは、マンハッタン島を背景にハドソン川を行き交う船が一望できる絶好のロケーションにある。ここでは、同大学デビッドソン研究所のDaniel Savitsky教授とRaju Datla博士を訪ねた。
 写真3中央がSavitsky教授である。既に退官しているが名誉教授としてオフィスが用意されており、現在も企業や官庁の技術相談に応じている。Savitsky教授と、滑走艇特有の様々な不安定現象の発生原因についての討論を行った。その中でSavitsky教授は、付加物、舵、推進器等に働く流体力が原因となって発生した不安定現象発生事例を挙げられ、滑走艇の性能評価においては付加物等を含めたシステムで考えることが重要であることを主張された。また、性能評価の際に、横安定性の評価の必要性も主張され、同研究所においては航走時の傾斜試験、Free Decay Testを実施していると説明をされると同時に、大阪府立大学での強制横揺れ試験による減衰力の計測、完全拘束試験による復原力の計測等に興味を示された。
 写真3右端のDatla博士には、曳航水槽の案内をしていただいた。スティーブンスの曳航水槽(長さ100m×幅4m×深さ2m)は大阪府立大学のもの(70m×3m×1.6m)より一回り大きい。曳航台車は、水槽上部にレールがあるモノレールタイプ、ワイヤー曳航方式の無人台車であり、その最高速度は30m/sと非常に高速である。訪問時に、抵抗試験(写真4)を行っていたこともあり、その後抵抗試験法についての議論を行った。通常スティーブンスでは、模型船の航走姿勢に尺度影響が現れにくいレイノルズ数を確保するために1.5m以上の模型を標準として、姿勢自由抵抗試験を行っている。筆者は近頃超小型模型を用いた滑走艇の抵抗試験法に関する研究を行っていたので、その試験法について説明を行ったところ、大変興味深いとの意見を頂くと共にその可能性について同意いただいた。
 現在のスティーブンスで船舶コースに所属する学生は6人と少ない。また、水槽使用状況はその8割が外部からの受託で、学内の基礎研究で使われることは少ないという。日本の研究者もぜひスティーブンスを訪れ、共同研究等で水槽を利用してほしいとの話であった。最後に、今後も連絡を取り合い、情報交換を行うことを約束した。
 
写真4 Davidson Laboratoryの曳航水槽
 
 
写真5 USNA小型曳航水槽前にて
 
 
(4)United State Naval Academy, Hydromechanics Laboratory
 USNAは、Washington DCから東に65km、チェサピーク湾を望む静かな町Annapolisにある。ここでは、流体力学研究所のJ. Zseleczky博士(写真5中央)を訪ねた。
 大学の敷地は広く、大学のゲートでJ. Zseleczky博士と待ち合わせ、そこからJ. Zseleczky博士の車で水槽棟へ案内して頂いた。USNAの水槽は、外観は6階建てのビルで、一階部分を試験水槽、工作室および実験室が占めていた。小型曳航水槽、大型曳航水槽、復原牲能試験用の水槽、砂などを入れて沿岸域の実験をする角水槽の4つの水槽を見学した。これらの水槽は、主として学生の教育と軍の実験に使われるとのことであった。USNAの大型曳航水槽では、実験の省力化が進んでおり、台車の制御、データの収集等が水槽横にある別室から一人で行えるようになっていた。
 実験施設見学の後、ワークショップでの資料を基に討論を行った。J. Zseleczky博士は、特に横復原力の減少問題とバウダイビングについて興味をもたれ、その実験方法および解析方法について多くの質問を受けた。近年、アメリカの高速艇においても似た現象の発生事例があり、問題解決のためにUSNAで実験を行っているとのことで、その実験データや報告書のコピーを頂くことができた。
 
4 おわりに
 今回の訪問では、アメリカの高速艇性能に関する研究者との討論を通して、筆者がこれまでに行ってきた研究の重要性と成果の妥当性を確認するとともに、懇親を深めることができた。また、過去に行われた研究成果の所在の確認ならびに今後の資料提供の方法について情報を入手することができた。今後研究を進める上で、各機関との意見交換が可能となり、研究資料等の情報交換も円滑に行えるものと考えている。また、今回の渡航で得られた知見が、わが国の高速艇の性能開発においてプラスとなるように努力して行きたいと考えている。
 最後に、本事業にご尽力いただいた日本財団および関係各位に本紙面をお借りしてお礼申し上げます。
 
*大阪府立大学







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION