日本財団 図書館


●報告
テニスインストラクターの肩関節・股関節可動域および上肢・下肢周径について
 
Range of Motion of Shoulder and Hip Joints and Circumference of the Upper and Lower Extremities of Tennis Instructors
高橋 亮輔a 武藤 芳照b 森 健躬c
Ryosuke TAKAHASHIa Yoshiteru MUTOHb Takemi MORIc
 
a 身体教育医学研究所
b 東京大学大学院教育学研究科身体教育学講座
c 日本大学
a Laboratory of Physical Education and Medicine
b Department of Physical and Health Education, Graduate School of Education, The University of Tokyo
c Nihon University
 
Abstract
This study was designed to elucidate the physical features of tennis instructors and the relationship between those features and disorders that frequently occur among tennis instructors. For this purpose, we measured the range of motion of the shoulder and hip joints of tennis instructors as well as circumferences of their upper and lower extremities.
Subjects were 13 male tennis instructors (11 right-handers and 2 left-handers). Mean age was 34.2±8.4 years; height, 172.2±4.0 cm; body weight, 63.7±8.8kg; and BMI, 21.4±2.2. For statistical analysis, the paired, two-sided t-test was used. The range of motion of the shoulder joint on the dominant side was compared with that on the opposite side. The range of motion of the hip joint and circumferences of the upper and lower extremities were compared between the right and left sides. A P-value less than 0.05 was considered statistically significant.
Excursions of internal rotation and full rotation in the shoulder joint were restricted on the dominant side (P<0.05 and P<0.01, respectively). The excursion of external rotation of the hip joint was restricted on the left side (P<0.01). The circumference of the upper arm was larger on the dominant side than on the opposite side both in flexed and extended positions (P<0.001). The maximal circumference of the forearm was also larger on the dominant side (P<0.001).
The restriction of internal rotation of the arm on the dominant side seems to reflect a prodromal disorder that may progress to a clinically-significant disorder. The asymmetry of excursions of the hip joints is thought to be causally related to lumbago in some way. The larger arm circumference on the dominant side is obviously a result of the nature of tennis, in which the arm on the dominant side is consistently used. Periodic measurements of the range of motion of joints and the circumference of extremities may provide useful information in preventing the occurrence of disorders related to this sport.
 
●代表者連絡先: 〒389−0402 長野県北佐久郡北御牧村大字布下6−1
  身体教育医学研究所 高橋亮輔
  TEL/FAX 0268−61−6148 E−mail:goodspeedsrt23@mbj.sphere.ne.jp
 
Key Words : Tennis Instructor, Shoulder and Hip Joint Range of Motion, Circumferences of Upper and Lower Extremities
  テニスインストラクター、肩関節・股関節可動域、上肢・下肢周径
 
緒言
 テニスをはじめ野球などオーバーヘッド動作を行うスポーツ選手を対象に肩関節可動域の測定を行った研究1)−4)では、非利き腕に対して利き腕の肩関節内旋可動域が制限されていることが報告されている。ジュニアテニスプレーヤーを対象に肩関節可動域の測定を行った研究1)−3)では、利き腕の内旋制限は、パフォーマンスに悪影響を与え、障害を引き起こす危険性があるため、適切なリハビリテーションおよびトレーニングプログラムを作成する必要があると報告されている。この利き腕の内旋制限の原因については、関節包・筋腱・骨に要因がある4)と報告されている。
 野球選手を対象に肩関節可動域の測定と徒手検査を行った研究5)では、テニスプレーヤーを対象とした先行研究と同様、利き腕の内旋が制限されており、徒手検査で内旋制限の角度が非利き腕に対して20°以上差があるとインピンジメントテストが陽性であったと報告している。
 陸上選手を対象とした研究6)では、トラックの左回りの影響から、股関節可動域の左右の不均衡が認められ、この不均衡が腰痛を引き起こす原因となっている可能性があると報告している。
 信原ら7)によると投球動作は、体幹(両股関節)と肩の回旋、いわゆる捻れのエネルギーが重要で、この動作への配慮が欠如していると肩・腰に重大な障害をもたらすことが考えられるとしている。
 肩関節可動域に関する研究は、テニスおよび野球選手を対象にしたものを見るが、少数である。また、肩関節可動域のみの測定を行う研究がほとんどで、股関節可動域を同時に測定し、関連づけて検討した研究は見ない。
 そこで本研究は、テニスインストラクターの肩関節・股関節可動域の測定ならびに上肢・下肢の周径の計測を行い、テニス特有の身体特性を知り、障害との関連について検討することを目的とする。
 
