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奨励賞
 
「辺境」の土産品から観光化を考える
−タイ北部少数民族の手工芸品を事例に−
 
前田 悠
 
要約
 観光客のほとんどは多かれ少なかれ旅先で土産品を買ってくる。帰国後、自らが得た体験を家族、友人に語る時、もしくは旅の思い出に浸る時、その土産品が一役かっている。自分があの場所を訪問したのだと感じられるような、そんなものを土産品として買ってくる。例えば、彼がアジアの国、更にその国の僻地に住む少数民族の土地に赴いたのであれば、その少数民族にまつわる、手工芸品などのエキゾチズムたっぷりな何かを土産品として選ぶであろう。彼らの物珍しい手工芸品は、観光客にとって格好の土産品となる。しかしその手工芸品は、果たして本当にその少数民族が作ったものなのだろうか。私たちはどのような土産品を買おうかと労力を費やすが、観光地で売られている土産品の生産から販売までの流通についてはあまり知らない。それが海外旅行になれば尚のことである。本稿は地域の手工芸品が観光客用にどのように変化しているのか、そして土産品の生産、流通、販売部門が、観光化の下でどのように構築されているかについて述べたものである。
 アジア各国への旅行者は近年確実に増加傾向にある。ヨーロッパや北米のように以前から観光客が押し寄せる地域とは異なり、これらの国々は現在、年々増加する観光客に対応するための様々な仕組みが構築されつつある。タイ北部に位置するチェンマイという都市は、北部観光の中心としての役割を果たしている所で、タイ北部の山岳地帯で独特な生活を営む山地民の存在が多くの観光客を惹きつけている。チェンマイではそういった観光客向けに山地民の手工芸品を売る土産店が数多くある。しかしそこで売られている手工芸品のほとんどは、山地民が全てを手がけた品物ではない。元々売り物ではなかった彼らの手工芸品が、観光客(特に外国人観光客)という新しい需要が生まれたことで販売用として変化が加えられたのである。そのような変化は、急増する外国人観光客に対応するために新しく構築された仕組みの一つであると言える。
 
 その仕組みとは、販売用への手工芸品の変化と、販売までの流通の構築である。西洋世界、もしくは日本などからやって来る外国人観光客は土産品として辺境に暮らす彼らの手工芸品を買いたいわけだが、それらは観光客が暗黙の了解としている、商品として当然持っていると期待される品質、機能がなければならない。しかし西洋世界に暮らす旅行者と辺境に暮らす山地民とでは品質、機能に関して大きなギャップがあり、それを埋める必要が生じたのである。また従来、自己消費用に生産していた手工芸品を販売用にシフトするにあたり、その生産方法を変える必要が生じた。そこで山地民の手工芸品は、生産を大量生産型にシフトし、生産の最終段階でミシンなどを使用して商品の質、機能を高める工程が導入されるようになった。またそのような生産方法を円滑に行うために、販売までの新しい流通が構築されたのである。
 
 土産品に関するタイのこのような事例は、これから観光産業の成長が期待されるアジア各国の“観光化”について考える場合、非常に示唆に富むものである。現在の私たちの観光は決して“観光”だけに留まっていない。“観光化”を考える場合、観光化に伴う土産品の変化、土産品販売までの流通の構築といった、観光の2次的要素に対してまで視点を向ける必要がある。
  





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