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スピリチュアル・ケア・サイクルに入るには
 援助者−ナースや援助職にある方ばかりでなく、家族、ボランティアなどの中で援助者の役割を担うすべての方々は、スピリチュアル・ペインを体験している方々に対してどのような姿勢をとることが重要なのでしょうか。
 援助者たちが基本姿勢としてもたなければならないのは、クライアントがスピリチュアル・ケア・サイクルに入れるようなかかわりをしていくということです。
 
1. 正確な自己認識
 その中で、まず第1は、クライアントが正確な自己認識がもてるような援助をすることです。正確な自己認識が与えられますと、正しい自己ニーズの認識が可能となります。そうしますと、癒しのかかわりをもつことができるようになります。それが正確な自己認識につながり、正確な自己認識が正しい自己ニーズ認識につながっていくというプロセスでスピリチュアル・ケア・サイクルが始まっていきます。
 では、正確な自己認識とはどういうことでしょうか。それははじめにもいいましたように、自己充足の破綻がスピリチュアル・ペインにつながっていくのですから、自己充足ではない認識、つまり、正確な自己認識が必要だということです。それは、危機に直面して苦痛を体験しますと、自己の限界を知るようになります。発達段階の中で、子どものときには自分は何でもできると思っていたのが、自分よりも1歳か2歳年上の友達と遊んでいて喧嘩して負かされてしまったとします。このような体験によって自分は万能ではないのだということが徐々にわかってきます。家ではお父さんと相撲をとるかもしれませんが、お父さんのほうはわざと負けてあげるかもしれません。それがだんだんと発達していくにつれ、現実に直面しなければならなくなります。幼稚園や保育所に行くようになると、家では自分の好きなように遊べたおもちゃも、誰かに取り上げられてしまったりすることも起こります。このようにさまざまの限界を体験して、自己の限界を体験的に自我の中に取り込んでいくのです。
 また、大人になってからは人生の危機に直面してその苦痛も体験していきます。とくに子どものときに自己の限界を自我の中に十分に取り込まなかった場合は、大人になっても自己充足的な生き方を継続するようになり、正確な自己認識をもつのが困難です。
 危機に直面していく中で自己の限界に気づくことが必要ですが、それは、人は傷つきやすく、壊れやすい存在で、また、何かに依存しなければ生きていけない存在なのだということです。当然、自己充足的なフィーリングとは相反するものです。したがって、人は自己の限界を受容し、人生では苦痛を体験せざるを得ない自分を受け入れていくのが正確な自己認識のプロセスです。
 
2. 真の自己ニーズ
 そうしますと、自分ひとりで何とかできると思っていた個人主義的な、または自己充足的なフィーリングが低下し、自己の限界、もしくは生きる上で体験する苦痛を自分の人生の一部として受け入れていきますと、そこに正しい自己のニーズというものを自覚するようになります。それはまた他者とのかかわりの必要性を感じるようになるということでもあります。
 しかし、他者とのかかわりの必要性を感じない人は、被害者意識をもつようになります。自分の抱えている問題が、自分の育った家族とか、もしくは学校や社会にその原因を転嫁していくのです。そうしますと、自分を過去の被害者の立場におき、他者を責めるようになります。通り魔事件や青少年犯罪などではこの被害者意識をもっているケースが多いのです。
 最近は、児童虐待も問題になっていますが、身体的な虐待、言葉による虐待、あるいは性的な虐待などもカウンセリングの中で扱うことが多くなっています。しかし、正確な自己認識なしに扱うと、家族だけを責めるようになります。それで解決できるならそれでもよいのかもしれませんが、そのような対応からは癒しのかかわりの土台を築くことは困難です。ところが自己の限界を受容していますと、確かに家族は悪かったかもしれないけれども、いま抱えている問題は自分自身の問題であって、責任をもって解決していく必要があると思えるようになるのです。親にも限界があり、その結果そのようになったのであるというように、自己の限界ということがわかってくることによって、他者の限界も受け入れることができるようになります。もちろんカウンセリングでは、虐待があった場合には加害者と被害者が向き合う機会を設け、被害者の真の気持ちを伝えて和解する必要はあります。しかし、このことは、被害者意識をもつこととは違うのです。被害者意識の中で癒しのかかわりを築くのはほとんど不可能です。
 それからもうひとつは、苦痛が長期間、慢性化すると、人は無力感に陥ってしまいます。自分はもうだめだという思いになってしまうのです。そうなると、他者とのかかわりを必要としなくなって、自分の殻の中に閉じこもってしまいます。ですから、正確な自己認識をすることによって、正しい自己ニーズの認識、つまり、かかわりの必要性を感じるようになる中で癒しの関係に入っていくことが可能になるということです。







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