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●資料
2000年シドニーパラリンピック競技大会における日本選手団本部医療班トレーナー活動報告
 
Report on Activity of Medical Trainers in the Headquarters of Japanese Participants in the Sydney 2000 Paralympic Games
半田 秀一a 木村 貞治b 児玉 雄二c
Shuichi HANDAa Teiji KIMURAb Yuji KODAMAc
 
a 北御牧村温泉診療所リハビリテーションセンター
b 信州大学医学部保健学科
c 武石村診療所
a Kitamimaki-Village Onsen Clinic Rehabilitation Center
b School of Health Sciences, Shinshu University
c Takeshi-Village Clinic
 
Abstract
As medical trainers, we accompanied Japanese players who participated in the Paralympic Games in Sydney. Australia, and examined features of the disorders that occurred in Japanese players during the games. One year after the games, we determined changes in the disorders. During the games, we treated acute injuries under the direction of physicians. In addition, we treated players with various combinations of cryotherapy, thermotherapy, application of electrical current, ultrasonic therapy, stretching, massage and taping. The effects of these treatments were evaluated by comparing symptoms before and after treatment as expressed by the face scale ( 0 〜10).
Visiting the training room were 145 players; of these 36 were treated for pain (including one with dislocation of the hip joint a fall in an indoor shower in the player's village) and 109 were treated for exhaustion. As to the effect of treatments, mean intensities of pain were 7.67±1.9 and 5.92±2.0 on the face scale before and after treatment, respectively. The difference of 1.8±1.1 was significant. Mean magnitudes of exhaustion were 6.29±2.1 and 3.63±1.7 on the face scale before and after treatment, respectively. The difference of 2.7±1.3 was also significant. Thus, our treatments significantly ameliorated both pain and exhaustion.
One year after the games, a questionnaire was sent to players who had visited the trainer room to determine if there had been changes in symptoms during the 1-year period. In response to the questionnaire, 61% answered that their symptoms had persisted until the time of the survey or that they could not give an unequivocal answer. This result suggests the need for long-term support for such players.
 
●代表者連絡先: 〒389−0402 長野県北佐久郡北御牧村大字布下6−1
  北御牧村温泉診療所リハビリテーションセンター 半田 秀一
  TEL 0268−61−6002 FAX 0268−61−6004 E−mail cce39980@nyc.odn.ne.jp
 
Key Words : Sydney Paralympic Games, Features of Injuries, Trainer Activity
  シドニーパラリンピック競技大会、傷害特性、トレーナー活動
 
1. はじめに
 近年、各都道府県の理学療法士会では、各種スポーツ大会に対するスポーツ理学療法のサポート体制を整備してきている。特に、長野県では、長野オリンピック・パラリンピック競技大会の選手村総合診療所理学療法室での活動を契機に、スポーツサポート特別委員会が発足し、その後も県内の国体選手のトレーナーサポートを中心として活動を継続してきている。
 この度、筆者は、日本障害者スポーツ協会からの依頼で、2000年10月14日から29日にわたり、シドニーパラリンピック競技大会において、パラリンピックとしては初めて本部医務班のトレーナーとして活動を行った。
 また、大会後の症状の変化を把握する目的で、大会時にトレーナー室を利用した選手を対象として、パラリンピックの1年後にアンケート調査(以下、アンケート)を実施した。
 そこで、パラリンピック期間中の傷害特性と、パラリンピック1年後における傷害の経時的変化、そして、トレーナー活動に対する選手の評価等について報告する。
 
2. 大会の概要
 パラリンピック東京大会報告書1)によれば、「パラリンピックは通称「障害者五輪」などといわれているが、これはパラプレジア(Paraplegia)のパラとオリンピック(Olympic)のリンピックを組み合わせて、パラリンピックと綴ったものである。このパラリンピックという言葉は、日本で初めてうちだされた愛称である。」2)と記されている。
 2000年シドニーパラリンピック競技大会における参加国125カ国・地域で、参加者数は、選手3925名、役員2356名の合計6281名であった。実施競技は、18競技【アーチェリー、陸上競技、バスケットボール(車椅子・ID<知的>)、自転車、乗馬、フェンシング、テニス、柔道、パワーリフティング、セーリング、射撃、水泳、卓球、バレーボール、ボッチャ、サッカー、車椅子ラグビー、ゴールボール】であった。
 日本選手団の選手数は、151名で14競技(表1)に出場した。また、日本選手団役員組織は、図1の通りであった。
 
