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●資料
福祉施設における摂食・嚥下障害の取り組みについて
 
Measures Taken in a Nursing Home to Cope with Difficulties Accompanying Ingestion and Swallowing Disturbances
三谷 健a 小松 泰喜b 大村 花織b 木村 貞治c
Takeshi MITANIa Taiki KOMATSUb Kaori OHMURAc Teiji KIMURAc
 
a 介護老人保健施設とよさと
b 東京厚生年金病院リハビリテーション科
c 信州大学医学部保健学科理学療法学科
a Toyosato facilities for health activities for the aged
b Department of Rehabilitation, Tokyo Kouseinenkin Hospital
c School of Health Sciences, Shinshu University
 
Abstract
Disorders of ingestion and swallowing are dangerous and may lead to potentially fatal conditions, such as aspiration pneumonia. Few nursing homes make an effort to cope with ingestion and swallowing disturbances, probably because of lack of personnel for rehabilitation and equipment for diagnosis and therapy. It is impossible at present therefore to raise the level of ADL of residents in nursing homes in Japan The purpose of this communication is to describe activities in our institution as an example of how physicians, nurses, care workers, speech therapists, and physical and occupational therapists are grappling with ingestion and swallowing disturbances in a nursing home. In addition, I will describe in detail the roles and functions of individual specialist groups in our institution in order to provide you with information that may be applicable to other institutions.
 
Key Words : Ingestion and Swallowing Disturbances, Nursing Home
  摂食・嚥下障害、福祉施設
 
●代表者連絡先: 〒314-0343 茨城県鹿島郡波崎町土合本町2−9809−20
  医療法人社団土合会併設介護老人保健施設とよさと 三谷 健
  TEL 0479−33−3630 FAX 0479−33−3661 E-mail:mitani@grape.plala.or.jp
 
1. はじめに
 高齢者における摂食・嚥下障害は、誤嚥性肺炎等により生命にかかわる重篤な疾病へつながるため、非常にリスクの高い障害である。また近年、医療機関において医師を中心とし、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士のリハビリテーションチームにより摂食・嚥下障害に対するアプローチが行われてきている。しかし、診療報酬改訂により医療機関での入院期間は短縮され、摂食・嚥下障害に対するアプローチが不十分なまま療養型病院への転院、福祉施設への入所になる例が多く見られるように変化してきている。しかし、介護老人保健施設、介護老人福祉施設などの施設では、リハビリテーション従事者の不足、評価・治療機器の不備により積極的なアプローチが行われていないのが現状である。
 そこで当施設の現状から福祉施設におけるアプローチについてリハビリテーション従事者を中心とした、摂食・嚥下障害に対する取り組みについて事例を介して紹介し、そのあり方について考察する。
 
2. 施設における摂食・嚥下障害に対する治療計画
 各職種の役割の概説とともに、図1にアプローチの流れを示す。
1)医師(以下、Dr)
 各職種による評価、アプローチ実施に当たり、医師の十分なリスク管理が必要である。特に(1)全身状態管理(2)リスク管理(3)評価(嚥下造影等)(4)治療方針の決定が主な役割と考えられている1)2)
2)看護師(以下、Ns)・介護福祉士(以下、CW)
 Ns、CWは最も長い時間利用者と接しているため、食事動作の日々の観察、障害の早期発見、スクリーニング評価を早期に実施することが重要な役割である。また、障害に対しての継続した観察と日常生活の中での摂食・嚥下障害に対する訓練を行う。具体的には(1)バイタルサインのチェック(血圧、脈拍等)(2)呼吸状態(息切れ、痰の量、色のチェック)(3)食事動作介助(摂食動作、嚥下介助)(4)口腔ケア(5)薬の投与(6)精神的サポート(7)摂食・嚥下訓練等であるとされる1)2)
 
