日本財団 図書館


●キーノート・レクチャー
高齢者のめまい
 
Vertigo in Elderly Persons
 
中西和仁
Kazuhito NAKANISHI
 
中西医院 Nakanishi Clinic
 
Abstract
 Features of vertigo, which occurs frequently in elderly persons, are described below. In this communication, the definition, symptoms, and classification (central and peripheral types) of vertigo are provided. In addition, the causes and symptoms of vertigo in cases representative of individual types are reported.
1. The frequency of complaints by elderly persons of vertigo and disequilibrium is increasing every year. The causes of such symptoms are cerebrovascular disorders, atrophy of the brain, and degeneration of the vertebral column (particularly degeneration of the cervical vertebra).
2. Central vertigo occurs more frequently in elderly persons than does peripheral vertigo. Since central vertigo is often "an alarm" warning of a threat to life, it should not be ignored thoughtlessly.
3. Among the several kinds of peripheral vertigo, benign paroxysmal positional vertigo occurs most often in elderly persons.
4. The severity of vertigo is not necessarily proportional to the probability of death. When diagnosing "dangerous vertigo," namely central vertigo, a physician should be cautious in detecting signs reflecting disorders of the central nervous system.
5. The function of the central nervous system is generally decreased in the elderly, and central compensating activity to restore equilibrium is slow in elderly persons. Vertigo and disequilibrium tend to persist and are not quickly alleviated in elderly persons.
 
Key Words : Vertigo, Elderly, Equilibrium
  めまい、高齢者、平衡機能
 
●代表者連絡先: 〒610-0117 京都府城陽市枇杷庄鹿背田80−2井上ビル
  中西医院 中西 和仁
  TEL 0774−52−3833 FAX 0774−54−2319
 
1. めまいの定義
 日常行動において、常に以下の反射が働いている。
1)起立姿勢の安定さを保つ立ち直り反射
2)静的ならびに動的な姿勢の構成を助ける構え反射
3)運動をスムーズに遂行させる運動反射
 これらの反射を平衡反射と呼び、その仕組みを平衡機能という(図1)。具体的には、筋肉・関節の深部感覚と足蹠の皮膚感覚はその位置や安定の状態を、前庭迷路は重力の方向や頭の動きを、目は前方をみつめることにより目の動きを調節して外界の状況を把握している。そして、これらの情報は脳幹平衡中枢に集められ、統合、制御され、反射的に身体の平衡を調節する仕組みになっている。
 この仕組みに何らかの異常(過剰)な刺激が加わったり障害が起こると、中枢である脳は通常どおりに情報を処理することができず、混乱が生じて平衡のバランスが崩れる。この状態をめまいという。原因としては、炎症、循環障害、腫瘍、中毒、外傷、変性疾患などがある。
 
2. めまいの症状
 めまいといってもその症状は多様であるが、おおよそ次の四種類に大別できる。
1)回転性めまい:自分、または周囲が回る感じがする(回転感)や、窓や壁が流れたり傾いて見えるなどと表現される
2)動揺性めまい:ふらふらする、身体が揺れる(動揺感)、雲の上を歩いている(浮動感)などと訴える
3)その他:頭がふわっとする、眼の前が暗くなる、数秒間気が遠くなるなどと訴える
4)平衡障害:つまずいたり転んだりする、まっすぐ歩けないなどと訴える
 
3. めまいの分類(表1)
 めまいの原因となる障害場所により、末梢性めまいと中枢性めまいに分けられる。前者は内耳性めまいであり、後者の多くは脳幹や小脳などの平衡中枢の障害によるめまいである。
 
 
(拡大画像:70KB)
図1 平衡機能のしくみ
 
 
 
表1 めまいの分類
1)中枢性めまい
 A. 椎骨脳底動脈循環不全
 B. 小脳・脳幹出血
 C. 小脳・脳幹梗塞
 D. 悪性発作性頭位めまい症
 E. 脊髄小脳変性症
 F. 脳腫瘍
2)末梢性めまい
 A. 良性発作性頭位めまい症
 B. メニエール病
 C. 前庭神経炎
 D. 内耳炎
 E. 突発性難聴
 F. 聴神経腫瘍
 G. ハント症候群
3)血圧異常によるめまい
4)頸性めまい
5)薬物によるめまい
 