 
表1 競技別出場人数
  競技名 男性 女性 合計
  アーチェリー 4 4 8
  陸上競技 29 9 38
車椅子バスケットボール 12 12 24
IDバスケットボール 12 0 12
  自転車 5 0 5
  乗馬 3 0 3
  フェンシング 1 0 1
テニス 2 2 4
  柔道 5 0 5
  パワーリフティング 1 0 1
  セーリング 4 1 5
  射撃 3 0 3
水泳 12 1 13
  卓球 6 5 11
バレーボール 12 6 18
    111 40 151
[注]※専属トレーナーを帯同
 
表2 活動の手順
(1) 医師の診察(指示箋記入)
(痛みの訴えがなく、疲労の訴えのみの場合は、必要なし)
(2) トレーナー室受付(緊急を要しない場合は、予約表に記入)
(3) 評価(問診、触診、フェイススケールによる痛み・疲労度の評価)
(4) 治療の実施(物理療法、マッサージ、ストレッチング、テーピング、セルフケア指導等)
(5) 効果判定(問診、触診、フェイススケールによる痛み・疲労度の評価)
(6) 再診の予約(必要性があるとき)
(7) 記録の入力(日時、評価内容、治療内容などをコンピュータに入力)
 
図1 シドニーパラリンピック日本選手団役員組織
 
表3 物品機材
治療用ベッド 1台
超音波治療器 1台
直流通電治療器 1台
電気式ホットパック 2台
アイシング用品 一式
テーピング用品 一式
マッサージ用品 一式
変圧器等 一式
コンピュータ 1台
デジタルカメラ 1台
デジタルビデオカメラ 1台
 
 
3. 本部医務班トレーナーの活動内容および傷害の調査方法
 選手村本部医療班は、整形外科医2名、内科医1名、看護師3名、トレーナー1名で結成された。トレーナー活動は、8時から23時頃までで、基本的に予約制とした。
 急性外傷の処置および疼痛の緩和は、医師の指示に従い、疲労回復に関しては、医師と相談しながら、温熱療法、寒冷療法、直流通電療法、超音波療法、ストレッチング、マッサージ、テーピングを組み合わせて実施した(活動の手順(1)から(7)、表2)。また、トレーナーが使用した機材は表3の通りである。
 トレーナー活動前後の症状の変化に関しては、フェイススケール(図2)を用いて評価をした。アンケートは、トレーナーによる治療を受けた部位の現在状況を確認する目的で、パラリンピック終了から1年後(2001年11月1日から30日)、トレーナー室を利用した全選手40人に対して郵送にて質問紙法による評価をした。それと併せて、トレーナー活動に関する選手の評価について、競技結果について質問をした。
 
4. 結果
 選手村入村日から閉会式日までの16日間の活動実績は、利用者の実人数が男性32人、女性8人で年齢は平均34.0±8.6歳であった。トレーナーの競技別延べ利用件数はアーチェリー6人、陸上競技67人、車椅子バスケットボール7人、IDバスケットボール1人、自転車22人、フェンシング4人、柔道3人、パワーリフティング2人、セーリング6人、卓球27人であった。なお、※テニス、※水泳、※シッティングバレーボール、乗馬、射撃の利用者はいなかった(※チーム専属トレーナー有り)。延べ人数は、145人で疲労回復での対応が109人、疼痛緩和での対応が36人(選手村屋内シャワールームでの転倒による股関節脱臼1人含む)であった。
 
 
(拡大画像:13KB)
図2 フェイススケール(0〜10の11段階スケール)
 
 
表4 出場登録障害名
競技名 視覚障害 脳性マヒ 脊髄損傷 片大腿切断 片下腿切断 下肢機能障害 上肢機能障害 知的障害 ポリオ
アーチェリー           1      
陸上競技 5 6 5 2 1 1   1  
車椅子バスケット     1   1        
ID(知的)バスケット               1  
自転車 1 2              
フェンシング     1            
柔道 2                
パワーリフティング         1        
セーリング         1       1
卓球   1 1     2 2    
 
 
表5 疲労・疼痛の特徴
競技名 延べ利用人数 疲労人数 おもな疲労部位 疼痛人数 おもな疼痛部位
アーチェリー 6 6 背部 0  
陸上競技 67 51 頸・背・腰部 16 股・膝関節
車椅子バスケットボール 7 7 腰・上肢部 0  
IDバスケットボール 1 0   1 前腕部
自転車 22 19 腰・下肢部 3 膝関節
フェンシング 4 0   4 上肢部
柔道 3 1 下肢部 2 手指関節
パワーリフティング 2 1 肩部 1 肩関節
セーリング 6 5 腰・背・頸部 1 足関節
卓球 27 19 腰・背・頸部 8 膝関節
 
 
 表4に出場登録障害名、表5におもな疲労部位および疼痛部位について示した。1人あたりの平均利用回数は2.3回、平均対応時間は20分であった。疲労回復では、マッサージ・直流波・ストレッチングを組み合わせて行った。疼痛緩和では、超音波(非温熱)・直流波・ストレッチング・アイシング・テーピングを中心に行った。
 活動前後の症状の変化は、疲労に関しては、治療前が6.3±2.1(mean±SD)、治療後が3.6±1.7と治療後に平均2.7±1.3低下した(図3)。疼痛に関しては、治療前が7.7±1.9、治療後が5.9±2.0と治療後に平均1.8±1.1低下した(図4)。結果として、トレーナー室を利用した選手全員が、目標としていた競技会に出場することができた。
 
 
※ [注]対応のある場合のt検定 ※ p<0.001
図3 疲労フェイススケールの変化
 
 
※ [注]対応のある場合のt検定 ※ p<0.001
図4 疼痛フェイススケールの変化
 
 
 また、アンケート調査は、40人中、25人より回答が得られた(回収率62%)。
 その結果、トレーナー活動を受けた部位の現在の状況については、「現在は調子が良い」が39%、「どちらともいえない」が44%、「現在も調子が悪い」が17%であった(図5)。
 また、トレーナー活動に関する選手の評価については、図6に示すとおり回復(緩和)し競技力向上につながった。リラクゼーションできた。などの意見が多かった。競技結果については、図7に示した。
 
 
図5 トレーナー活動を受けた部位の現在の調子について
 
 
(拡大画像:34KB)
図6 トレーナー活動に関する選手の評価について
 
 
図7 競技結果について
 
 
5. 考察
 疲労、疼痛に対するトレーナー活動の結果は、治療後にどちらとも回復、緩和の変化が認められたことから、選手へのコンディショニングの一部を担う有用な活動であることが示された。
 各競技別の登録障害名と疲労・疼痛の特徴的な関係について、アーチェリー競技は、下肢機能障害により車椅子での移動と弓を引く競技特性が、背部への疲労に関連したと考えられる。陸上競技は、フィールド・トラック競技とも脳性マヒの選手が多く、筋の痙性と競技動作が、頸・背・腰部の疲労に関連したと考えられる。視覚障害の選手は、練習・競技のウォーミングアップ・クーリングダウンとして、パートナーストレッチングを希望する選手が多く、コンディショニングに対する意識の高さが感じられた。
 外傷に関しては、左大腿切断の選手が、選手村入村日に選手村自室の屋内シャワールームで滑って転倒し、右股関節脱臼を発症した。これは、急な環境の変化が転倒に関連したと考えられる。
 車椅子バスケットボール競技は、脊髄損傷による車椅子での移動と、車椅子を操作しながらボールコントロールを行うという競技特性が、腰部・上肢部への疲労に影響したと考えられる。
 自転車競技は、脳性マヒの選手が多く、筋の痙性と競技動作による疲労が、腰部・下肢部に集中したものと考えられる。
 フェンシング競技は、脊髄損傷による車椅子での移動と、車椅子を操作しながら剣コントロールを行うという競技特性が、剣保持のため上肢への関節痛に影響したものと考えられる。
 柔道競技は、視覚障害の選手で、組み手や受け身等の競技特性が、手指関節痛に関連したと考えられる。
 パワーリフティング競技は、片側下肢切断の選手で、リフティングによる肩関節の使い過ぎが、肩関節痛に影響したものと考えられる。
 セーリング競技は、片側下肢切断とポリオの選手で、座位にて船上のロープコントロールを行うという競技特性が、腰・背・頸部の疲労に関連したと考えられる。
 卓球競技は、下肢・上肢の機能障害の選手が多く、問診から、「競技会場の床にシートがひかれていたため、ターン時に急なストップがかかり過ぎた」という環境特性が膝関節痛に影響したものと考えられる。
 以上の結果より、今後の予防対策として、車椅子使用者は、日常生活上の移動と、競技による上半身の使い過ぎに対して、疲労を蓄積させないためのセルフケアを徹底すること、脳性マヒの選手には、パートナーストレッチングによって、関節可動域を確保すること、視覚障害の選手には、ウォーミングアップ・クーリングダウンのための安全な場所を確保すること、下肢切断の選手には、転倒予防のため、滑りやすい箇所を事前に点検し、注意を促すこと、そして、競技場の床面等の環境について事前に情報収集を行い練習と競技会の環境をできるだけ合わせていくことの重要性が示唆された。
 また、トレーナー活動は、残存機能の疲労回復への対応が圧倒的に多く、物理療法・ストレッチング、マッサージを組み合わせたコンディショニングが中心であった。特にマッサージの必要性を訴える意見が多かったことから、物理療法の前後にマッサージ(軽擦法)を全ての選手に施行した。1998年長野冬季パラリンピック選手村総合診療所での活動を報告した中土3)(診療所長)の報告においても「身障者である選手は、競技による残存機能への負担が多く、その維持と回復を目的とした理学療法を日常的に必要としている。」と述べている。中村4)は、「身障者スポーツの場合、身体機能的に選手自身がセルフストレッチを行えないケースが多く、疲労回復を目的としたマッサージヘのニーズは高い。」と述べている。また、木村5)は、「正しい運動様式で効率の良い運動学習を展開するためには、マッサージを含めた徒手療法を適切に実施することによって、軟部組織や関節構成体の基本的な機能の改善を図り、運動の準備状態を整えることが重要となる。」と述べている。
 これらの報告と今回の経験から、トレーナー活動の中で疲労回復に対する物理療法・マッサージ・ストレッチングは大きな割合を占めるため、手技の能力を高めていく必要があると思われる。
 また、アンケートの結果では、大会時にトレーナー活動を受けた部位の現在の状況については、「現在も調子が悪い」、「どちらともいえない」の合計が61%あり、継続的なサポートの必要性が示された。
 次に、トレーナー活動に関する選手の評価については、「競技力向上につながった」、「リラクゼーションできた」、「よく眠れるようになった」の合計が79%あり、大会時におけるトレーナー活動の有効性が示された。
 競技結果については、「納得のいく競技が行えなかった」、「自己新記録がだせなかった」の合計が58%もあった。本部医療班木村医師6)の報告では、「障害者スポーツは、当初医療的な機能獲得効果を主に考え、同じ程度のインペアメント(解剖学的障害)をもった者が競争し、勝利をおさめた者がリハビリテーションの成果が上がったとされた。しかし競技中心の評価に変わって以降は、ディスアビリティー(競技に必要な能力)を評価することに変わってきている。すなわち、同じ程度の能力をもつ者同士が競い合う方向に変換されつつある。」と記されている。このことからも、障害部位の状態を把握した上で残存能力の向上を図り、納得のいく競技が行えるように練習から大会までのサポート体制を整えることが今後のトレーナー活動の課題であると考えられる。
 
6. まとめ
 パラリンピックのトレーナー活動は、使い過ぎによる慢性的なスポーツ傷害が多かったため、疲労回復や疼痛の緩和を目的とした物理療法、徒手療法などのコンディショニングと、運動療法をスポーツ現場で実施していくとともに、選手自身の自己管理の方法を選手や監督、そしてコーチに分かりやすく伝えていくことが重要な課題となった。
 とくに、疼痛に関しては、競技中のコンタクトによる外傷は少なく、むしろ、選手を取り巻く物理的環境(選手村の屋内や競技会場の床面の状態等)に適合しきれないための外傷が多かったため、外傷を引き起こす可能性のある環境をいち早く発見して、予防への対策を講じていくことが重要であると示唆された。
 
●参考文献
1)(財)国際身体障害者スポーツ大会運営委員会:パラリンピック東京大会報告書, 1964
2)中村太郎:パラリンピックの歴史と課題バイオメカニクス研究, Vol.4 No.4, 254-261, 2000
3)中土幸男:長野冬季パラリンピック報告, J.Clinical Rehabil., 7 : 719-721, 1998
4)中村崇:スポーツ場面におけるマッサージ.身障者スポーツ, 理学療法, 19:419-424, 2002
5)木村貞治:マッサージの基礎, 理学療法19:381-388, 2002
6)木村哲彦:パラリンピック, 臨床スポーツ医学, 18:725-728, 2001







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