方法
1)被験者
 被験者は、千葉県にある某テニス研修センターのテニスインストラクター13名で、全員男性である。利き腕は右利き11名、左利き2名であった。被験者の身体特性について表1に示した。なお、被験者に対しては、事前に本研究の趣旨を説明し、同意を得た上で測定・計測を行った。
 
 
表1 被験者の身体特性
  平均±標準偏差 範囲
身長(cm) 172.2±4.0 165−181
体重(kg) 63.7±8.8 49−83
BMI(W/H2) 21.4±2.2 17.8−25.3
年齢(yr) 34.2±8.4 22−51
 
2)測定方法
 肩関節・股関節可動域の測定は角度計を用い、日本整形外科学会・リハビリテーション医学会の可動域測定法で行った。なお、測定誤差を考慮し、5°未満を切り捨てた値を用いた。また、本研究では、被験者が自ら動かすことができる可動域を知るため、自動的可動域を測定した。上肢・下肢の周径は、メジャーを用い、それぞれ最大膨隆部を計測した。測定・計測項目ならびに方法は以下の通りである。なお、上肢・下肢の周径は、「新・日本人の体力標準値2000」(不昧堂)を参照した。また、測定の際に被験者に対し、肩関節ならびに腰部に痛みや違和感がないかを直接質問した。
a)肩関節可動域
内旋
 背臥位にて、肩関節90°外転および肘関節90°屈曲位で、自動的に肩関節を内旋させ、床に対して基本軸である肘頭を通る垂直線と移動軸である尺骨の角度を測定した。
外旋
 背臥位にて、肩関節90°外転および肘関節90°屈曲位で、自動的に肩関節を外旋させ、床に対して基本軸である肘頭を通る垂直線と移動軸である尺骨の角度を測定した。
b)股関節可動域
 座位にて、股関節・膝関節90°屈曲位で、自動的に股関節をそれぞれ内旋・外旋させ、基本軸である膝蓋骨より下ろした垂直線と、移動軸である下腿中央線の角度を測定した。
c)上肢周径
上腕囲(伸展位・屈曲位)
 座位にて、上肢をそれぞれ伸展・屈曲させ、上腕二頭筋の最大膨隆部を計測した。
前腕最大囲
 座位にて、自然に上肢を下垂させ、前腕部の最大膨隆部を計測した。
d)下肢周径
 立位にて、両踵を5−10cm開き、均等に体重をかけ、大腿部・腓腹部の最大膨隆部をそれぞれ計測した。
3)統計処理
 統計処理は、対応のあるt検定を用い、有意差は5%水準以下とした。比較は肩関節可動域および上肢周径では利き腕対非利き腕、股関節可動域および下肢周径では左下肢対右下肢で行った。肩関節・股関節可動域については表2に、上肢・下肢周径については表3にそれぞれ示した。
 
結果
1)肩関節可動域(表2)
a)内旋
 利き腕と非利き腕の比較で、利き腕の内旋が制限されている点に有意差が認められた。(P<α05)
b)外旋
 利き腕と非利き腕の比較で、有意差は認められなかった。
c)全回旋
 利き腕と非利き腕の比較で、利き腕の全回旋が制限されている点に有意差が認められた。(P<0.01)
2)股関節可動域(表2)
a)内旋
 左下肢と右下肢の比較で、有意差は認められなかった。
b)外旋
 左下肢と右下肢の比較で、左下肢の外旋が制限されている点に有意差が認められた。(P<0.01)
3)上肢周径(表3)
a)上腕囲(伸展位・屈曲位)
 利き腕と非利き腕の比較で伸展位・屈曲位ともに利き腕が有意に太かった。(P<0.001)
b)前腕最大囲
 利き腕と非利き腕の比較で利き腕の前腕が有意に太かった。(P<0.001)
4)下肢周径(表3)
 左下肢と右下肢の比較で大腿囲、下腿最大囲ともに有意差は認められなかった。
 
 
(拡大画像:77KB)
表2 被験者の肩関節・股関節可動域
 
 
(拡大画像:75KB)
表3 被験者の上肢・下肢周径
 
 
考察
 テニスや野球など、オーバーヘッド動作を行うスポーツ選手は、利き腕の肩関節内旋可動域が制限されていることが先行研究1)−4)によって報告されている。
 本研究も先行研究と同様、利き腕の内旋および全回旋が制限されていたが、いずれの被験者も肩関節に痛みや違和感といった症候は有していなかった。
 利き腕の内旋が制限され、なおかつ肩関節に痛みや違和感を有さないテニスプレーヤーを対象にMRI撮影を行った研究8)では、症例数が5例と少ないものの、被検者全員に画像診断上、障害発生を疑う異常所見が認められている。このことから、利き腕の内旋制限は、臨床症状を呈する前の徴候的症状であり、痛みが発現したときには、障害の病態は進行している状態であると報告している。
 肩関節の徒手検査およびMRI撮影を行った研究5)7)で、利き腕の内旋制限が見られる被験者に異常を認めた報告があることから、現時点で肩関節に何ら痛みや違和感がない状態でも、適切な処置が施されなければ痛みや違和感といった症候を有する障害へと進行し、パフォーマンスに悪影響を及ぼすことになると考えられる。
 左下肢の股関節外旋が制限されていた点について、どのテニス動作が原因であるかは不明であったが、股関節可動域と腰痛との因果関係について、報告6)されていることから、また、股関節可動域のバランスが悪い被験者に腰痛を訴えるものがいたことから、一連のテニス動作が股関節可動域を制限させたと考えられる。
 小山9)は、様々な身体活動を円滑に行うためには、肩関節と股関節との連動性の高まりが重要で、肩または股関節がそれぞれ影響を受ける近位の関節や周辺組織、あるいは遠位であっても直接的、間接的に筋連結にてつながっている組織を無視できないとしている。このことから、肩関節および股関節可動域について、可動域の制限因子ならびに障害との関係について複合的に検討する必要があると考えられる。
 上肢周径について、利き腕の上腕囲(伸展位・屈曲位)および前腕最大囲が有意に太いことから、テニスプレーヤーは、上腕筋群および前腕筋群が発達していることが言える。
 今後は、本研究で得られた不明瞭な点を明らかにするとともに、肩関節・股関節可動域との関係および障害との関係について、検討を進めて行きたい。
 さらに、本研究の被験者は成人であったが、ジュニアプレーヤーは成長期に当たり、身体構成要素の生理的変化が想定される。また、動機づけが高く、身体の構成要素が使いすぎにより障害を引き起こしてしまう危険性は成人と比べて高いと考えられる。このため、ジュニアテニスプレーヤーを対象に関節可動域や周径の測定・計測を定期的・経年的に行い、発育・発達に伴う身体構成要素の生理的変化と障害との関係についても同時に検討していくことを課題としたい。
 
まとめ
1)テニスインストラクターの身体特性を知る目的で肩関節・股関節可動域の測定および上肢・下肢周径の計測を行った。
2)利き腕の肩関節内旋および全回旋が制限されていた。
3)左下肢の股関節外旋が制限されていた。
4)利き腕の上腕囲(伸展位・屈曲位)および前腕最大囲が有意に太かった。
5)定期的・経年的な可動域・周径の測定・計測は、障害を予防するための有用な手段であると考えられた。
6)肩関節・股関節可動域の連動性および、障害との関係について検討する必要があると考えられた。
 
●引用文献
1)Chandler TJ, Kibler WB, Uhl TL, et al : Flexibility comparisons of junior elite tennis players to other athletes. Am J Sports Med. 18 (2) : 134-136, 1990.
2)Kibler WB, Chandler TJ, Livingston BP, et al : Shoulder range of motion in elite tennis players - Effect of age and year of tournament play - Am J Sports Med 24(3) : 279-285, 1996.
3)Ellenbecker TS, Roetert EP, Piorkowski PA, et al : Glenohumeral joint internal and external rotation range of motion in elite junior tennis players. J Orthop Sports Phys Ther 24 (6) : 336-341, 1996.
4)Ellenbecker TS, Roetert EP, Bailie DS, et al. Glenohumeral joint total rotation range of motion in elite tennis players and baseball pitchers. Med Sci Sports Exerc 34(12) : 2052-2056, 2002.
5)末永直樹, 鈴木克憲, 三波明雄, ほか:野球選手における肩関節可動域と肩障害の関連について. 肩関節18(1):77-81, 1994.
6)五十嵐聡:成年陸上競技選手の筋柔軟性と腰痛経験の関係.平成8年度日本大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修士論文.
7)信原克哉:肩−その機能と臨床.第3版, 医学書院, 2001.
8)高橋亮輔, 森健躬, 石川知志, ほか:テニスプレーヤーの肩関節内旋制限とMRI所見. 体育の科学52(4):321-325, 2002.
9)臨床スポーツ医学編集委員会:スポーツ外傷・障害の理学診断・理学療法ガイド. 臨床スポーツ医学臨時増刊号18, 385-390, 2001.







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION