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2. 住民参画による地域交通づくりの必要性
 IIIの個別プロジェクトの説明に先だって、地域交通を計画するにあたっての住民参画の重要性の一般的な考え方を整理しておく。
 
(1)交通の多面性と地域性
 交通は単なる「移動手段」にとどまらず、いろいろな側面に影響を及ぼす。大阪大学新田教授は、持続可能な交通を考える場合、環境的側面はもとより、社会的側面と経済的側面からの持続性の検討も必要であるとしている(表II−2−1)。多くの人々に支持され、普及・定着するような交通施策を推進するためには、交通に起因する環境負荷を低減しつつも、バリアフリーや住民の足の確保などの社会的側面、地域の活性化や地方財政負担などの経済的側面も考慮する必要がある。
 
表II−2−1 持続可能な交通の代表指標
3側面 評価項目 代表指標
環 境 大気 ・CO2排出量 ・NOx、SPM、有害大気汚染物質、光化学オキシダント温度および環境基準適合性
騒音・振動 ・騒音・振動の大きさおよび環境基準適合性
生態系 ・保護樹木数 ・縁比率 ・歩道植樹延長・面積 ・指標生物数 ・透水性舗装延長・面積
社 会 人体影響 ・大気汚染・騒音などによる健康被害者数 ・交通事故による死亡・障害者数 ・歩行者・自転車道延長
生存と暮らし ・主要施設アクセスビリティ(医療・保険・福祉、買い物、教育・文化、役所など) ・公共交通・移送サービス水準(密度、本数、料金など) ・交通バリアフリー整備度
経 済 内部費用 ・化石燃料使用量および費用 ・交通事業者運営費
外部費用 ・大気汚染・騒音・振動・交通事故などに関する費用
コミュニティ指標 ・交通サービスに対する自治体や地元負担(道路、駐車場、公共交通、通学費補助など)
経済の活性化 ・来訪者数 ・売上額 ・被雇用者数 ・事業所数
出典:新田保次「持続可能な交通システムについての一考察」
『日本計画行政学会関西支部第21回研究大会』、2001年6月
 
 一方、地域の交通には気候、地形、人口密度、歴史等さまざまな条件が影響している。一例をあげれば、図II−2−1は関東1都4県の各市区町村の、すべての交通手段の分担率を算出した資料から、「環境にやさしい交通手段」としてあげられる自転車の分担率が大きい市区町村のトップ10とボトム10を抜き出して並べたものである。これによると同じ東京でも自転車の分担率が30%に達するところもあれば、ほとんど使われていないところもあり、全国一律の施策では地域に合った効果的な対策が実施できないことを示唆している。
 
図II−2−1 関東1都4県の各都市の自転車分担率
(拡大画面:238KB)
 このように、交通にはいくつかの側面があり、また、地域性がきわめて強いことから、よりよい地域交通づくりを進めていくためには、地域(基礎自治体)や住民が自発的・主体的に取り組み、地域のニーズ・特性にあった施策を検討していくことが重要である。
 
(2)住民参画の重要性
 近年、地域ニーズが複雑化・多様化し、行政による政策立案が難しくなっているなかで、住民による地域社会改善への参加(参画)が増えており、市民団体の活動も盛んになってきている。
 しかしながら、福祉やまちづくりなどの分野と比較すると、交通分野においては住民参画がまだまだ不十分という感がある。
 その辺りを、近年全国各地で実施されている交通施策の典型例であるコミュニティバスについて見てみる。
 
○不十分な住民参画
 武蔵野市のムーバスはコミュニティバスの成功事例として有名だが、導入までに住民の意見を十分に聴き、ビデオによる観察調査も行うなどの慎重な検討がなされている。その後、多くの自治体がコミュニティバスを導入しているが、図II−2−2にあるように、協議会等、住民ニーズを反映するための組織を設置することなく導入している自治体がかなり存在する。そのようなところでは、低利用、不評等の問題を抱えている例も少なくないと推測される。
 
図II−2−2 近畿運輸局管内自治体の協議会などの組織の設置有無
(拡大画面:106KB)
○住民「主体」による画期的な取り組み
 京都市伏見区の醍醐地域では、住民がコミュニティバスの運行を行政に要望し、新路線の開設が決定されたが、住民の要望していた内容とは異なっていたうえ、路線の決定過程における住民側への相談はまったく行われないという状況であった。そこで住民が主体となり、行政支援を前提とせずに、交通事業者や地域企業、施設との連携によりコミュニティバスを運行するという画期的な計画が進行中である。行政支援に頼らない、住民主体のコミュニティバスが今夏にも実現しそうである。
 ただしこの醍醐地域での例では、住民主体の交通まちづくりのノウハウを持った環境NPOが協力しており実現の方向へと向かっているが、このような市民団体がないところでは、行政の支援なしに住民が主体となって地域の交通を計画・実行するのは非常に困難である。そのため地域交通づくりにあたっては、行政と住民が連携をとり、住民のニーズを十分汲み上げる仕組みを作り、計画・実施していくことが重要である。
 コミュニティバスへの取り組みが示唆しているのは、交通施策の実施に際し、住民の意見を反映する仕組みを取り入れることにより、より少ない財政支出で、住民のニーズにより的確に応える施策が実現し得るということである。
 
(3)まとめ
 環境に配慮した地域交通づくりを進めるに際しては、環境的側面だけでなく、社会的側面や経済的側面も考慮する必要がある。また、導入する施策は地域特性を十分に踏まえたものでなければならない。このため、中央のイニシアティブによらず、自治体や住民が主体的に取り組むことが重要である。
 また、より少ない財政支出で、住民ニーズにより的確に応えるためには、施策検討段階からの住民参画が有効である。
 しかし前節であげたように、「住民や関係行政機関や大学等との合意形成」や、「交通施策導入のためのノウハウ、人材の不足」に悩む自治体が少なくない。学識経験者などの専門家が中に入り、行政と市民、事業者等の関係者間の連携をとりもつとともに、専門知識を投入するような仕組みをつくり、その成功事例を広めることが効果的であると考えられる。







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