 
1)中枢性めまい
 高血圧、高脂血症、糖尿病など動脈硬化の危険因子をもつ高齢者では脳卒中や一過性脳虚血発作をおこしやすくなる。この際、脳のどの場所に障害が起こるかによってめまいは異なるが、平衡中枢である脳幹や小脳、あるいはこれらと密接に関連する場所の障害では多様なめまいが出現する。そして、このめまいは生命の危険を知らせる“警告サイン”である場合が多い。また、同時に運動麻痺、感覚異常、言語障害などの多くの中枢神経症状を伴うことが特徴である。
A. 椎骨脳底動脈循環不全
原因:一過性脳虚血発作の一種であり、椎骨動脈系の血流量の一過性減少が原因と考えられている。
症状:椎骨脳底動脈は後頭葉、視床、脳幹、小脳といった中枢神経系に血液を送っているので、この動脈系の血流減少により次の症状が出現する。
 めまいは首を回したり、過伸展したり、身体の位置を変えた時におこることが多く、その性質は回転性が最も多く、他に浮動性、眼前暗黒感もみられる。めまいと同時に視覚障害(霧視、動揺視、複視)、意識障害(気が遠くなる、短時間の意識消失)、悪心、嘔吐、えん下障害、口の回りのしびれ、上肢のしびれ、四肢末端の知覚障害などを伴う。発作の多くは数分から1時間以内、長くとも24時間以内に消失する。しかし発作を繰り返して脳梗塞に移行する場合がある。
 高齢者では高血圧症、高脂血症、糖尿病等と合併しておこることが多い。
B. 小脳・脳幹出血
原因:高血圧性の出血が最も多い。
症状:激しい回転性めまいと後頭部痛、嘔吐が出現する。
 初期には、意識は比較的保たれ四肢の麻痺がないが、激しいめまいのため歩行不能となる。出血巣が大きく広がると生命の中枢である脳幹部が圧迫され、意識がなくなる。
C. 小脳・脳幹梗塞
原因:小脳・脳幹に血液を送っている椎骨脳底動脈や小脳動脈の血管の一部がつまることによる。
症状:めまいを訴えることが最も多い。他には半身や顔面の知覚障害、えん下障害、嗄声、味覚の異常、複視、思い通りの運動ができない、半身麻痺などの症状の内、いくつかの症状が同時に出現する。これらの症状は急激に出現し、回復には時間を要する。
D. 悪性発作性頭位めまい
原因:小脳の腫瘍や血管障害などによる。
症状:発作性頭位めまいのひとつであるが、内耳の障害による良性のものとは異なる次のような特徴がある。ある頭位をとると突然回転性めまいが起こるが、他に吐き気、嘔吐、頭重感や頭痛を伴う。
(1)間欠期に症状は見られない
(2)頭を前屈した強制頭位をとる
(3)めまいの出現に潜時がなく、慣れの現象が少ない
E. 脊髄小脳変性症
原因:小脳、及びこれに関連する神経路の変性を主体とする原因不明の病気である。
症状:進行性、持続性の運動失調が主症状である。難聴、耳鳴りはみられない。
F. 脳腫瘍
症状:軽い動揺感、失神感である場合が多く、激しい回転性めまいはむしろ例外といえる。めまい以外のいろいろな中枢神経症状が出現し、仮にめまい感があっても愁訴の中心とはなりがたい特徴がある。
2)末梢性めまい
 内耳には回転運動を感じ取る三半規管、直線加速度や重力を感じ取る前庭(耳石器)、そして音波をキャッチする蝸牛があり、これらはリンパ液で満たされている。そして、半規管や前庭には前庭神経が、蝸牛には蝸牛神経が分布している(図2)。何らかの障害がこれらの場所に単独、あるいは重複して加わるといわゆる末梢性めまいが出現する。
A. 良性発作性頭位めまい症
原因:耳石器の障害が原因とされているが、なお不明の点が多い。中高年に多く近年増加傾向にある(竹森、ほか 1984)。
症状:ある頭位をとると、突然回転性あるいは動揺性のめまいが起こるのが特徴である。この際、めまいは数秒の潜伏時間をおいて出現し、同じ頭位をとっていると間もなくめまいが消失する(疲労現象)。
 また、めまいをおこす頭位を繰り返していると次第にめまいがおこらなくなる(慣れの現象)。しかし、耳鳴りや難聴を伴わず、直接関連する脳神経症状を認めないのが特徴である。高齢者では、高血圧症、高脂血症を合併しているときによくみられる。
B. メニエール病
原因:内耳のリンパ液の流れに原因不明の障害がおこり、水ぶくれ状態(内リンパ水腫)が生じるためといわれている。
症状:回転性めまい、耳鳴り、難聴(三主微)が発作的に繰り返して起こるのが特徴である。めまいの発作は十数分から数時間続く。めまい発作とともに耳鳴りと難聴も反復、消長する。通常、耳鳴りは低音であり、難聴も中・低音部の障害を示すことが多い。他には耳閉感や強い音に対する過敏性、吐き気、嘔吐などの自律神経症状を伴うことがある。しかし他の脳神経症状は伴わない。
 高齢者では悪化した聴力の回復が遅れたり、めまい発作後のふらふら感が残りやすい傾向がある(池田、渡辺、1995)。
 精神的ストレス、肉体的疲労や睡眠不足などが誘因となるので、日常の自己管理が大切である。
C. 前庭神経炎
原因:不明である。しかし、めまい出現以前に上気道炎(風邪)にかかっていることが多い。
症状:突然強い回転性めまいが数時間続くのが特徴である。通常めまいの大発作は1回であり、激しい時は吐き気、嘔吐を伴う。この回転性めまいは数日でおさまるが、数週間から数ヶ月にわたり不快な頭重感とともに、体動時あるいは歩行時にふらつきが残る。しかしメニエール病とは異なり、耳鳴りや難聴を伴わないのが特徴である。
D. 内耳炎
原因:中耳炎、髄膜炎、血行性により感染する場合がある。
 後二者の場合は原因となる病気が重篤であるため後になって気づくことが多い。中耳炎より内耳への感染は半規管、アブミ骨輪状靭帯、正円窓膜経路でおこる(図2)。従って中耳炎の既往、慢性中耳炎(真珠腫性中耳炎)の有無、中耳手術の既往についてチェックが必要である。慢性中耳炎は鼓膜に穿孔があって、難聴と耳漏を伴うのが特徴である。特に真珠腫性中耳炎(悪臭が強い耳漏を伴う)では真珠腫が周囲の骨を破壊しながら次第に大きくなるため、内耳炎などの合併症をおこしやすく緊急手術が必要となる。
症状:難聴と耳漏があり、場合によっては聾となることもある。めまいは最初、体動時や頭を動かした時に感じるが、症状の進行とともに激しくなる。吐き気、嘔吐、冷や汗などの自律神経症状を伴う。頭痛や発熱が強くなった場合には頭蓋内合併症の前兆であるので注意が必要である。
E. 突発性難聴
原因:不明である。
症状:突然、高度の難聴と耳鳴りが出現する。一側性の場合が多いが両側性のこともある。難聴の発生と同時、または前後してめまいを伴うことがある(約40%)がめまい発作を繰り返すことはない。最初めまいは回転性が多いが、その後しばらくは動揺感や浮動感が続き、やがて消失する。他の関連する脳神経症状を伴わない。
 
 
(拡大画像:66KB)
図2 耳のはたらき
 
 
F. 聴神経腫瘍
原因:内耳道内の主として前庭神経のシュワン細胞から発生する良性腫瘍(神経鞘腫)である。
症状:最初は一側性の難聴、耳鳴り、耳閉感とめまいから始まる。めまいは多くの場合、浮動性かあるいは急に身体を動かした時の一過性の不安定感である。回転性めまい発作は少ない。腫瘍が増大し、内耳孔より後頭蓋窩に進展すると小脳や脳幹を圧迫し、それぞれに関連する中枢神経症状を示すようになる。例えば三叉神経痛、顔面神経麻痺、頭痛、嘔吐、歩行障害などである。
G. ハント症候群
原因:帯状疱疹ウイルスの感染による。
症状:第7(顔面)、第8(内耳)神経がおかされ、(1)耳介、外耳道、及びその周辺、もしくは軟口蓋の疼痛と帯状疱疹、(2)難聴、耳鳴り、めまい、(3)顔面神経麻痺 が出現する。めまいの性質は回転性で次第に軽快することが多い。
3)血圧異常によるめまい
原因:急に一過性の血圧変動が大きい時におこり、主に椎骨脳底動脈系の循環障害によることが多い。高齢者では低血圧症よりも高血圧症が原因となることが多い。
症状:起床時、頭位変換時にふらっとする動揺感や回転感を訴え、その持続時間は数分である。他に、肩こり、耳鳴り、頭重感、逆上感を伴うことが多い。難聴は伴わないことが多い。めまい発症とともに血圧は上昇することが多い。
4)頸性めまい
原因:頸部の骨・筋・靭帯及び椎骨動脈あるいは椎骨動脈周囲の交感神経線維の異常によるとされている。しかし、これらの原因のいくつかが重なる場合も多い。
症状:頸部の回転や伸展によって各種のめまいがおこる。しかも、めまいは頸部の運動により反復性におこり、頸部の運動を続けるとめまいは次第に弱くなるのが特徴である。他に頭痛、項部痛、吐き気、冷や汗などを訴える。
5)薬物によるめまい
 大多数は医源性のものである。抗てんかん薬、向精神薬、心血管薬、鎮痛薬、抗生物質、糖尿病薬、抗ヒスタミン薬など、めまいを起こす薬物は数多い。高齢者では何らかの治療、投薬を受けている場合が多いので、内服薬の有無、種類について十分な問診が重要である。
 
●参考文献
1)竹森節子ほか:高齢者におけるめまい・平衡障害、Equilibrium Res., 43 : 292-298, 1984.
2)池田元久ほか:高齢者のメニエール病、日耳鼻、98 : 380-390, 1995







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION