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●資料
北御牧村における介護予防事業の軌跡
―健脚度測定の導入をめぐって―
 
History of Care Prevention Business in Kitamimaki-Village
―In Connection with Introduction of Assessment of the "Good Walker's Index" ―
小林 佳澄 横井 佳代 上岡 洋晴 岡田 真平
Kasumi KOBAYASHI Kayo YOKOI Hiroharu KAMIOKA Shinpei OKADA
 
身体教育医学研究所
Laboratory of Physical Education and Medicine
 
Abstract
In Japan, where the population is rapidly aging, it is considered important to positively intervene in the lives of independent elderly people to prevent their degenerating into a state whereby care by others is necessary for the activities of daily living. Such action is called "care prevention." Although various places in Japan have undertaken measures for care prevention, at times total failure has been the result.
The main goal of Kitamimaki-village in Nagano prefecture has been to "construct a system in the village so as to prevent elderly people from becoming bed-ridden or demented." In 2000, the village began a series of measures "to longitudinal comprehend the overall physical function of individual elderly people and to actively provide them with a care prevention program according to the need and health condition of each person comprehended as above". Three years have passed since the beginning of this effort.
We previously began to assess the "Good Walker's Index" for care prevention in Kitamimaki-village. In relation to this effort, in the present study we examined the difficulties in efficiently and effectively implementing this program.
We found that in order to realize the target of the village "to prevent elderly people from becoming bed-ridden or demented," priority should be given to directly appeal to elderly people, who are prone to remain indoors. To present a vivid and favorable impression of care prevention also was found to be necessary. For these purposes, we should accept the help of programs and activities in other institutions as an opportunity to distribute information on care prevention and continue to take measures for care prevention in collaboration with various groups and organizations.
 
●代表者連絡先: 〒389−0402 長野県北佐久郡北御牧村大字布下6−1
  身体教育医学研究所 小林佳澄
  TEL/FAX 0268−61−6148 E−mail:kobayashiks@mimaki.jp
 
Key Words : Good Walker's Index (kenkyakudo), Elderly, Care Prevention
  健脚度、高齢者、介護予防
 
1. はじめに
 高齢化が急速に進展するわが国において、介護の充実を図るとともに、自立した高齢者を要介護状態にさせないこと、つまり「介護予防」というより積極的な働きかけが重要視されている。この働きかけによって、高齢者自身のQOLの維持・向上、また家族等の負担軽減が期待でき、さらに医療費低減など地域社会の負担軽減にもつながっていくと考えられる。こうした介護予防を目的とした様々な取り組みは、全国各地で、試行錯誤しながら行われるようになった。
 長野県北御牧村は、2002(平成14)年2月現在で、人口5、730人、高齢化率25.3%で、高齢者1,449人のうち介護認定を受けた者は188人(全高齢者の13.0%)である。こうした現状を踏まえ、本村では「高齢者を寝たきり・痴呆にさせない地域づくり」を目指し、2000(平成12)年度より「高齢者の身体機能を包括的、経年的に把握し、それらをもとに、個々の健康状態やニーズに応じた介護予防プログラムの積極的な活用を促す取り組み」1)を始め、2002(平成14)年度で3年目を迎えた。
 本報告では、長野県北御牧村において介護予防事業の一環として始められた「健脚度測定」について、今後さらに効率的かつ効果的に事業を展開するための課題を検討した。
 
2. 地域の特性
 北御牧村は、南から北に流れて千曲川に注ぐ鹿曲川によって二分されており、東の御牧原台地、西の八重原台地と川沿地区で標高差最大300mの起伏に富む独特の地形の農山村である。2000(平成12)年2月現在で、村内在住の農業就業人口(販売農家)は1,095人(全就業者人口の36.3%)、そのうち65歳以上の者は634名(全農業就業人口の57.9%)で、農業従事者の高齢化も進んでいる。
 村は24の生活区に区分され、区単位での集会、公民館活動、また老人クラブ、地域福祉互助会など様々な活動が行われている。
 
3. 北御牧村における「健脚度測定」
(1)測定の運営
 「健脚度測定」は、村より介護予防事業委託を受けた身体教育医学研究所(社会福祉法人みまき福祉会)が主体となり、北御牧村、北御牧村保健指導員会、北御牧村高嶺クラブ(老人クラブ)、北御牧村民生児童委員協議会の協力のもと、運営している(図1)。
(2)測定実施状況
 測定実施状況については表1の通りである。測定対象である高齢者の多くが農業に従事しているため、農繁期を避けて、比較的参加しやすい時期に実施するよう配慮している。
 また、初年度は村内の比較的広い公民館等を会場に測定を実施したが、村民がより参加しやすいよう考慮し、2年目以降は各区公民館等に測定スタッフが出向いて測定を行った。
 最初の2年は、対象者を村内の65歳以上の高齢者としたが、2002(平成14)年度より、高嶺クラブ(老人クラブ)の全面協力を得るため、同クラブヘの加入年齢である60歳以上を対象に実施した。また、これらの対象者に対して、有線放送・みまきケーブルテレビを通じての周知、個人宛ダイレクトメール、また高嶺クラブ支部役員の協力を得ての回覧等による周知などを行った。
(3)測定項目
 測定は、保健指導員の協力のもと、運動指導者が中心となり、測定参加者への問診、血圧チェック等を行った上で以下の測定を実施した。
 