 
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図1 当施設における摂食・嚥下障害に対する治療計画
 
 
3)言語聴覚士(以下ST)
 福祉施設に勤務しているSTは非常に少数だが、嚥下障害に対して食物等を使用する嚥下訓練、基礎訓練を施行するには口腔機能の専門である、STの介入が必要である。日々食事動作介助を行っているNs、CWに対して十分なリスク管理を踏まえた上での嚥下介助、訓練方法の徹底した指導を行い、日常生活の中での継続したアプローチを実施・指導をすることが重要である。特に(1)嚥下障害の評価(2)基礎的訓練(口唇、舌、喉頭の動きの改善)(3)食物を使った嚥下訓練(4)Ns、CWへの嚥下介助、訓練方法指導(5)高次脳機能障害へのアプローチが役割とされている3)4)
4)理学療法士(以下PT)
 PTの役割は摂食・嚥下障害に対して、直接的ではないが、福祉施設等の入所者は廃用性由来の機能低下も多く認められるために、身体機能、呼吸機能、基本動作、ADLと全般的な評価とアプローチを行うことにより間接的に摂食・嚥下障害に対しての訓練効果が期待でき、二次的合併症の予防へとつながる。特に(1)肺理学療法(呼吸訓練、排痰)の実施(2)運動療法(頸部・体幹・四肢可動域訓練、ストレッチング、筋力強化訓練、体力アップ)(3)基本動作訓練(座位、立位、歩行訓練)(4)姿勢改善等である5)。現状、福祉施設でのリハビリテーション従事者の多くはPTであるが、摂食・嚥下障害に対して介入できていないのが現状である。PTはNs、CWを中心に形成されるリハビリテーションチームにおいて身体機能、基本動作、ADLを十分に把握した上での摂食・嚥下障害への介入が必要である。
5)作業療法士(以下、OT)
 摂食障害の原因には、上肢、手指機能の低下、姿勢保持能力の低下、高次脳機能障害と様々な原因がある。介助者は「食べられない」、「食べこぼしが多い」などの訴えから介助するのでは、ADL低下を助長させてしまうため、摂食障害の原因を検索し、アプローチする必要がありOTの介入が望まれる。また、摂食障害は、自助具・食器などの工夫により改善する例も多く認められるために、上肢機能を考慮した適切な導入が必要である。特に、更衣、入浴などの食事動作以外のADL拡大を行うことにより、二次的な摂食・嚥下障害への効果も期待できる。
 以上まとめると、(1)上肢・手指機能訓練(2)高次脳機能障害へのアプローチ(3)環境へのアプローチ(姿勢、椅子・机の状態、明るさ、騒音)(4)食器・自助具の検討(5)ADL訓練である。
6)施設の現状
 当施設では、常勤PT1名、月2回の非常勤OTにより摂食・嚥下障害に対してのアプローチを実施していたが、月1回のSTの導入によりリハビリテーションチームとしてのアプローチが可能となり、STの指導のもとNs・CWによる基礎訓練の実施が開始された。また、摂食・嚥下障害をはじめとして、姿勢不良等に対しての問題意識が序々にではあるが高まり、ケアプラン(表1)でも問題点として挙げられるようになってきている。
 
3. 事例報告
事例1
71歳 男性 多発性脳梗塞
主訴:食事でのむせ込み、食事のこぼし量が多い。
既往歴:医療機関入院時に肺炎の既往歴あり。
現状:嚥下反射の減弱、軟口蓋をはじめとする構音嚥下器官の能力低下、上肢・手指の巧緻動作能力の低下、四肢、体幹の可動域制限による車椅子座位姿勢の不良、呼吸機能低下(混合性換気障害)が認められた。
実施内容:ST指導のもとNs、CWにより軟口蓋挙上訓練、舌のストレッチング(写真1)、食事方法として摂食スピードと一口量の調整、交互嚥下の促し、咳払いの促しを実施した。PTにより四肢、体幹の可動域訓練、呼吸筋ストレッチング、口すぼめ呼吸訓練、クッションを使用しての車椅子座位保持改善、OTにより上肢、手指巧緻動作訓練、オーバーテーブル・曲がりスプーンの導入を行った。
 
