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5. 目標設定と達成度の白己評価
 表2に、1997年に米国疾病予防センターが報告した青少年の身体活動に関する目標値を示す6)。我が国にはこの様な具体的な目標値は存在しないことから、我が国でも早急にこの種の若年者に対する身体活動指標が検討される必要がある16)。我々は、肥満学童に対する身体活動の目標設定のために、生活習慣チェックリストや、「子どものための運動のめやす」(図2)を用いている。チェックリストの内容は、内田らが報告したものを一部改変し、日常生活における7つの目標(食習慣関連5項目、身体活動関連2項目)について自己評価を行う。身体活動性については、「座りがちな生活習慣の是正」を第1の目標としており、家族内における対象児の評価向上と、健全に自我が確立されることを期待して、「体を使った手伝い」を第2の目標に組み入れている。チェックリストを利用した、学童における認知行動療法の有効率は、男児で約70%、女児で約50%であり、従来からの食事運動療法よりも有効率が高い17)。表3に、外来患者が記載した生活習慣チェックリストの1例を示す。
 
 
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図1 ライフコーダで記録した身体活動の日別トレンドグラフ
 
 
表1 座りがちな生活習慣から脱却させるには(保護者用)
1. テレビの視聴や、テレビゲームを長時間させないようにしましょう。
2. 運動が規則的にできるように環境を整えましょう。 (運動クラブ・ボーイスカウト・バレエ教室などへの参加)
3. 無料で利用できるスポーツ施設を積極的に利用しましょう。 (区立体育館、地域スポーツセンターなどの利用)
4. 家族ぐるみで屋外へ出かける機会を増やしましょう。
5. 近くに出かける時には歩かせましょう。
6. 受験勉強に偏重した価値観を是正しましょう。
都立広尾病院生活習慣外来
 
 
表2 こども・青年の身体活動の目標(米国疾病予防センター1997年)
1) 肥満者の頻度を、20歳以上で20%以下に、12〜19歳では15%以下まで減少させる。
2) できれば毎日、30分/回以上、中等度の強度の身体活動を行う6歳以上の小児・若年者の割合を30%まで増加させる。
3) 心肺機能の発達や維持に必要な高強度の身体活動を、週3回以上、20分/回以上行っている、18歳以上の割合を20%以上に、6〜17歳では75%以上まで増加させる。
4) 余暇に体を動かさない、6歳以上の小児・若年者を15%以下まで減少させる。
5) 筋力、筋持久力、柔軟性を高める身体活動を、定期的に行っている、6歳以上の小児・若年者の割合を40%以上に増加させる。
6) 12歳以上の肥満者のうち、適正体重へ到達するための定期的な身体活動と健康的な食生活を実践している者を50%以上にする。
7) 毎日の学校体育に参加する者の割合を50%まで増加させる。
8) 学校体育の時間の中で、子ども達が体を動かしている時間を50%以上にして、生涯にわたる活動的な生活につながるようにする。
9) 地域におけるフィットネス施設を利用しやすくする。
10) 運動の頻度、時間、タイプ、強度について、指導や助言を行う一次相談員の割合を50%以上増加させる。
 
 
 図2に示した「子どものための運動のめやす」は、Fraryらの「The Kid's Activity Pyramid」18)を参考にして、日本の学童の実状に合わせて著者らが作成したものである。4層からなる富士山の最下層は、毎日行うべき目標を配置し、2層目は3日に1回程度行うべき運動として、有酸素運動や球技を、3層目は1週間に1回程度は行うべき運動として、レジスタンス運動や体を使うレジャーを配置している。そして最上層には、制限すべき生活習慣として、テレビ・ビデオ鑑賞やテレビゲームを配置している。運動を続けさせるためには、自分で目標を決めることが大切である。人間は自分で決めたことは守ろうとする性質があるからである。対象学童が、自ら自分自身の身体活動目標を立てることができるように、各層を空欄にした「自分の運動のめやすをつくろう」(図3)も生活指導に応用している。
 厚生労働省(旧厚生省)が策定した健康日本21では、健康の3本柱として食事・運動・休息を掲げている19)。現代の我が国の学童の生活は多忙であり、日本の子ども達の睡眠時間が諸外国と比較して短いこと、学習塾や受験勉強の為に集団で遊ぶ時間の確保が困難であることが指摘されている。学童にも適度な休息は必要であり、我々は「子どものための運動のめやす」と対応する形で「子どものための休息のめやす」(図4)も作成して無理のない生活習慣を獲得できるように指導している。
 
6. 意識改革
 成人を対象とした研究によれば、体を動かすことは他の健康行動に良い影響を及ぼすことが知られている20)。定期的な身体活動を行っている者は、食行動が適切な者が多く、喫煙をしない傾向にあり、摂取アルコールの量も少ないという。従って、学童に対して必要な身体活動性を確保させるように支援してゆくことは、人間誰もが持っている「健やかでありたい」という気持ちを目覚めさせ、自分を大切にして、子ども達の社会の一員として豊に生きてゆくといった意識改革の効用も期待できる。
 
 
表3 生活習慣改善チェックリストの1例
チェックした日 7/27 28 29 30 31 8/1 2 総計 3 4 5 6 7 8 9 総計
朝ご飯を食べる × 6 7
おかわりをしない 7 × 6
おやつの量を守る × 6 7
夕食の量を守る × 6 × 6
夜食は食べない 7 7
TVは1時間以内 × × 5 × × 5
家の手伝いをする × × × 4 × 6
6 7 5 6 5 5 7 41 7 5 7 5 6 7 7 44
 
 
図2 子どものための運動のめやす
都立広尾病院生活習慣外来
 
 
図3 自分の運動のめやすを作ろう
都立広尾病院生活習慣外来
 
 
図4 子どものための休息のめやす
都立広尾病院生活習慣外来
 
 
表4 小児の身体活動を増進するために小児科医・教育者・地域社会が行うべきこと
1. 現行の運動指導内容の再評価
2. 小児にとって適切な身体活動目標の設定
3. 良質な学校体育教育カリキュラムの作成と実行
4. 安全で楽しく身体活動ができるための環境整備
5. 子ども達への地域のスポーツ施設の開放
6. 小児専門の運動指導者の養成とスキルアップ
7. 専門外来の開設(保険診療として認知)
8. 身体活動と健康に関する健康教育の充実
 
まとめ
 小児に対する、身体活動維持・増進の重要性と具体的な指導法について解説した。現代社会では、子ども達が、適切な身体活動を伴う集団遊びを行うことが難しくなってきている。身体活動の維持増進は、肥満学童ばかりでなく、すべての子ども達の健全な発育や健康にとって極めて大切であり、次代を担う子ども達が、豊かな人生を送れるようにするには、子ども達に関わる全ての大人達が、子ども達の身体活動が減少している事実に対してもっと関心を深め、子ども達が体を動かせる環境を整えるように努力する必要がある。表4に、我々が行うべき項目を列記し、皆様方のご協力をお願いして稿を終えたい。
 
●参考文献
1)文部科学省:平成12年度学校保健統計調査報告書, 財務省印刷局, 東京, 2001.
2)Berenson GS, Srinivasan SR, Bao W, et al.: Association between multiple cardiovascular risk factors and atherosclerosis in children and young adults. N Eng J Med 338 : 1650-1656, 1998.
3)Klish WJ: Childhood obesity: Pathophysiology and treatment. Acta Paediatr Jpn 37: 1-6, 1995.
4)日本学校保健会:平成10年度児童生徒の健康状態サーベイランス事業報告書, 東京, 2000.
5)大国真彦, 浅井利夫, 天野 曄, 他:子ども達がテレビ等の視聴, ファミコン等で遊んでいる実態と肥満との関係調査成績, 日児誌99:1700-1703, 1995.
6)CDC Guidelines for School and Community Programs to Promote Lifelong Physical Activity Among Young People, Web site : www.phppo.cdc.gov/cdcrecom-mends/
7)澤口俊之:幼児教育と脳, 文春新書, p.13-41, 文藝春秋社, 東京, 1999.
8)山之内国男:生活習慣病の改善 日本臨床スポーツ医学会誌11(1):25-31, 2003.
9)Debra G: Physical Activity and Prevention of Obesity in Childhood, Edited by Krasnegor NA, Grave GD, Kretchmer N, Childhood Obesity: A biobehavioral perspective, p121-142, The Telford Press, Ltd., Caldwe11, New Jersey, 1988.
10)Wadden TA:The Treatment of Obesity An Overview, Stunkard AJ, Wadden TA, Obesity Theory and Therapy, p197-217, Raven Press, Inc., New York, 1993.
11)Laforge RG, Velicer WF, Richmound RL, et al.: State distribution for five health behaviors in United States and Australia. Preventive Medicine 28: 61-74, 1999.
12)笠原悦夫:トレッドミル運動負荷による簡便な心肺機能検査の有用性に関する検討−第1編 小児肥満児の体力評価−, 日児誌101(1), 8-17, 1997.
13)原 光彦:各種疾患・障害に対する運動療法・運動処方の実践 肥満児, 井上一,武藤芳照, 福田潤編, 改訂第3版 運動療法ガイド, p193-204, 日本医事新報社, 東京, 2000.
14)松本裕史:自己決定理論に基づく運動の動機づけ研究, 平成13年度日本体育協会スポーツ医・科学研究報告No.V 生涯スポーツの振興方策に関する調査報告, p64-70, 財団法人日本体育協会, 東京, 2002.
15)Sallis JE, Buono MJ, Micale FG, et al.: Seven-day recall and other physical activity self-reports in children and adolescents. Medicine Science & Sports Exercise 25 (1), 99-108, 1993.
16)村田光範:小児の運動処方ピラミッド, 小児科臨床55 増刊号:1387-1392, 2002.
17)朝山光太郎:小児肥満と外来治療管理, 小児科41:1630-1637, 2000.
18)Fray C, Johnson RK: Physical activity for children: What are the US recommendations? Nutrition Bulletin 25, 329-334, 2000.
19)2000生活習慣病のしおり, 健康日本21, p8-9, 生活習慣病予防研究会編, 社会保険出版社, 東京, 2000.
20)Shephard RJ: Exercise and lifestyle change. British J of Sports Medicine 23, 11-22, 1989.







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