 
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図1 北御牧村における介護予防事業の取り組み
 
 
表1 測定実施状況
年度 時期(回数) 対象 男性(平均年齢) 女性(平均年齢) 合計(平均年齢) 測定率
2000年度 5−10月 65歳以上 295名 493名 788名 63.1%
(平成12) (全48回) 1,248名 (74.3歳) (74.9歳) (74.6歳)
2001年度 4−7月・2月 65歳以上 156名 306名 462名 36.2% 
(平成13) (全36回) 1,276名 (73.9歳) (75.8歳) (74.8歳)
2002年度 5−8月 60歳以上 132名 319名 451名 28.6% 
(平成14) (全34回) 1,577名 (73.0歳) (75.0歳) (74.0歳)
注)対象者には要介護認定者を含む
 
 
1)形態
 身長、体重を計測し、体格指数(BMI)を算出した。
2)移動能力
 移動能力の測定・評価には「健脚度測定」2)を用いた。「健脚度測定」とは「歩く:10m全力歩行」、「またぐ:最大1歩幅」、「昇って降りる:40cm踏台昇降」の測定項目によって構成される高齢者の移動能力指標である。これらの測定方法は信頼性、簡便性に優れ、日常の生活実感に根ざした内容である。
 「歩く:10m全力歩行」は、加速期2m、減速期2mを含む計14mの区間を全力で歩行した際、中間の10mに要する時間を測定し、評価を行った。10m全力歩行ができない会場では、5m全力歩行(加速期2m、減速期2mの計9m)を実施した。
 「またぐ:最大1歩幅」は、両脚をそろえた状態から最も大きく片方の脚を踏み出した後、前脚支持で後脚をそろえる動作が完了できる最大の歩幅を、各支持脚について測定し評価した。「昇って降りる:40cm踏台昇降」は、40cmあるいは必要に応じて20cmの台の昇り降りについて、そのできばえを5段階で評価した。
 各項目とも、1回もしくは、高齢者が測定方法を十分理解できるまで練習した後、測定を実施した。
3)バランス能力測定
 バランス能力の測定・評価には、つぎ足歩行を用いた。「バランスよく歩く:つぎ足歩行」は、一直線上で片足のつま先に反対足のかかとをつけることを繰り返して前方に進むもので、この歩き方が連続して何歩できたかを評価した。評価にあたり、1回もしくは、高齢者が測定方法を十分理解できるまで練習した後、測定を実施した。
4)日常生活活動状況の聞き取り調査
 日常生活活動状況を把握するため、運動習慣、転倒頻度について聞き取り調査を行った。
5)精神・心理面の聞き取り調査
 精神・心理面の状況を把握するために、主観的幸福度、転倒恐怖感を中心に聞き取り調査を実施した。
(4)「健脚度測定」の流れ
 半日単位で、各地区の公民館を会場に約15名(会場により10〜25名)を対象として表2のスケジュールで「健脚度測定」を実施した。
 測定終了後には、参加者に対し、運動指導者が日常生活での運動の必要性について伝えながら、クーリングダウンも含め、「正しい歩き方」「ストレッチング(筋伸ばし体操)」「筋力増強運動」の実技指導を行った。その一方で、他のスタッフが測定結果の返却資料を作成した。
 事後指導は、茶話会を行いながら、運動指導者、栄養士が、測定結果の説明を行った。具体的には、参加者一人一人に対して、測定結果の評価に基づき、個々の身体状態に応じた介護予防プログラムを提示し、その積極的な活用を促した。また水分補給、食事についての指導も行った。このほか、より健康な生活を送るために、村が行っているサービス等の情報を提供した。
 また、必要に応じて随時個別相談を行った。特に、個人の経年的変化や評価に基づいて、今後継続した関わりが必要な参加者に対しては、整形外科およびリハビリテーションの受診、プール利用等を促した。
(5)「健脚度」ソフトの開発
 測定結果の返却資料は、「健脚度測定個人評価・データ管理プログラム」を用いて作成した。このソフトは、地域高齢者の健脚度データを蓄積し、個々人の経年的変化を把握することで、より適切な介護予防の働きかけをすることを目的に開発し、今年度より導入した。パソコンで参加者の測定値を入力すると、その場で測定結果および評価がプリントアウトされる仕組みになっている(図2)。このソフトの導入によって事業の効率化が図られ、測定後すぐに参加者にとってよりわかりやすい結果返却が可能になった。
*このソフトは2002年度日本財団助成事業「ケアポートを核とした元気むらづくり事業」の一部を受けて開発した。
 
 
表2 健脚度測定の流れ
時間 実施内容
9:00 受付 血圧測定および問診 身体計測 アンケート回答
9:30 準備運動・健脚度測定
10:30 実技指導(ストレッチング・筋力増強運動)
11:00 茶話会および事後指導 個々人に対する測定結果に基づいた個別プログラムの提示
 ◆日常生活でできる運動: ストレッチング・筋力増強運動・バランス訓練
 ◆日常生活習慣の見直し 「健康生活を送るためのヒント」・・・介護予防の情報提供
 ◆みまきケーブルテレビで毎日放映している体操の紹介
 ◆プールの活用:介護予防プール教室
 ◆健康づくりのための個別相談
 ◆温泉診療所・リハビリテーションセンターへの相談 個別相談
11:30 解散
 
 
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図2 健脚度測定結果資料
 
 
4. 考察および今後の課題
(1)要指導者へのフォロー
 「健脚度測定」の後、個人の経年的変化や評価に基づいて、今後も継続した関わりが必要な要指導者のスクリーニングを行った。そのうち希望者については、整形外科およびリハビリテーションの受診、またプールの利用へとつなげた。このように、介護予防で重要な点は、高齢者の身体機能の低下を早期に発見し、予防につなげることである。今後は、医療機関である温泉診療所、リハビリテーションセンター、健康増進施設である温泉アクティブセンターと連携し、要指導者を、積極的にリハビリテーションや運動の実践につなげていくことが課題である。一方、閉じこもりなどが問題となる高齢者も存在し、生活指導も重要であることから、保健師の訪問指導にもつなげていくことが必要だと考えられる。
(2)より多くの高齢者への関わり
 「高齢者を寝たきり・痴呆にさせない地域づくり」の第一歩は、まず高齢者自身が、介護予防の意識を早期から持つこと、つまり早期からの寝たきり・痴呆予防の重要性を理解することであろう。その結果、高齢者が介護予防に対して積極的に取り組むことが可能になると考えられる。そのためには、高齢者に対して介護予防の意識付けを積極的に行っていく必要がある。こうした働きかけは一部の熱心な健康意識の高い高齢者だけではなく、むしろ、特に健康意識が低く、また地域でも閉じこもりがちな多くの高齢者に対してこそより積極的に行っていくことが重要である。
 「健脚度測定」は生活実感に基づいた内容であることから、測定参加者が自分のからだに気づき、介護予防の意識をもつ良いきっかけとなる。例えばストレッチングを日常生活に取り入れるようになるなど、地域高齢者にとって、健康教育・身体教育の機会として有効に機能している。
 ところで、「健脚度測定」に参加していない高齢者を観察すると、大まかに次の3つの集団に分けることができる。(1)「健脚度測定」のイメージを「脚が丈夫な人でないと参加できないもの」として、一度も測定に参加していない集団、(2)測定はグループで行うことから「ほかの人よりうまくできないと恥ずかしい」と感じ、継続して測定に参加していない集団、(3)整形外科的疾患を有する対象者で、実際に医療機関等で治療中のため、測定に参加できないという集団である。
 「健脚度測定」による評価は、ひとつの目安であり、重要なのは、他人との比較ではなく個人の経年的変化であって、1年に1回測定に参加することで、急激な機能低下を早期発見・予防することが最大の目的である。自分のからだのために、自分自身ができることを見つけ出すことを「健脚度測定」に参加する目的として、多くの対象者に参加してもらえるように働きかけていくことが必要である。
 こうした点も含め、今後、介護予防の意識付けを積極的に行っていくためには、既存の事業や団体の活動も介護予防の機会として位置付け、関係者、諸機関等と連携を図りながら取り組んでいくことが重要と考えられる。そして、「健脚度測定」を地域の介護予防事業の核として位置付け、展開していくことが必要であろう。
 
5. まとめ
 「健脚度測定」に参加することで、測定参加者は介護予防の意識を持つ良いきっかけになった。「健脚度測定」は、地域高齢者にとって、健康教育・身体教育の機会として有効に機能している。今後は、より多くの対象者が「健脚度測定」に参加できるよう、様々な機会を活用して、介護予防の意識付けを積極的に行っていく必要がある。
 また、測定後の事後指導の中で、茶話会を設けたことにより、同じ地域に住む高齢者間のコミュニケーションが図られた。その結果、地域の中でお互いに支え合い、できる限り自立して健やかに暮らしていこうとする意識が出てきている。こうした点にも着目し、今後、地域ぐるみで介護予防に取り組む体制を整備・支援していくことによって、「健脚度測定」を活用した介護予防効果の高い事業の可能性はさらに広がっていくと考えられる。
 
 
図3 地域福祉互助会での介護予防指導の様子
 
 
●附記
 本研究は、次の事業助成の一部を受けて行われた。
1)(財)日本財団2002年度事業助成「ケアポートを核とした元気むらづくり事業」、組織:(福)みまき福祉会 身体教育医学研究所
2)(財)太陽生命ひまわり厚生財団、平成13年度社会福祉助成金、代表研究者:上岡洋晴
 
●参考文献
1)岡田真平, 掛川一郎:北御牧村の介護予防推進計画、身体教育医学研究, 1:p.p.48-53, 2000.
2)上岡洋晴, 岡田真平:健脚度の測定・評価.武藤芳照, 黒柳律雄, 上野勝則、太田美穂(編), 転倒予防教室, p.p.89-97, 日本医事新報社, 東京, 2002.







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