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●キーノート・レクチャー
肥満学童に対する身体活動の維持・増進への支援
 
Physical Activity and Childhood Obesity
原 光彦a 斉藤恵美子a 伊東三吾a 武藤芳照b
Mitsuhiko HARAa Emiko SAITOHa Sango ITOHa Yoshiteru MUTOHb
 
a 都立広尾病院小児科
b 東京大学大学院教育学研究科身体教育学講座
a Department of Pediatrics, Tokyo Metropolitan Hiroo General Hospital.
b Department of Physical and Health Education, Graduate School of Education, The University of Tokyo.
 
Abstract
In our country, epidemiological studies suggested that the prevalence of childhood obesity is increasing by 3 times in latest 30 years. Approximately 10% of 10 to 12 years schoolchildren are overweight in 2000. With the marked rise in the prevalence of obesity in childhood, obesity -linked risk factors are being expressed at young ages. Abdominal obesity is strongly linked to cardiovascular disease mainly through an increased risk of insulin resistance, hypertension and hyperlipidemia.
The mainstay of obesity treatment is alteration of energy balance through lifestyle change. The addition of behavioral modification to nutrition education and exercise is more effective in reduction of percent of overweight compared with nutrition education and exercise. To contribute to long-term weight maintenance, interventions should modify eating and exercise behaviors. When addressing physical activities with obese children, emphasis should to be placed on play and activities rather than "exercise". We referred to the U.S. "The Kid's Activity Pyramid", and developed "The Kid's Activity Mt. Fuji" for the purpose of emphasize physical activity in Japanese obese children. Maintenance of physical activities helps prevent the development of obesity and other cardiovascular disease risk factors that frequently are present as early as childhood.
In children, family based behavior modification is most successful, and it is important to engage the family in supporting lifestyle changes.
 
Key Words : Physical Activity, Childhood Obesity
  身体活動、小児肥満
 
●代表者連絡先: 〒150−0013 東京都渋谷区恵比寿2−34−10
  東京都立広尾病院小児科 原 光彦
  TEL 03−3444−1181 FAX 03−3444−3196
 
はじめに
 肥満は増加傾向にあり、この30年間で約3倍に増加している。文部科学省学校保健統計調査報告書によれば、最近の10代前半における肥満傾向児の頻度は約10%である1)。肥満は、小児期から高血圧、糖代謝異常、脂肪肝、血清脂質異常などの代謝障害を引き起こす。また、睡眠時無呼吸症候群のため日中の傾眠傾向が出現して成績が低下したり、いじめの対象となって不登校に陥る例もある2)。肥満にはトラッキング現象が認められ、学童期に肥満していた者の70〜80%は成人した後にも肥満したままである3)。肥満の原因には、遺伝的素因、食事や運動などの生活習慣、国の経済状況や都市化等の社会環境の変化があげられる。近年の小児肥満増加の主な原因は、生活習慣や社会環境の変化であり、動物性脂肪の過剰摂取と身体活動の減少が重要である。平成10年度の児童生徒の健康状態サーベイランス報告書によれば、男児学童の学校生活や部活動を含めた1週間の身体活動時間の中央値は、わずか10〜12時間であり、身体活動時間が非常に短い4)。また、大国らは、肥満の程度が高いほど、テレビやビデオの視聴時間が長いことを報告している5)。この様に、欧米や我が国の子ども達に蔓延している座りがちな生活習慣は、先進国に共通した肥満増加の要因として認識されており、米国では、CDC(Center for Disease Control and Prevention)によって若年者のための身体活動に関するガイドラインが作成されている6)。しかし我が国では、学童の身体活動の維持・増進の必要性に対する認識は未だ不十分で、学童のための身体活動に関するガイドラインも作成されていない。
 小児は成人と比べて、環境に適応する能力に優れている。適切な時期に適切な指導を行えば、望ましい生活習慣を学習させ、健康的な生活習慣を習得させることが可能である。日常生活の改善は、習慣化してこそ効果が生じる。習慣化させるためには、適切な動機付けと支援、子ども達自身が喜びを持って、生活改善に取り組めるように工夫する必要がある。豊かで食べ物が溢れている我が国の環境の中で、成長期にある子ども達に対して食物制限を強いることは容易ではない。むしろ、現代の子ども達に不足している身体活動を増進させる(体をのびのび動かしてもらう)方が指導の方向性としては理にかなっているように思われる。本来、体を動かすのが嫌いな子どもはいない。何らかの要因で体を動かすことが嫌いになったか、体を動かしたくても動かせなくなってしまったかのいずれかである。
 今回は、現代の子ども達に不足しがちな身体活動の維持・増進の立場から、肥満児童に対する指導の実際について論じてみたい。
 
児童に対する身体活動維持・増進の有用性
 上述した様に、座りがちな生活習慣は、肥満や肥満に伴う健康障害の主な原因である。したがって、学童に適切な身体活動を行わせることは、肥満やそれに伴う健康障害の予防や治療に有効である。近年の認知脳科学の成果によれば、人間の知性は、言語的知性、絵画的知性、空間的知性、論理数学的知性、音楽的知性、身体運動的知性、社会的知性、感情的知性の8つに分類されるという。これらの知性を統合しているのが自我である。健全に自我が発達するためには、8つの知性のバランスが重要である。現在の知識偏重社会の中で子ども達に育ちにくい知性は、身体運動的知性、社会的知性、感情的知性である。これらの知性は、テレビや・ビデオの視聴やテレビゲーム等に代表される静的な遊びでは発達しにくく、年齢層が異なる子ども達のグループで、体を動かして遊ぶことによって発達する。この様に、児童に体を使った集団遊びを体験させることは、包括的な知性の発達と健全な自我形成のために欠かすことができない7)
 
肥満児童に対する身体活動維持増進・運動療法の位置づけ
 成人の肥満者に対する運動療法の効用として、エネルギー消費の増大、安静時基礎代謝率の増大、除脂肪体重減少の防止、高脂血症・高血圧の改善や冠動脈疾患の発病率の低下、ストレス緩和、体力増進・心肺能力の向上があげられている8)。肥満小児に対する運動療法の効果は、短期的検討では、成人と同様の効果があることが知られているが、長期的な肥満予防効果については大規模な介入研究は行われておらず、不明な点も多い9)。このことは、肥満学童を対象に、成人と同様な手法で運動療法を持続させることが困難であることに起因していると考えられる。
 身体活動維持・増進のための生活指導や運動療法を指導する際に大切なことは、対象となる学童や家族の「体を動かすこと」に対する受け止め方を評価すること、対象児の運動歴や体力レベルの個人差を考慮することである。診察中に座っていることさえ出来ずに、すぐ診察ベッドに横になってしまい、体を動かすことに対して否定的な考えを持つ肥満児に対して、運動処方を作成しても大きな効果は期待できない。一方、ある程度の運動習慣があり、体を動かすことに対して肯定的な者には、運動処方を用いた指導は効果がある。一般に、肥満が高度化するほど、体を動かすことに否定的感情を持っている場合が多い。この様な例には、運動処方にこだわらずに認知行動療法的手法を用いて、日常生活の見直しのなかで身体活動を維持させることから始めなければならない。
 
認知行動療法
 現在、最も有効性が高い肥満の治療法は、家庭生活を基盤とした認知行動療法である10)。学童期の生活は、学校と家庭で大部分を占めている。学校管理下における身体活動は運動部所属の有無以外はおおよそ一律であり、下校後の日常生活習慣の違いが肥満の発生要因として重要である。肥満是正のための生活指導を行う際には、対象児の家庭内で、健康的な生活習慣に関する共通した価値観を持つ様に支援する事が大切である。認知行動療法の原則は次の4点に集約される。
1)セルフモニタリング:生活習慣を自己評価すること。
2)食事や運動に関する刺激のコントロール:過食や運動不足を助長する生活環境を是正すること。
3)強化:適切な目標を設定し、生活習慣に関する達成度を自己評価して目的意識を高めること。
4)生活習慣に関する認識の再構築:肥満に関連した事項全般について意識改革を行うこと。
 
肥満学童に対する身体活動増進のための具体的方法
1. 対象児や家族の身体活動に対する準備性の評価
 対象学童や家族が「体を動かすこと」をどの様に捉えているか評価して、ステージに見合った指導内容を選択する。対象児の身体活動に対する準備性を評価するには、Trans Theoretical Model(TTM)が有用である11)。行動変化のTTMを用いた、身体活動に対するステージ分類は次の通りである。
(1)無関心ステージ:この先6ヶ月は体を動かすつもりはない
(2)関心ステージ:6ヶ月以内には体を動かそうと思っている
(3)準備ステージ:すぐにでも体を動かそうとしている
(4)実行ステージ:日常で体を動かしているが、始めて間もない
(5)維持ステージ:6ヶ月以上運動に参加し運動が習慣化している
 無関心ステージの者には規則的な生活をするように指導し、整形外科的問題やその他の肥満合併症のために体が動かせない状態であれば、それらの治療を優先させる。関心ステージの者には、「体を動かすこと」の効用について説明し、身体活動に対する関心を更に高める。準備ステージの者には、運動指導に必要なメディカルチェックと運動負荷試験を行い、安全に指導が可能か判断するとともに現時点での体力レベルを評価する。実行ステージや維持ステージの者には、運動処方を利用して、運動を続けられるように支援する。我々は、笠原らの方法に準拠して肥満学童の運動処方を作成している12)。肥満学童に対する具体的な、メディカルチェックや運動負荷試験については、他の文献を参考にしていただければ幸いである13)
 
2. 身体活動に対する動機づけ
 体を動かすことの効果は持続させなければ期待できない。このため日常的に体を動かすことをいかに動機づけるかが、指導が成功するか否かの鍵となる。具体的には、外発的動機づけを内面化して自律的な行動になるように支援する様に心がける14)。即ち、はじめは、医師や親に言われて仕方なく体を動かしていたものが、次第に体を動かす楽しみを知り、達成感を体験し、ついには自分の意志で体を動かすように変わってゆくように支援するのである。具体的な支援のポイントは次の通りである。
第1段階:日常の生活を規則正しくする
(早起き、朝食をしっかり食べる、テレビやテレビゲームの制限)
第2段階:子どもの価値観を聞く。
(どんな子どもになりたいか、将来どんな大人になりたいか)
第3段階:価値観に合わせた指導。
(自分自身の問題であることを自覚させる)
第4段階:肥満学童が好む運動を選択して体験させる。
(運動の楽しさの体験)
第5段階:運動の内容を徐々に高度にして達成感を味わわせる。
(褒めることの効用)
 
3. 身体活動の自己評価
 身体活動の評価法には、自己報告の解析、行動観察、身体活動モニターを利用した方法、重水を用いる方法がある。自己報告の解析は、成人で汎用されているが、Sallisらによれば、9歳未満の年少児では妥当性に問題があるという15)。我々は、肥満学童の身体活動を評価するために、スズケン社製の加速度センサー内蔵の万歩計型身体活動モニターであるライフコーダを用いている。ライフコーダは、一日毎の総エネルギー消費量、運動量、歩数を6週間分メモリーすることが可能であり、内蔵された一次元加速度センサーによって、垂直方向の身体活動レベルを2分ごとに3段階で評価することが可能である。そして、専用解析ソフトを利用すれば、対象児の運動量・歩数、活動時間分布・身体活動レベルのトレンドグラフを描くことができる。対象児の運動レベルばかりか、起床時刻や就眠時刻も視覚的に評価できるので生活指導の際に有用な資料となる(図1)。また、一般人を対象とした廉価版モデルも発売されており、セルフモニタリングを支援する道具として利用可能である。
 
4. 身体活動に有利な環境への改善
 体を動かすようにするためには、家庭での環境整備も必要である。例えば、テレビの前にソファーがあり、サイドテーブルにスナック菓子や清涼飲料水が置いてあれば、横になってお菓子を食べながらテレビを見る時間が増えてしまうのは自明であろう。テレビの前のソファーを片づけ、お菓子の買い置きをしない等の環境整備が大切である。更に、積極的に体を動かす為に、ウォーキングシューズや縄跳びなどを意識的に目に付くところに置いておくのも一つの方法である。学童の家庭における生活の多くは、家族によって規定される。このため、家庭内の生活環境を整備する為には家族の協力が不可欠である。表1に、当院で使用している学童の身体活動を高めるために保護者にご協力いただいている項目を示す。







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