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第3章 地域福祉交通サービスを検討するうえでの視点整理
3.1 基本的な視点
 地域福祉交通サービスの整備方策検討にあたって、基本的な視点を整理した。
 第一に、障害者や高齢者が社会の一員として社会活動に参加し、自立して生活することのできるノーマライゼイションの社会を目指すことが基本である。そのためにも、高齢者・障害者の外出環境の水準向上が必要である。スウェーデン、フィンランド、英国などにおいては、一定のトリップを移動困難な人に保障している。
 第二の視点は、STSを含むバス未満の交通領域の改善である。軽度の障害者のためにコミュニティバスの活用等、既存の公共交通を利用しやすくし、カバーしきれない重度の障害者等利用者にはSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)を提供することである。
 第三の視点は、STS利用者の範囲、定義(次節を参照)のとらえ方が曖昧な現状を踏まえて、移動制約者の範囲をいくつかの視点で検討する。例えば、自動車を使えず公共交通のサービスがない地域に住んでいる人、高齢者で歩行に困難を持つ人、過疎地域、高齢者、障害者、通学児童、自動車を持たない子供、主婦等が移動制約者に該当する。
 第四の視点は、STSを計画的に供給するための手法について検討する。例えば、フィンランド等において実施されているように、地域福祉交通計画(基本計画、実施計画)を策定する場合には、都市の条件や交通施設の条件をどの様に整理するか検討することが考えられる。都市の条件とは人口・地形・基盤整備等の条件、交通施設とは公共交通が発達・未発達等の条件を指す。
 
3.2 地域交通の枠組みの検討
3.2.1政策方針のための既存調査の把握
 政策方針立案のために、次のような事例、政策等を把握する。
(1)発達している国の政策と実態の把握
 英国では、ボランティア、厚生系救急サービス(ロンドン・アンビュランス・サービスNHS Trust)、運輸系移送サービス(ダイアル・ア・ライド、RaRなど)、過疎地域の交通対策(運転ボランティアが移動制約者を自家用車で送迎するコミュニティ・カー・スキーム、郵便物等の貨物と乗合バスを一体化したポストバス)、日本と運行方式の異なるコミュニティバスがある。
 その他の国では、スウェーデン、フィンランドの事例、EC、ドイツの政策を把握した。ここでは、欧州全体での規格づくりや障害者の政策の実態把握が行われているという点で、わが国の政策の参考となるECでの政策動向について紹介する。
 
(1)ECでの政策動向
 ここではEC(European Commission) Urban Transport Unitでのヒアリング調査をもとにECでの政策動向の概略を述べる。
 欧州での個別の障害者政策は加盟国の自主性に委ねるのが原則である。一方で、総括的な状況の把握の必要性が高いことから、欧州委員会では各国の政策動向把握するための大がかりな調査を実施している(2003年前半に取りまとめられる予定)。その際には専門機関の活用だけでなく、European Disability Forum(EDF)などの障害者当事者の組織に協力を求めて進めている。
 交通の分野では、アクセシビリティを高める分野として、陸上交通(都市部、地方部)、航空、船舶が位置づけられ、それぞれについて以下の視点で情報収集を行っている。
 
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 現況から端的に課題を指摘するとすれば、各国でアクセシビリティに関する法律は「それなりに」できている状況にあるものの、レベル、内容に差異があるということである。そのため上述のようなより大規模な現況把握の調査が必要になっている。
 ECでの法規則に関するものでは、「指令」として各国に通達されているものがある。
(1)バスに関する指令(採択されているが実施に入っていない−2003年後半の見通し−イギリスですでに実施されているローフロアバスの指針を内包するような内容とし、ランプ/リフトの装備、盲導犬の乗車への配慮、車いす乗車スペースの確保などが明示されている)
(2)鉄道システムに関する指令(どのように各国での統合化を図っていくか研究を進めている段階)
(3)航空・船舶に関する指令(議論を開始したばかり)
 今後こうした指令の普及が進めば欧州諸国の中でアクセシブルな交通の割合が次第に高まるものと考えられる。
 また、上述した障害者の汎ヨーロッパ組織であるEDFについて若干述べる。EDFは加盟各国(ノルウェーは非加盟)の意見を取りまとめながら、例えば「バスに関する指令」の検討時には、ランプ/リフト、ニーリング、色のコントラスト、車いすスペース、盲導犬等のスペース、降車ボタンの位置について一定水準の配慮を求める意見を提出した。「バスに関する指令」についてはEDFとしては概ね満足できる結果となったと評価しながらも、策定まで時間がかかりすぎたこと、実施までの期間も18ヶ月設けられているなど、早急な取り組みを促す上での課題が指摘されている。
 他にも例えばヨーロッパでは道路の舗装が非常に悪く車いすでは外出しにくい。そのため都市環境部会を設置(2002年9月から)新たな取り組みを開始するなど専門的な検討タスクフォースを位置づけている。今後も交通分野の活動を実施するには技術的な支援が必要であるとういう認識である。
 EDFは2004年に東欧にも加盟拡大する予定であり、さらに大きな意見集約の役割を担うものと考えられる。しかしながら、リーダー的な先進国、大国であっても、例えばドイツのように政府に意見を言う団体が存在しない国では、障害者をどのように巻き込んで行くかが課題である。ドイツは政府政策にも障害者の交通が位置づけられ、キャンペーンも行われているが、英国のDPTAC(政府指名の専門家が加わっている)的なものが将来は必要になるのではないか。
 今後もECに対しては、障害者のアクセシビリティを高めるというアジェンダを明確にするように求めるとともに、ECMT、IATA欧州メンバー、ECAC(欧州航空連盟)への働きかけ、EDFと航空業界団体の任意覚書を取り交わすこと、障害者の移動時に費用的にリーズナブルなアテンダントを提供するよう求めるなど多岐に渡る活動を行っている。
 こうしたことから欧州ではすでに各国レベルの対応に留まらず、欧州全体での規格化への動きが進んでおり、時期のずれはありながらも、公共交通分野のアクセシビリティの向上が期待される。
 
(2)ドイツにおける福祉交通
 ここでは、ドイツ運輸建設省のヒアリング調査をもとにドイツにおける福祉交通に関する概要を述べた。
 
a. 平等法と障害者の参加
 ドイツでは2002年5月にドイツ障害者法が制定され、障害者の日常生活全般に関わる法として位置づけられている。これはいわば「平等法」であり、根拠は「差別撤廃」をうたったドイツ憲法にある。この法律には法案の段階から障害者団体がコミットして意見を述べている点でも、当事者の意見を取り入れることが重視されている。
 この法律の法文化のプロセスにおいて、様々な障害者団体が加わり意見を交換する機会を経ている。法律の中では「〜の所管官庁は、障害者団体を参加させること」と明記、身体障害者の発言権の保障が明記されている。バリアフリーをどのように達成していくか具体的な道筋を示しており、当局と障害者が現場で協議して、何がバリアか課題を出し合い、改善のスケジュールを決めていくことが明示されている。連邦政府は各州のバリアフリーの取り組みのために新たな予算を確保することを表明したが、その予算を使う場合の「○○道路整備に向ける」とか「〜を改善します」というプランニングの段階において、事業認可の前に障害者団体に意見を聞くことも想定されている。
 バリアフリーといった場合、今後は障害者だけでなく高齢者のことも含めて考えることが重要であり、就労機会の増大を図ることも重要な施策のひとつと考えられている。
 
b. セパレートからインテグレーションへ(分離から統合へ)
 障害者の機会均等を目的とする同法では、具体的な政策の大きな方向性として、交通に関しては、これまでのTele Busのようなスペシャルな交通手段ではなく、障害者をセパレートすることなく公共交通機関の利用を可能にしていこうとすることを明らかにしている。障害者の移動について、スペシャルで行くという部分も残されてはいるが、将来的にはインテグレーション(統合化:一般の人と同じように一般の公共交通を利用する)の方向で進むことが確認されており、いつまでもSTS任せの状況ではない。また、ドイツが直面するもう一つの重要なアスペクトは、日本と同じく高齢化の問題である。このことも公共交通機関を誰もが利用しやすくしなければならない理由である。
 連邦政府としての役割については、近距離交通は自治体が担うことになっているため、政府が詳細な規定を示すことはない。連邦政府の役割は、例えば全国どこでも同じように公共交通に乗ることができるなど、政治的、施策的な責任を追うことに限定され、また、財源の点で州レベルでの1兆円規模の財政的なトランスファーを実施する(裕福な州から困窮している州へ)。
 現在ドイツの近距離交通のレポートを取りまとめており(2003年の3月完成予定)、膨大な資料が蓄積されているが、内容が多岐に渡るため目次的な役割を持つ"DIREKT"という資料が英文でもまとめられている。
 
c. 今後の変化
 今後、連邦が資金を出して建設する施設はすべてバリアフリー対応になる。また、州レベルでの現実に即した建築基準法があるが、同時に連邦レベルでのスタンダードの必要性も認識されており、政府としては枠組みとしてのバリアフリーの概念を提示し、これを踏まえて州などがバリエーション対応するということが期待されている。連邦施設以外の民間施設にもバリアフリー義務が及ぶのかという点では、義務として課するのではなく、例えば、ある民間バス会社が障害者対策はコストアップになるとして障害者を乗せず、一般の乗客だけを対象として事業を行っていれば、平等法に反すると判断し国が罰する可能性もありうる。
 世界の動きの比較という点でいうと、例えばドイツを始めとするヨーロッパでは、アメリカとの思想の違いとして、ドイツ:ローフロアバス→誰でも乗車できる、アメリカ:リフト付き→やっかいな装備という印象がある。
 電動車いすを使用した重度の人も、ドア・ツー・ドアを使わず一般のバスを利用する方向である。ランプ/リフトの新車バスへの義務づけはEU基準で対応されていくので公共交通は確実に使いやすくなることが予想される。
 しかしながら、それでもなお一般の公共交通を利用できない重度の人がいると考えられるが、その人たちがプライベートな移動をする場合は別として、通院・通学にかかる個別移送のコストは社会保障法により個人負担が軽減される制度がある。この割合については自治体の権限であり、例えば月に10回までのSTSの利用は無料などの規定を設けて対応している。ベルリンの場合、テレバスはこれまで何度乗っても制限がなかったが、現在は制限が設けられている。
 法律(平等法)を制定した後は、啓発活動などさらに大変な課題が多く、運輸業界との協議なども含まれる。また、2004年には施行後の議会への経過報告もあり動きが多い。
 また交通事業者が自社の従業員に対して接遇・介助教育を実施する義務を負うということが、2001年の「社会法典(Law of Social)」の改訂により第9条に、その内容が付け加えられ、詳細な記述がある。
 ドイツでは法整備によりこれまでの施策をさらに強化し具体化しているが、公共交通やSTSの分野においても平等法が大きく影響していることが明らかになった。
 
(2)交通手段の実態とその利用の把握
 交通手段別の利用実態を把握する。バス未満の交通手段には、様々なタイプの運行形態がある。
ア)コミュニティバス(Community Bus)
 需要が小規模で採算がとれないため、従来の路線バスではカバーしきれない地域や、交通空白地域で運行されているバス。
 運行システムの特徴は、停留所間隔ができるだけ短くされ、車両も小型やノンステップのものなどが用いられていることで、高齢者・障害者などにも利用しやすい。運行計画をバス会社に任せていた従来型とは異なり、地方自治体が主体的に計画して財政を投入したバスでもある。
参考文献:イミダス2003年版
 
イ)スペシャル・トランスポート・サービス(STサービス;STS)
 バスやコミュニティバスなどの既存の公共交通を利用できない移動困難者に対して、特別に仕立てたリフト付バンやタクシーなどの車両により、組織的にサービスを提供する公共交通の一種。(1)自由目的利用のドア・ツー・ドアサービスと、(2)通所型施設への送迎サービスがある。
 (1)は行政・社会福祉協議会やボランティア団体などが直営あるいは委託運行するのが一般的で、日本は欧米に比べ未発達である。(2)には厚生部局の授産施設や高齢者住宅サービスセンター、養護学校の送迎などがある。
参考文献:イミダス2003年版
 
ウ)その他の交通システム
 その他、次のような交通システムがある。
・DRT(Demand-Responsive Transport)
・デマンドバス(Demand Bus) 等
 
エ)その他の事例
 その他、次のような事例がある。
(1)アンビュランスサービス(病院送迎)(Ambulance Service)(英国)
 イギリスの公益法人NHSトラスト(National Health Service Trust)がボランティアやNPOと共同して行っている送迎サービス。医者にかかる高齢者のために、ボランティアが自家用車で30kmもの距離を運転してロンドンの都心部の病院へ送迎している。また移動困難な人が家庭医にかかる時も、医者が診察の予約を受け付けると同時に、医者によって送迎手段が確保される。これにより入院期間が短縮され、医療費の節約にもつながっている。先進諸国の5〜6倍とされる日本の入院期間(28日程度、イギリス・ドイツ・アメリカなどは5〜7日)は交通サービスが整うことで短くなるはずである。今後の病院の送迎は自治体を含むセクションの大きな市場であり、財源の問題を考えるとNPOの介在が不可欠である。
参考文献:イミダス2003年版
 
(2)フレキシブルな運行のバス(スウェーデン)
 スウェーデンのイエテボリで実施されているフレックスバスは、魅力的で効果的な高齢者・障害者のための交通手段である。高コスト・ハイレベルのサービスを提供するSTサービスに近い交通手段であり、かつITSシステムを活用したバスである。このシステムはドア・ツー・ドアサービスのSTサービスの負担を少しでも軽減しようとして出現してきたシステムでもある。STサービスが高コスト・高サービスであるが、一般バスは低コスト・低サービスである。このフレックスバスは中コスト・高サービスと考えられる。
 このシステムはタクシーとバスの中間的な交通で12〜14人乗りの完全にアクセシブルな小型ノンステップバスである。対象地域は人口16,000人、その1/3が高齢者で、面積は約7km2である。2つの固定した場所から都心のショッピングセンターと大病院間を4台のバスで結び、出発時刻を決めて30分あるいは60分間隔にスタートさせる。2つの固定ポイントからは完全な自由ルートで乗車と降車が自由にリクエストできる。予約は2週間前から15分前までである。高齢者の歩行を150メートル以内と想定して70のミーティングポイント(バス停留所)を設定した。
 
(3)タクシーや小型バス車両を活用したSTSの運行(フィンランド)
 ここではフィンランドのSTSの事例として、ツースラ市(Tuusula)とヘルシンキ市等の取り組みの概略を述べる。
 フィンランドではスウェーデンのフレックスバスの例に見られるように、EUの共同研究プロジェクトであるSAMPO/samplusプロジェクトによってSTSの積極的な取り組みを行っている。フィンランドの特徴として自治体の自由裁量が大きいことが挙げられる。公共交通圏域は地域ごとに決定し、そこでの営業ライセンスは当該地域ごとに発行される。バスは参入規制があり、既存他社路線を妨害しないようになっている点はこれまでのわが国と類似している。公共交通におけるバスの分担率は64%である。







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