 
表1 施設サービス計画書
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経過:実施後5ヵ月では、嚥下に関しての著明な改善は認められないが、食事方法指導によるむせ込み回数の減少、口すぼめ呼吸、胸郭の可動域訓練により呼吸機能が改善(胸郭拡張差0.5cm拡大)し、喀出力が増強し実施後1度も肺炎所見は認められていない。また自助具の導入、上肢・手指機能訓練と車椅子座位姿勢改善により摂食動作の改善が認められ、食べこぼしの減少へとつながっている。
事例2
81歳 男性 脳梗塞(左片麻痺)
主訴:食事でのむせ込み、痰の量多く喀痰困難。
現状:胸部X線は異常所見なし。聴診において右上葉、中葉に断続性ラ音あり。嚥下反射出現しており、左側嚥下器官能力低下、左顔面神経麻痺による口唇からの唾液の流涎、呼吸筋、体幹筋の随意性低下により呼吸機能低下が認められた。
 
 
写真1 舌のストレッチング
 
 
実施内容:ST指導の下、口唇へのアイスマッサージ、食事中の咳払いの促し、食事中とろみゼリーを使用した。PTにより呼吸筋、体幹筋へのアプローチ、口すぼめ呼吸訓練、排痰の実施を行った。
経過:口唇の動きの改善は認められていないが、とろみゼリーを使用することにより咽頭への貯留物が除去可能であり、貯留物によるむせ込みの減少が認められた。また呼吸機能向上に伴い喀痰力も向上し、食事前に自己排痰可能となり、むせ込みの減少へとつながっている。
 
4. 今後の課題
 (1)医療機関での入院期間の短縮に伴い、福祉施設での摂食・嚥下訓練の重要性は高まってくる。しかし医療機関と比較すると、福祉施設職員の問題意識、知識の不足が認められるためにリハビリテーション従事者を含め、施設全体での知識の向上が必要である。
 (2)施設での摂食・嚥下障害に対してアプローチを行っていく上での環境整備、評価器具、介助器具等を充実させ、適切な評価、訓練が実施できるような体制作りが必要である。
 (3)Ns、CWによるチームアプローチ、食事動作状況の観察と訓練が非常に重要であることからNs、CWの観察の結果が簡潔に、そして日常での問題点が容易に理解可能な評価表の作成と、リハビリテーション各専門職による詳細な問題点が抽出可能であり、客観的に経過が把握できる評価表の作成が望まれる。
 
5. まとめ
 今回の事例では、STの直接的な訓練頻度が少ないこともあり、嚥下機能自体の問題は改善していないが、食事の工夫によりむせ込みの減少が認められた。また、呼吸機能訓練による喀痰能力の向上、姿勢調整、自助具の導入による摂食機能の向上が認められた。
 施設でのSTが非常勤の場合、嚥下機能に対する直接的な訓練効果を期待することは難しいが、STによる食事指導、PT、OTの介入により食事動作能力の向上、肺炎等のリスク軽減は十分に可能である。
 
●引用文献
1)矢守麻奈ほか:ステップ方式で学ぶ摂食・嚥下リハビリテーション, 日総研出版, pp.84-87, 2001
2)聖隷三方原病院嚥下チームほか:嚥下障害ポケットマニュアル, 医歯薬出版株式会社, p.45, 2002
3)鄭漢忠, 高律子, 上野尚雄:反復嚥下テストは施設入所高齢者の摂食・嚥下障害をスクリーニングできるのか?日本摂食・嚥下リハビリテーション学会誌, 3(1) : 29-33, 1999
4)小口和代, 才藤栄一, 水野雅康ほか:機能的嚥下障害スクリーニングテスト「反復唾液嚥下テスト」の検討(1)正常値の検討, リハビリテーション医学37(6) : 375-382, 2000
5)神津玲, 藤島一郎, 小島千枝子ほか:嚥下障害と呼吸管理 嚥下障害を合併する肺炎患者の臨床的特徴と嚥下リハビリテーションの成績, 日本呼吸管理学会誌, 9(3) : 293-298, 2000







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